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1-2.
しおりを挟むそうこうしていると、背後から重い声がのしかかる。
「···遥斗、そこに誰かいんのか?」
「起きたのか、藍。」
藍の気配はいつも幽霊並だ。いきなり話し掛けられて、思わず女の手を強く踏んでしまった。一瞬「う」と唸ったように聞こえたが、まあ大したことないだろう。
「木の下敷きになってまで奇襲とかどこのアホだよ。遥斗、お前はちまちましすぎなんだよ。」
「でも昔、抗争後すぐに奇襲かけてきたどっかの馬鹿がいたでしょ?慎重にいかないと。」
藍が臆せず葉の中に足を踏み入れ、女の頭の真横スレスレに、足をズドンッと落とした。
「そうじゃねえよ。やるならとっとと踏み潰せっつてんっだよ。」
さすが藍。僕の腹黒さなんて掠れるくらいの無慈悲さだ。女にも容赦ないあたり、"魔王"と呼ばれているだけのことはある。
藍が適当に葉や枝を折り畳みナイフで切っていき、女の頭の周りを空けるとその前にしゃがんだ。
「···どこの女だ。面見せろ。」
藍が女の後頭部の髪を掴み、彼女の顔を上げさせる。
「あっ、」
彼女が髪を上に引き上げられた痛みで出た声に、顔をしかめる藍。
なんていうか、やっぱりこの女は奇襲の一つに使われたのかもしれない。その声は色気を含んでいて、色仕掛けのようなもので油断させようとしているのかもしれないから。
「あ、あのっ、髪の毛、痛いですっ。あっ」
色素の薄い髪がさらりとなびく。
眉を下げるその顔は、なんともエロ···いや艶めかしい雰囲気で藍を見上げていて、可愛いとか綺麗という言葉では表現できないほどの顔立ちをしている。
肌は白く、目の下と唇の下にあるほくろが官能さを一層引き立てているようで、目元の下がり方と唇の厚さが絶妙なバランスを醸し出している。
僕も色んな女を見てきたが、さすがに彼女の顔を見て声を失くしてしまった。
いや、何をやってるのか僕は。これこそが油断だ。相手はいつ襲ってくるかわからない。
ほら藍だって眉間にしわを寄せ、ひたすら彼女にガン飛ばして威嚇してるじゃないか!
どうする藍?お前何度か女を殴ったこともあったよな?いや僕もだけど。
でもしつこく寄ってくる女を容赦なく殴り飛ばしてた根性はさすがだと思ったよ。僕の場合、ただしつこく寄ってくるくらいなら脅すだけに留めておくからね。
でも藍は彼女をしばし睨み続けた後、不思議な一言を言ったのを僕は聞き逃さなかった。
「···女神···」
え、今なんて?女神??女神って言ったよね??
「何それ。」
容赦なく秒で掘り下げる僕。
「あ"?」
「いや「あ"」じゃないよ「あ"」じゃ。今確実に"女神"って言ったよね?何"女神"って??」
「言うわけねーだろ。お前耳ん中死んでんじゃねえの。」
耳ん中死んでるって表現はちょっと理解できない。
女神って、え?!女神って何っ···?
自由の女神みたいな顔ってこと?!藍が人見て女神なんて言う事あるの?!
「痛っ、あ、んっ」
藍が勢いよく髪の毛を引きすぎたのか、彼女の唇から艶のある声が漏れる。
すると藍が掴んでいた髪の毛をぱっと離し、その離された反動で、彼女が額を地面に打ちつけた。
藍は掴んでいた手を見て、なぜか小刻みに震え息を上げ始めた。
「···いい匂い···」
「はっ?!!?」
え?今なんて??
そっちこそ鼻の穴死んでんじゃない??
柿の葉の中に尻餅をつき、さっき彼女の髪を掴んでいた手をじーっと穴が開くほど見つめている藍。
僕は何を見せられているのか。いや知らない知らない、こんな動揺を露にする藍なんて僕は知らないし。
「いや、え?···で?!藍、どうするのその子。」
「ああ"っ?ハア、ハア。」
明らかに様子がおかしい。何その動悸に息切れ。
いつもの魔王の姿ではない姿に、僕自身もどうすればいいのかわからない。
うちの魔王の判断をあおごうと何度か話しかけてみるも、全てハアハアで返される。
恐怖。
藍がどんなにむごい殴り方をしていても、こんな恐怖は抱いたことがない。
そしてその前で、うつ伏せにされたままの彼女があまりにも惨めだ。
何ともいえない、このシュールな光景にいたたまれなくなった僕は、なんと彼女に同情してしまった。
この僕が、この腹黒と呼ばれるこの僕が、得体の知れない女に同情してしまうなんて─────
「わかった!とりあえず助けるから!ちょっと待ってて。」
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