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一章 夕凪モラトリアム
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高台の家からは直ぐそこに見えていた海だったが、不慣れな藪道をうろうろ彷徨い、国道に出た時には既に十分程が経過していた。
あの青年がいなくなっていたらどうしようかと思ったが、果たして、浜辺に金髪の痩身が留まっていたので、友哉は何処か安心した。
踏み慣れない砂浜をじゃりじゃり歩く。他に人はない。ぼんやりと海を眺めていた青年は、友哉が近付くと警戒したようにこちらを見た。色の白い相貌は中性めいていて、身長も、バスケ部を薦められる程たっぱのある友哉からすると、拳一つ分程小さい。
「……さっきこっち覗いてたの、あんた?」
見た目の繊細さに反して、低めの声音だった。制服の裾から覗いた細い腕が、すっと国道の方を指す。青年が指さしたのは確かに、友哉の新居のある方角だった。
「あー、悪い、海の写真撮ってたんだけど……え、こっからカメラ見えた? 視力良過ぎ?」
友哉が肩に掛けた一眼レフを示してみると、青年は呆れたように細い眉根を上げた。
「まさか。光るものがあったから、双眼鏡か何かで覗かれているのかと思った」
「へー、覗かれる心当たりでもあんの?」
端麗な顔が見る見る歪む。友哉の軽口に不快を露わにした青年は、ちっ、と小さく舌打ちをした。顔は女みたいなのに柄が悪いな、と偏見まるだしのことを友哉は内心で思う。思っても口にしないだけの分別はある。嫌悪や不快を表に出さないだけの狡猾さも。
「あー、別に悪気があって言ったんじゃないよ。俺も今日越して来たばっかで、この辺りのこと何も知らんくて。やけにイケメンがいるから気になって来てみて、近くで見たら思った以上にイケメンだから、確かに注目浴びそうだなーって、思っただけ。他意はないよ」
淀みのない友哉の弁明に、青年は益々胡乱な目つきになる。
「……越して来た? こんなド田舎に、わざわざ?」
「そそ、俺の保護者が引っ越し好きでさあ。今回は海が近いってだけで此処にしたみたいだけど」
ざあと波が寄せ、砂浜の色を変える。良く見れば青年の足下付近までが、薄灰色に染まっていて、スニーカーが濡れやしないかと友哉は少し冷や冷やした。
青年は眉根を寄せる。細い眉は色素が薄く、青年の金髪がイキったものではなく、生来のものだと知れた。
「……親なのに、保護者って言うのか?」
疑問に思うのはそこなのだろうか。些か愉快になりながら、友哉は肩を竦めた。
「親じゃないからなあ。俺の保護者、叔父さんで……んーと、母親の方の弟なんだけど。俺の両親死んでいるから、今は叔父さんが親代わりかなあ。まあ親って言うにはちゃらんぽらんだから、保護者って感じだけど」
からからと笑いながら友哉は言う。友哉にとっては只の事実の羅列ではあるのだが、こういう話をすると大抵相手は勝手に気まずそうに顔を背けるものだ。
友哉にとっては気まずさも何もない。どうせ、という思いが常に胸の内にある。どうせ、直ぐに離ればなれになる相手だ。だから、自分の内情を話すのに何の躊躇いもない。転校した先々で、その場限りの人間関係を作るのには慣れている。だが、引っ越してしまえばそれまでだ。友哉に友達と呼べる人間は、一人もいない。
友哉の言葉に、青年は首を傾げた。二つに分かれた前髪が、さらりと風に流れる。
「死んだって、何で」
だから疑問に思うのはそこなのか。思わず噴き出しながら友哉は全然笑えない話をする。
「事故だよ、事故。……多分」
「多分、なのか」
「そ、多分。両親二人して悲壮な顔して車乗って出掛けてったのは覚えてるけど。二人してギャンブル好きでさあ。いっつも金ない金ないって、小さい頃は何処も行けなかったのを覚えてるよ」
「何歳の時に?」
「んーと、八歳だったかな。借金もあったって後から聞いた」
「……そうか。それは、事故だな」
淡々と青年が言う。反らされることのない青い瞳に、友哉はぱちくりと瞬きをした。
「事故か」
「そうだ。借金があって、首も回らない状況でもしもを考えるなら、子供は置いていかないだろう。だから、事故だ」
それは多分に希望を孕んだ想像かも知れない。他の人に言われたのならば、友哉は作り笑いをしながら内心毒づいていただろう。けれど何の事情も知らず、興味もないだろう人間の言葉だからか、妙にそれはしっくり来た。
「ほーん、事故だなそれは」
「他人事みたいだな」
「ま、他人事みたいなもんだし。お前、無愛想なのに案外優しいのな」
「……あんたは見かけ通り無神経だな。それに、お前じゃない。凪だ」
「凪」
「白瀬凪」
凪と名乗った青年の青い目は、友哉から反らされることはなかった。にい、と友哉は口の端を上げた。
「俺は友哉、真壁友哉。来週から同じ高校に通うから、よろしくな、凪。ちな俺高二だけど、凪は?」
「……同じだ」
「そっか、なら同じクラスだといいなー」
「安心しろ、確実に同じクラスだ。二年は一クラスしかない」
「マジ? やべぇな」
けたけたと笑う友哉を、凪は何処か気味悪げに見た。
「別に、よろしくしたくはない」
「まあそう言うなって。あ、そうだ。凪の写真、撮っていい?」
「何だ藪から棒に。嫌に決まってるだろう」
そっぽを向く凪は本当に嫌そうで、照れ隠しという訳でもなさそうなので、友哉はあっさりと構えた一眼レフを下ろした。海と波と金髪のコントラストは、きっと映えると思ったのだけれど。
「分かった、変なこと言って悪かったな」
嫌がる相手を撮る程の拘りがある訳ではない。あっさりと引き下がる友哉に、凪は心底ほっとしたように詰めていた息を吐いた。相当に撮られるのが苦手なのだろう。
友哉はそっと一眼レフの側面を撫でる。さっき盗み撮りした凪の横顔のことは、友哉とこの相棒とだけの秘密だ。
あの青年がいなくなっていたらどうしようかと思ったが、果たして、浜辺に金髪の痩身が留まっていたので、友哉は何処か安心した。
踏み慣れない砂浜をじゃりじゃり歩く。他に人はない。ぼんやりと海を眺めていた青年は、友哉が近付くと警戒したようにこちらを見た。色の白い相貌は中性めいていて、身長も、バスケ部を薦められる程たっぱのある友哉からすると、拳一つ分程小さい。
「……さっきこっち覗いてたの、あんた?」
見た目の繊細さに反して、低めの声音だった。制服の裾から覗いた細い腕が、すっと国道の方を指す。青年が指さしたのは確かに、友哉の新居のある方角だった。
「あー、悪い、海の写真撮ってたんだけど……え、こっからカメラ見えた? 視力良過ぎ?」
友哉が肩に掛けた一眼レフを示してみると、青年は呆れたように細い眉根を上げた。
「まさか。光るものがあったから、双眼鏡か何かで覗かれているのかと思った」
「へー、覗かれる心当たりでもあんの?」
端麗な顔が見る見る歪む。友哉の軽口に不快を露わにした青年は、ちっ、と小さく舌打ちをした。顔は女みたいなのに柄が悪いな、と偏見まるだしのことを友哉は内心で思う。思っても口にしないだけの分別はある。嫌悪や不快を表に出さないだけの狡猾さも。
「あー、別に悪気があって言ったんじゃないよ。俺も今日越して来たばっかで、この辺りのこと何も知らんくて。やけにイケメンがいるから気になって来てみて、近くで見たら思った以上にイケメンだから、確かに注目浴びそうだなーって、思っただけ。他意はないよ」
淀みのない友哉の弁明に、青年は益々胡乱な目つきになる。
「……越して来た? こんなド田舎に、わざわざ?」
「そそ、俺の保護者が引っ越し好きでさあ。今回は海が近いってだけで此処にしたみたいだけど」
ざあと波が寄せ、砂浜の色を変える。良く見れば青年の足下付近までが、薄灰色に染まっていて、スニーカーが濡れやしないかと友哉は少し冷や冷やした。
青年は眉根を寄せる。細い眉は色素が薄く、青年の金髪がイキったものではなく、生来のものだと知れた。
「……親なのに、保護者って言うのか?」
疑問に思うのはそこなのだろうか。些か愉快になりながら、友哉は肩を竦めた。
「親じゃないからなあ。俺の保護者、叔父さんで……んーと、母親の方の弟なんだけど。俺の両親死んでいるから、今は叔父さんが親代わりかなあ。まあ親って言うにはちゃらんぽらんだから、保護者って感じだけど」
からからと笑いながら友哉は言う。友哉にとっては只の事実の羅列ではあるのだが、こういう話をすると大抵相手は勝手に気まずそうに顔を背けるものだ。
友哉にとっては気まずさも何もない。どうせ、という思いが常に胸の内にある。どうせ、直ぐに離ればなれになる相手だ。だから、自分の内情を話すのに何の躊躇いもない。転校した先々で、その場限りの人間関係を作るのには慣れている。だが、引っ越してしまえばそれまでだ。友哉に友達と呼べる人間は、一人もいない。
友哉の言葉に、青年は首を傾げた。二つに分かれた前髪が、さらりと風に流れる。
「死んだって、何で」
だから疑問に思うのはそこなのか。思わず噴き出しながら友哉は全然笑えない話をする。
「事故だよ、事故。……多分」
「多分、なのか」
「そ、多分。両親二人して悲壮な顔して車乗って出掛けてったのは覚えてるけど。二人してギャンブル好きでさあ。いっつも金ない金ないって、小さい頃は何処も行けなかったのを覚えてるよ」
「何歳の時に?」
「んーと、八歳だったかな。借金もあったって後から聞いた」
「……そうか。それは、事故だな」
淡々と青年が言う。反らされることのない青い瞳に、友哉はぱちくりと瞬きをした。
「事故か」
「そうだ。借金があって、首も回らない状況でもしもを考えるなら、子供は置いていかないだろう。だから、事故だ」
それは多分に希望を孕んだ想像かも知れない。他の人に言われたのならば、友哉は作り笑いをしながら内心毒づいていただろう。けれど何の事情も知らず、興味もないだろう人間の言葉だからか、妙にそれはしっくり来た。
「ほーん、事故だなそれは」
「他人事みたいだな」
「ま、他人事みたいなもんだし。お前、無愛想なのに案外優しいのな」
「……あんたは見かけ通り無神経だな。それに、お前じゃない。凪だ」
「凪」
「白瀬凪」
凪と名乗った青年の青い目は、友哉から反らされることはなかった。にい、と友哉は口の端を上げた。
「俺は友哉、真壁友哉。来週から同じ高校に通うから、よろしくな、凪。ちな俺高二だけど、凪は?」
「……同じだ」
「そっか、なら同じクラスだといいなー」
「安心しろ、確実に同じクラスだ。二年は一クラスしかない」
「マジ? やべぇな」
けたけたと笑う友哉を、凪は何処か気味悪げに見た。
「別に、よろしくしたくはない」
「まあそう言うなって。あ、そうだ。凪の写真、撮っていい?」
「何だ藪から棒に。嫌に決まってるだろう」
そっぽを向く凪は本当に嫌そうで、照れ隠しという訳でもなさそうなので、友哉はあっさりと構えた一眼レフを下ろした。海と波と金髪のコントラストは、きっと映えると思ったのだけれど。
「分かった、変なこと言って悪かったな」
嫌がる相手を撮る程の拘りがある訳ではない。あっさりと引き下がる友哉に、凪は心底ほっとしたように詰めていた息を吐いた。相当に撮られるのが苦手なのだろう。
友哉はそっと一眼レフの側面を撫でる。さっき盗み撮りした凪の横顔のことは、友哉とこの相棒とだけの秘密だ。
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