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成世は仕事に喰らいつく
しおりを挟む嘴開大学に来ている私は、本浪さんの脅威に怯えていた。
「あなたと野口さんの関係がどうであろうと、私にも会社にも何の支障もありません。ですから私はALISS一社員として、新型PCのご提案をさせていただきたく参上奉りました。」
情報管理部の逸橋さんを目の前に、作成した提案資料を提示する。
「このスペックでしたら必要最低限の機能で処理速度も早くコストも抑えられるかと、」
「言いましたよね?うちはすでに買い替え先を決めていると、」
「ええ。ですが逸橋さんは私情だけで私を呼び出しました。私の就業時間に、野口英明という男のことだけで私の貴重な就労時間を妨害したのです。」
「ひ、人聞きが悪い言い方しないでください!」
「事実でしょう。ですから私もこうして私の思うがままに営業に来たんです。」
これは野口さんの元カノ、逸橋さんへの報復ではない。
先日、本浪さんに遠回しに宣戦布告されてしまったのだ。
『また、今度会ってくれますか?』
『……え?』
本浪さんとの別れ際、そう言われた私。
男の人に、キャバクラ以外で、『また会ってくれ』と言われたのは初めてのことだった。これは、これはもしかして―――
『例えば、なんですけど、映画とかどうです?』
『は、はあ。』
『港の映画館、うちの音響システム使ってる関係で、社割がきくんですよ!』
『(カチン。それとなく自社のが強いアピール?)』
自意識過剰にも、てっきりデートのお誘いかと思っていたのに。フォーカス製品を私に自慢したいだけなのか。むかむか。
『私、今映画は特にみたいものがなくって。例えば、牧場とかどうです?私バター作りに挑戦してみたいんですよ。』
どうよ本浪さん。牧草と和牛と馬肉の臭いで飽和状態の汚臭スポットに誘う女。さすがにこれは引くでしょう!
『ああ!あそこの牧場ですよね?実はあそこの搾乳機もフォーカス製でして――――』
カッチーーーン。
OA機器に強い会社がなぜ搾乳機なんて作ってるの?
結局後日、なぜか本浪さんと牧場に行くことになってしまった私。次本浪さんに会う時までに、少しでも多く当社製品の契約に漕ぎ着けたい。そして本浪さんに自慢したい!
それで私は今、この嘴開大学に来て自社製品を猛烈にアピールしている、というわけだった。
「もし、御社で購入すれば、野口さんとの仲を取り持ってもらえる、ということですか?」
逸橋さんがとんでもないことを言ってきた。公私混同は頼むからやめていただきたい。
「いえ。お言葉ですが、それとこれとは話が別です。ぜひ一度自社製品で試していただいて、」
「でしたらお引き取りください。」
なぜそこまで野口にこだわるのか。野口病なのか野口教なのか逸橋さん。私は世界で私と野口さんの2人っきりになったとしても、決して野口さんを“英明”と呼ぶことはない。
「逸橋さん。野口ははっきり申し上げて、まだ結婚を考えられるほど大人じゃないんです。」
「な!やっぱり。あなたと英明さんはできてるんじゃないですか?!」
「黙って聞いて下さい。野口は本当に“結婚”というものに未来をみていません。それは、彼の家庭環境に影響されているものだと思われます。」
「英明さんの、家庭環境?」
「誰だってトラウマにとらわれることはあります。野口の場合、それが“結婚”というだけで、相手が私だろうがハリウッドセレブであろうが、結婚を匂わせれば当然嫌がり突き放します。」
「そ、そんな。。ハリウッドセレブでも?」
逸橋さんが視線を落とし、あきらめるように肩でため息を吐いた。
「逸橋さんにとっては野口と早い段階で別れられて正解だったと思います。」
間違ったことは言っていない。結婚したいのであれば、結婚を視野に入れている人とお付き合いすべきだ。
他人同士なのだから。考え方が一致しないことなんて、ごまんとあって当然なのだ。
住む世界が違いすぎる人間の方が、きっと多い。
私と七三倉のように。
ふと、本浪さんに言われた言葉が頭をよぎる。
「七三倉は、俺らとは違う世界の人間というか。普通じゃないので。成世さんには不釣り合いです。」
――――きっとその通りだ。
逸橋さんは、最後の最後には私が作成した資料を受け取ってくれた。今回は契約できないにしても、また別の機会への爪痕は残せたのではないかと思う。
成世秋奈はあきらめたくない。自己満だとしても、最後の最後まで食らいつくのだ。
お昼、珍しくヨヨヨ総本店が満員だったため、近場のカフェで、軽くあみ焼きチキンサンドを食べている時だった。
偶然天使のコキンちゃんがカフェに入ってきて、流れで相席することとなった。
メロンクリームソーダとたまごサンドを注文したコキンちゃんが、同期でもない私に恋バナを仕掛けてきた。
「あの、込み入ったことを聞いてもいいですか?」
「はい?なんでしょうか。」
「成世さんと野口さんて、付き合ってるんですか?」
「もしそう見えているのだとしたら、弾丸でアジア周遊か、北欧のオーロラツアーに行かれた方がいいと思います。」
「なぜですか?」
「もっと広い視野で物事をみれるようになるからです。」
「なんか、勝手に付き合ってることにしちゃってすみませんでした。」
「いえ、分かって頂ければいいんです。」
肩を落とし、お団子ヘアのおくれ毛を耳にかけるコキンちゃん。
逸橋さんといいコキンちゃんといい、なぜ野口英明という男にいくのか。もっとパンダとかラッコとか癒やしの哺乳類はいるというのに。
「私、野口さんのこと、前からいいなって思ってたんです。」
「すごい神経ですね。」
「前にお客さんに電話で怒鳴られたことがあって。へこんで廊下の隅で泣いていたんです。そしたら野口さんが、『泣くより、客に悪態ついてる方が楽しいよ』って言ってくれて。」
「(どこかで聞いたセリフ。)」
「春闘の後の飲み会で、頑張ってアプローチしてみたんです。でもはっきりと、『僕、結婚願望ないから。』って予防線張られちゃって。」
「そう、だったんですか。」
コキンちゃんがそっと、パンに大量に挟まれたたまごを頬張る。たまごが溢れないよう、気を計らいながら食べる姿にきゅんとしてしまった。
コキンちゃんでもダメなのだから、野口さんを本気で落とせる女なんてきっとこの世にいない。
「私、単純に、好きな人=付き合う人=結婚相手っていう考え方なんです。成世さんは、結婚とか考えてますか?」
「いえ。というか、私は結婚以前というか。人を好きになったり、人と付き合うことすら臆病になってますし。」
「成世さんでも、臆病になることがあるんですね。」
「全然あります。実は、私も最近、幼馴染にフラレたばかりですし。」
「え?そうなんですか?」
「はい。」
「え、どんな人だったんですか?成世さんが好きになる人ってどういうタイプなんですか?年上ですか?年下ですか?」
私だって結婚できたらいいなとは思っている。どこにでもありふれた家庭生活が築いていけたら幸せなんだろうなって。
でも旭陽は、私が生涯の中で一番最初に好きになった人で、きっと一番最後に好きになった人。
この先、一生恋をしない人生を私は生きていくのだろう。
「へえ。成世さんもコキンちゃんも失恋したばっかなんだあ?」
前の席から幻聴が聞こえる。コキンちゃんが振り返って前の席を覗けば。そこには嬉しそうに手を振る七三倉の姿があった。
神出鬼没のため、“七三倉晩に注意”の標識を立てたい。
ジョッキのミルクティーとフレンチトーストを両手に、コキンちゃんの隣へとやって来た七三倉。
コキンちゃんが慌てて席をつめた。
「え?七三倉さん、お昼それですか?それでスタミナつきます??」
「疲れたらグミ食べれば元気出るし。」
「七三倉さんって女子高生みたいですよね!この間もストロベリーのガルボくれましたし、」
「コキンちゃんだってメロンクリームソーダとか小学生みたいじゃね?」
ほんとだ女子高生だ。こんな女子高生いたら、学校の教師も苦労することだろう。
ジョッキでミルクティーを飲み干す七三倉が、テーブルの下で私の足にちょっかいをかけてくる。私の足を足で挟んで、靴を脱がそうとしてきた。
というか、いつの間にコキンちゃんを“コキンちゃん”と呼ぶ仲になったのか。うざいから蹴ってやる。
「そうそう、俺今度知り合いと牧場に行くんだけど、2人も一緒にどう?」
「へ?」
「フラレて傷心なんでしょ?いい気晴らしになるくね?」
「ぼ、ぼくじょう…⋯?」
なぜそんなマイナースポットをピンポイントで……。
七三倉がスーツのポケットから名刺入れを取り出して、一枚の名刺をテーブルに置こうとする。
「こら待て。なにその名刺入れ?凄く見覚えがあるんだけど!」
「ああ、これ?ヴィンテージ感出ててよくね?」
「いや、ちょっと!嘘でしょ?!なんであんたがお婆ちゃんの名刺入れ持って!」
「俺のセリーヌとトレードしたの。」
「ッ、信じらんないっ」
私が“見せてみろ”と手を出せば、七三倉が私の手を払ってコキンちゃんに名刺を渡した。
コキンちゃんが不思議そうにつぶやく。
「フォーカスさんの名刺?」
「そ。このフォーカスの本浪って男が入園チケット持っててさあ。良かったら4人で一緒に行かない?」
「え?わ、私もですか?!」
「当たり前じゃん。本浪ってけっこういい男だから、コキンちゃん期待してていいよ?」
「えー、フォーカスとか凄いじゃないですか!七三倉さんの高校時代のお友達、とかですか?」
「んー?友達っていうか、昔のバイト先の知り合い?」
本浪さんとの約束を、まさか七三倉が知っているとでもいうの??このタイミングで牧場を提案してくるなんて……偶然とは思えない……。
「あ、あのさあ七三倉。本浪さんとはいつそんな話になったの?」
あみ焼きチキンサンドのチキンがこぼれそうになりながらも七三倉を見た。
「成世サン、唇。」
「は?」
「マヨついてるよ。」
コキンちゃんが見ている中、目の前の七三倉が手を伸ばし、私の唇に触れようとした。顔を背け、慌ててナフキンで口を拭く。
「そ、そもそも七三倉と本浪さんってそんな仲いいわけじゃないんでしょう?それなら別に一緒に行く必要なんて」
「じゃあなんでフォーカスの高濱サン?と本浪と一緒に飲みに行ったんですかあ?」
「ぅっ」
「成世サンっていつの間にフォーカスのイケメンたちと仲よしになったんですかあ?」
「(フレンチトースト、ナイフとフォークで切りながら言うな。)」
綺麗な正方形に切り上げた七三倉が、アイスを乗せたトーストを口に運ぶ。
てかあんた、本浪さんのこと毛嫌いしてた癖に。それに何より私、コキンちゃんとも本浪さんとも七三倉とも仲良くないんですけど?
大体私たちよりも年下のコキンちゃんを誘うとか可哀想。先輩の誘いをきっぱりと断れるわけがない。
私を見て、「成世さん、どうします?」と何度も目で訴えてくる。
「ええと、私は忙しいので、」
「QUONのヘルプに行くの?」
「(ぐッ!コイツっ、)」
「忙しいなら3連休の時に行こーかー。ね?成世サン、コキンちゃん。」
テーブルの下で蹴ったはずの足は、いつの間にか靴を脱がされていた。
コキンちゃんの前でQUONとか言うな。睨んで七三倉を見れば、首を傾け笑顔で返された。
「あ、いいですね3連休!それに私、バター作りとかやってみたかったんです!」
意外にもノリ気なコキンちゃん。すでにスマホで牧場サイトを見ている。
「古今さん、七三倉が先輩だからって遠慮しなくていいんですよ?嫌ならきっぱり断ったって、」
「あ、見てください!アヒルのレースとかあるみたいですよ!」
コキンちゃんが天使の笑顔で私にスマホ画面を見せてくる。眩しくてスマホ画面が見えない。
「アヒルって競争すんの?競争心とかある系?レースっていくらまで賭けれんの?」
「あはは!さすがにお金までは賭けられないですよ~。」
嬉しそうに一つのスマホ画面を見る2人。
コキンちゃん、他社の人間と初対面でいきなり牧場とかキツくない?牛見てヤギ見て羊見て?バター作って?アヒルのレース見るんだよ?
先日本浪さんと交換したライン画面。この状況を文章でどう伝えようかと考えていれば、七三倉の足がふくらはぎの内側をさすってきた。
そして、目の前の七三倉からラインが入ってくる。
〈最近スカート多いね?このまま足つっこんでい?〉
「っ、外回りあるからもう行きますね?!」
動揺のあまり、慌てて席を立ってしまった。
こんな女子高生がいてたまるか。残ったトーストで綺麗にお皿についたアイスを拭い取るな。
さっさとカフェを後にした。
オフィスに戻る途中、ランチを終えたばかりなのか、西條さんと野口さんの背中に差し当たった。
面倒くさそうなので、他の道から帰ろうと咄嗟に角を曲がる。でもすぐに口々に声が降って……いや、手が降ってきた。
「こら成世ぇ!なに俺らの界隈無視してんだ!」
「そうだぞ成世ぇ!そんな急カーブで逃げるなヨ!」
一人には背中を叩かれて、一人にはお尻を叩かれた。
すぐにスマホを取り出し、警察に電話しようと試みる。
「え?どこ電話するの?もしや本浪一斗くんの番号??」
「え?!誰だよその1頭くんって!」
ギロリと2人を睨んで見れば、西條さんと野口さんが口角を上げて腕組みをした。
「本気で怒りますよ?警察呼んで経歴に傷跡を残してやりますよ?」
「ん?本気で怒ってみ?お兄さんたちが百倍返しで泣かしてやるから。」
「本気で怒った成世の最終形態ってやっぱりガイガンなの?」
無駄な労力を使うのが馬鹿らしい。とんでもない真顔で舌打ちをしてやり、踵を返す。
道の向こうには、オフィスに帰る途中の七三倉とコキンちゃんの姿があった。なんだか楽しそうに話しながら歩いている。
「うぉい、なんだよあれぇ!」
西條さんに後ろから肩を組まれて、七三倉とコキンちゃんの姿を面白そうに眺めた。
「マジか!七三倉、コキンちゃんにいったか!」
「西條さん、重いんで肩にのしかからないで下さい。」
「成世、もしかして七三倉、コキンちゃんに譲ったの?」
「はい?」
「あそっかあ!だから成世は本浪くんにいったってわけね!」
「はいぃ??」
勝手に私のストーリーを作り上げる西條さん。まあ好きに妄想させておけばいいか、と肩に回された手を振り払う。
隣の野口さんを見れば、じっと向こうの七三倉とコキンちゃんを見つめていた。
ここぞとばかりに、野口さんの耳元でこっそりと囁いてやった。
「古今さんを手放しちゃって今さら後悔ですか?野口サン。」
「うぉあッ、ってなにすんだよ成世!」
あ、まずい間違えた。キャバのテクで、耳打ちと同時に吐息を吹きかけてしまった。
どうせキモいだのと物理攻撃でもされるのだろう。と身構えていれば、野口さんが耳を手で抑えて顔を赤くした。
え。なにそれ。
野口さんの信じられない反応に、呆然とする私。西條さんが「なになに?」と不思議そうに私と野口さんを見比べる。
「成世って時々意味わかんない。」
フン、と唇を尖らせて歩き出した野口さん。背中で手を組み、ぶりっ子のようにクネクネとモンローウォークで歩いていく。
西條さんが後ろから野口さんのお尻を撫でれば、野口さんが西條さんの腕に絡みついた。
昼間っから寒気がする。
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