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書籍化御礼番外編 ※リツ視点
家族サービス 5
しおりを挟むゆっくりと木々や花を見ながら森を進むと、湖に行き当たった。
陽の光を反射し、湖面がきらきらと輝いている。リアンくんと手を繋いだまま近づくと、水中では水草が涼しげに揺れているのが見えた。草陰には小さな魚もいる。
「リツ様、あそこ! 草の後ろに魚が隠れています」
リアンくんも小魚を見つけたらしく、指をさして教えてくれた。
「本当だ、小さくてかわいいね」
微笑ましい気持ちで同意すると。
「食べられる種類でしょうか」
小首を傾げる仕草は可愛らしいけど、話す内容は食いしん坊などこかの騎士団長みたいだ。
「分からないけど、小さいから食べるところ少ないよ。魚は見るだけにしようね」
「そうですか……。リツ様に料理してもらってレオナルド様へのお土産にしようと思ったんですが」
レオナルドさんのためだったのか。騎士団長に昇進してから多忙で、今日も一緒に来たがっていたが急用が入ったらしく詰所で留守番になった。
しゅんとするリアンくんの頭を撫でながら、代替案を考える。
「レオナルドさんには途中で見つけた果物を採って帰ろう。シエラさんと食べてくださいって持って帰ったらきっと喜んでくれるよ」
「いいですね、あれにします」
笑顔の戻ったリアンくんとどうやって果物を取ろうかと算段していると、やりとりを見守っていたディーンさんに手招かれた。
「2人とも。こちらへおいで」
呼ばれるまま着いて行くと、到着したのは今日のメインイベント。
「すごい、湧水ですね。初めて見ました」
湖からほど近い岩場にコポコポと水が湧き出していた。よく見ると小さな気泡が含まれている。
これってもしかして、と考えているとディーンさんがディーカップに湧水を掬ってリアンくんに手渡した。
「飲んでみるか」
「はい。ーーん?! ディーンハルト様、このお水は?」
湧水を一口飲んだリアンくんは目を瞬かせて、ティーカップを覗き込んだ。
「発泡水と言って水の中に泡が含まれているものだ。身体に害はないから安心しなさい」
「リアンくんが前に話してくれた不思議な水だよ」
「あのお水がこれですか。しゅわしゅわしてて本当に不思議です」
リアンくんは確かめるようにもう一度、ティーカップを傾ける。
「リツも飲んでみるか」
「ありがとうございます」
ディーンさんはカップ2つに汲むと、片方を渡してくれた。
細かな気泡がティーカップの底から湧き上がっている。口に含むと下の上を微かな気泡が駆けていく。
炭酸は弱めだけど、初めてのリアンくんには十分な刺激かも。
「リツ様、どうですか」
「本当にしゅわってしてて面白いね」
「そうですよね! ディーンハルト様はいかがですか」
リアンくんは僕に感想を訊ねたときより緊張しながらディーンさんを見上げた。
「口の中で弾けて変わった感覚だが、私は好きだな」
「本当ですか」
口角を上げたディーンさんにリアンくんの表情がパッと輝く。
子ども特有の好奇心で不思議な水が気になったのかと思ってたけど、ディーンさんに飲んで欲しかったのかな。
「リアンくん、もしかしてディーンさんのために不思議な水を調べてたの?」
僕の言葉にリアンくんははにかんだ笑顔で頷いた。
「自然の湧水は魔法で出した水よりも身体にいいと以前、シエラ様に教えて頂いたことがあって……」
「そうなの? 知らなかった」
魔法で出した水と天然の水には違いがあるのか。
「昔からそのように言われているな」
ディーンさんが補足するように肯定した。
「リアンくんはその自然の湧水をディーンさんに飲んで健康になってもらいたかったんだね」
「リツ様の料理やお菓子でお元気になられたみたいに僕にも何かできないかと思ったんです」
少し気まずそうな表情が気になった。リアンくんはディーンさんの役に立ててないって思い込んでるのかもしれない。出会ったばかりの頃からリアンくんはずっとディーンさんの身体を気にかけていた。
「なるほどね。ーーでも、僕の作るものって全部リアンくんがいるから出来てるんだよ」
僕の言葉にリアンくんは弾かれたみたいに顔を上げ、慌てて首を振った。
「僕は何も……」
「いや、リツの言う通りだ。リツの知識だけではこの世界では料理は作れない」
「ですよね。リアンくんがいないと火も起こせないし、パンに使うミルクも温められないよ」
しゃがんで目を合わせると、リアンくんは眉尻を下げ戸惑うようにディーンさんと僕を交互に見た。そんなリアンくんに僕とディーンさんはあらためて日頃の感謝を伝える。
「いつもありがとう、リアンくん」
「リアンがいてくれるから、リツは料理が作れるし、私の仕事も捗る。……これまできちんと伝えていなかったが、リアンにはいつも感謝している。私の元へ来てくれてありがとう」
「……っ、ぼく、も……うぅ……」
ディーンさんの感謝にリアンくんは大きな瞳を潤ませ、ついに泣き出してしまう。顔を覆って泣くリアンくんの髪を撫でていると、今度はディーンさんが狼狽えたような声を出した。
「ど、どうした? 何か気に触ることを言ってしまったか」
「大丈夫ですよ。リアンくんはディーンさんの気持ちが嬉しかったんだよね」
代弁するとリアンくんがコクコクと小さな頭を精一杯振って頷く。
「そうか……」
その姿に安堵したのかディーンさんはほっと息をついて、リアンくんを抱き上げる。
「……、……ィン、ルトさまぁ……?」
急に抱き上げられたからか、抱き上げたのがディーンさんだったからか、リアンくんは涙に濡れる目を見開いた。
「世話をかけてばかりだが、これからも私とリツと一緒にいてくれるか」
ディーンさんの問いかけにリアンくんはぎゅっと抱きついて言葉にならない気持ちを表す。ディーンさんにもちゃんと伝わったらしく、照れたような声で低く囁いた。
「ありがとう」
***************
番外編は次で最後です。
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