謀殺された悪役令嬢は、前世の護衛騎士の幸せを見届けたい

うづき

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1-3.過去と今

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 男性を、ネリーはじっと見つめる。あれ、と思わず小さな声が零れかけたのを、すんでのところで飲み込んだ。
 目の前の男性は、おおよそ二十の半ばくらいの様相をしている。銀色の髪に、虹彩の鋭い青色の瞳、そしてふさふさの尻尾と耳。長髪は後ろでゆるく束ねられているようだ。それら全てに、ひどく、見覚えがあった。

 ネリーと別れた時と比べると、少しばかり年老いているが、それも当然と言えるだろう。十年の月日を重ねた面持ちは、鋭さを増している。切れ長の瞳は涼しげで、なんだか以前よりも増して美形度が段違いになっているように思われた。

(――セレスト)

 心中で、そっと目の前の相手の名前を口にする。ネリーと共に日々を過ごし、護衛騎士として仕えてくれた人が、ここに居る。
 思わぬ再会に、喜びそうになったが、直ぐにネリーはロゼとしての感情を奥底にしまい込んだ。いけない。セレストはロゼと別れた後、幸せに暮らしているはずだ。その生活にロゼが介入することは許されない。ましてや、自身がロゼだと告げることなんて、とんでもないことである。

 ネリーはそっと首を振る。そうして、手に持っていた紙を背負っていた薬草籠の中に放り込むと、椅子に手を突いてゆっくりと立ち上がった。足が僅かに震えるが、それを叱咤するようにして、目の前の騎士を見つめる。

「大丈夫です。立てます。ええと……騎士様、ですよね」

 声をかけると、セレストは僅かに眉根を寄せた。まるで騎士、と呼ばれることを嫌がるような、そんな風に瞳を眇め、けれどすぐに首を振る。自身の顔に浮かんだ嫌悪の感情を消し去るようにしてから、「確かに、君の言う通り、騎士だ。けれど、かしこまらなくて良い」と囁くように続ける。

「いえ、そんな。――騎士様、あの、私が廃墟に入っているのを見たから、気にしてくれたのでは?」
「……ああ、……いや、違うんだ」

 和らいだ言葉使いは、ネリーが前世、何度も聞いた覚えのある口調だ。セレストの、独特の、優しくて穏やかな口調。それを聞くのが好きで、何も無くても話しかけて困らせてしまったことを思い出す。
 セレストは僅かに首を振ると、「君に会ったのは偶然で」と言葉を続け、そうしてからゆっくりと視線を落とした。銀色の睫毛が、零れ落ちる陽光を浴びて、虹色に光るのが見える。

「ここは、俺にとっても大事な場所なんだ。だから……先客が居るなんて思っても居なくて。この辺りは、人も寄りつかないものだから……」
「そうなんですか?」

 首を傾げると、セレストは僅かに肩をすくめるようにして笑う。どうしてここに人が寄りつかないのか、その説明をしたくない、とでも言うように口を閉ざす。
 眩しそうに周囲を眺め、セレストは「――ここは、昔はもっと綺麗だったんだ」と囁いた。
 静かな声だ。だからか、ネリーはセレストをじっと見つめる。

 セレストは隠し攻略対象の一人だ。奴隷の子として、ロゼに虐げられ続け、ロゼの死後、酷い抑圧から解放されることにより、幸せになる。そういう筋書きのあるキャラクターで、だから、ロゼが死んだ後は、きっと幸せになっているのだろうと思った。
 それなのに、どうしてだろうか、今のセレストからは、幸せの片鱗を一つたりとも感じなかった。むしろ、血色は悪くなり、儚げな雰囲気がにじみ出ている。むしろ、今にも死の淵に足を踏み入れてしまいそうな――そんな、様相だ。

 おかしい。どうして、幸せになっていないのだろうか。ネリーはじっとセレストを見つめる。セレストは、ネリーの視線に気付いたのか、少しばかり困ったように笑い、そのまま口を閉ざした。
 二人の間に沈黙の膜が落ちる。埃がきらきらと、屋根の穴から差し込む陽光によって光るのが見えた。

「――騎士様」
「うん? どうかした?」
「騎士様は、いつもここにいらっしゃるのですか?」
「勤務の合間を縫ってね」

 不良騎士のようだね、なんて、セレストが小さく笑う。
 ネリーにはよくわからない、が、セレストはどうやらロゼの死後、幸せになっていない様子である。もしかしたら、ロゼに仕えていたこともあり、騎士内でいじめが横行しているのかもしれない。そのせいで、こんな場所まで休みに来ているのでは?
 ぞっとする。ネリーは、かつて、セレストの主であったものとして、そして前世の前世、セレストを推していた者として、セレストには幸せになっていてほしかったのに。

 ネリーはセレストの傍に近づく。そうして、グローブで覆われた手をぎゅうっと握り絞めた。
 セレストがびくりと震える。尻尾の毛が逆立っているのが見えた。恐らく、唐突に手を握られてぎょっとしているのだろう。けれど、だからこそ、手を繋ぐ必要があった。

「私、あの、出来る限り毎日、来ます」
「――え?」
「ここ、昔は、……文字を教える、場所だったんですよね?」

 セレストが小さく息を呑む。どうしてそれを、という声に応えず、ネリーは続けた。

「私、文字を読みたいんです。本を読みたい。騎士様、教えてくれませんか?」
「……どうして俺に? 他に適任はいくらでも居そうなものだけれど」
「あなたが良いんです」

 ネリーは、セレストをじっと見つめる。セレストは僅かに息を詰まらせた。

「教えてください」

 昔、セレストがロゼに言葉の勉強をねだったように。今度はネリーが、セレストに言葉の勉強をねだる。もちろん、断られる可能性の方が高いだろう。現に、セレストは僅かに眉根を寄せたままだ。

「お願いします、頑張ります、絶対に怠けません!」
「……」
「毎日練習します、文字、勉強したいです! 沢山のことを知りたいです!」

 お願いしますぅ、と再度言葉を重ねると、不意にセレストが小さく笑った。「……勢いが……」と囁くように言葉を続け、そうしてひとしきり喉を鳴らすように笑った後、「俺で良いなら」と言葉を続けた。

「ただ、教えるのは下手だから、それだけ。……それに、毎日教えられるわけでもないことを、知っていて」
「もちろんです!」

 ネリーは頷いて返す。これで良い。セレストとの繋がりが出来たことを、今は喜ぶべきだろう。
 先ほどまで殺気を向けられて腰を抜かしていたというのに、今やその相手から文字を教わろうとしているのだから、端から見たら正気の沙汰ではない。だが、そうやって強引に、約束を結ぶ必要性が、ネリーにはあった。
 だって、そう、セレストがあんまりにも寂しそうな顔をしているから。

 だから――、幸せになるのを見届けたい、と思ってしまったのだ。
 
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