謀殺された悪役令嬢は、前世の護衛騎士の幸せを見届けたい

うづき

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1-5.過去と今

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 セレストが、僅かに何かを言おうとして、そうして唇を閉ざした。
 ネリーはその反応をつぶさに見つめるように、目をこらす。前世、そう、ロゼであった時、セレストが文字を学びたいのだとロゼに言ってきた時。
 その時、一番に知りたい、と言ったのは、やはり名前の書き方だった。

 ロゼはセレストが今、ネリーにしてくれたように、魔法で黒板を作り、そこにセレストの名前を書いた。そして、セレストという名前には、もう一つ書き方があるのだと、他言語での書き方も教えた。
 デイラシア語ではなく、他国語で名前を書いた時、セレストという文字はただ名前だけではなく、他の意味を持つようになる。
 すなわち、『光』、という意味を。

 セレストにとても似合っている名前だ、とロゼはその際に褒めちぎり、そして、光という名前を冠するあなたはきっと幸せになるはず、と言うことも口にした。セレストは少しばかり驚いたような顔をして、けれど無表情のまま、ロゼの言葉を受け止めていた。

 あの時のことを、覚えてくれているだろうか。
 いや、覚えていてくれなくても構わない。ただ、光に――幸せに満ちている名前を持っていることを、ほんのわずかでも、意識の端に置いていてくれているなら――なんて思いながら、ネリーはセレストを見つめる。
 セレストは、そっと視線を落とした。そうして、無表情のまま、自身の名前を消してしまう。

「――そうだな。ネリー、という名前は、きっと、幸せに育つようにと、君のご両親が願い、そして祈りを込めてつけた名前なんだろうな」

 突き放したような、そんな声音だった。少しばかり固い口調に、ネリーは僅かに息を呑む。
 どう考えても、話題の選択を間違えてしまったような、そんな重い空気が、じんわりと皮膚にのしかかってきた。

「セレスト様?」
「――どうか、その名前で呼ばないでくれ」
「え?」
「セレスト、と、……その名前を呼ぶ人は、一人だけが良い。我が儘で、ごめん。けれど、そこだけは譲れない」

 それは。
 その相手は。
 ネリーは息を詰まらせる。そしてすぐ、ロゼのことを指しているのだろう、と気付いた。

「それって……?」
「……大切な人なんだ。随分前に、俺のせいで、居なくなってしまった」
「え?」

 思わず唖然とした声が漏れる。俺のせいで居なくなった? セレストは何を言っているのだろう。
 ロゼの死のことを言っているのならば、あれはセレストのせいではない。強いて言うなら、王太子と、その家族の醜聞を背負う形で死んだのだから、王家のせいで居なくなった、というのが正しいだろう。

 どうして、そんな思い違いをしているのだろうか。いや、まさか、もしかして、そうやって生きてきたのだろうか。
 ロゼの死後、十年も経っているのに?

 ネリーは小さく息を詰まらせる。そうして、セレストが今、幸せな様子を微塵も見せない理由の一つに、なんとなく思い至る。
 つまりは、ロゼの死に囚われてしまっているのではないか、という、考えだ。

 ネリーは小さく息を呑む。唐突に激しくなる鼓動を必死に抑え、そして、僅かな間を置いてから、「なら」と言葉を続けた。

「騎士様、と呼ばせて頂きますね」

 違う名前をつけることは、出来ない。セレストと呼ぶことも、許されない。
 必然、ネリーの選べる選択肢は、騎士様、と呼ぶことだけだ。セレストはそっと瞬きを繰り返して、「ありがとう」とだけ言う。

 セレストという名前を、侵さないでいてくれたことに対する、感謝だろう。
 ネリーの喉の奥が、ぐうっと痛むような心地がする。ロゼの死から十年。その間、セレストは、ロゼの死にがんじがらめにされていたのかもしれない。
 それこそ、幸福になるということを、想像することも出来ないほどに。

 なら、ネリーがすることは決まっている。
 セレストの体を縛り付けるロゼの茨を、少しずつ少しずつ、取り払うことだ。
 あくまでネリーが、ネリーとして接して。セレストに、――幸せになってもらうためにも。
 俺のせいだなんて、そんな、訳の分からない考えを、一切考えなくなるほどに、幸せになってもらわねばならない。

「騎士様。私、自分の名前の書き方、頑張って覚えます」
「――」
「だから、また、教えてください」

 ネリーは頭を下げる。セレストは僅かに躊躇うような間を置いてから、「もちろん、俺で良いなら」と言葉を続けた。
 心の中でぐ、と拳を握りながら、ネリーは顔を上げる。そうして、碧眼とじっと目を合わせた。

「次に会った時には、必ず自分の名前を見ずに書けるようにしておきます。そうしたら私、好きなものの文字を知りたいんです! お菓子とか、あと、動物とか。あ、あと薬草の名前も! 音で覚えているんですけれど、それだけで……」

 一つ一つ指を折りながら、ネリーは続ける。ほとんど、強制的な約束のようなものだが、こうでもしないとセレストが居なくなってしまうような気がしてならない。
 ネリーは手をぎゅうっと握り絞め、それからセレストの手を取った。握手するようにぎゅうっと握り絞めると、セレストは僅かにきゅ、と眉根を寄せた。痛むような、そんな表情だ。

 なんだか泣きそうな表情だ。泣かないで欲しい、と、その体を抱きしめたくなって、すぐに行動を制止する。
 ――ネリーは、セレストの事情を知らないのだから。だから、きちんと、線引きをしていかなければならない。
 ああ、でも、と、ネリーは首を振る。せめて、その手を暖めることだけは、許して欲しい。
 ただそれだけが、今のネリーに出来る、唯一のことだった。

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