23 / 63
6-2.床の補修と本集め
しおりを挟む
「私は……そうしたいです。多分、騎士様も。でも、王家がどう思うか……」
「別に、店を作るくらいなら王家に届けも要らないし、良いんじゃないの? 補修とかはどうした、って言われたら、ほら、自分たちでどうにかした、って言えば良いし」
ロペラが言葉を軽やかに紡ぐ。確かに、店を作るのも、福祉施設を作るのも、今のところデイラシアでは届け出は必要ない。だから問題ないと言えば、問題ないのかもしれないが。
うーん、と首を傾げていると、アランが「時間だ」と静かに続けた。工房が動き出す時間になってしまったのだろう。
「あ、ありがとうございました。また、お礼をきちんと!」
「セレスト様にも元気出せ、と伝えておいてくれよ」
アランとロペラに手を振り、ネリーは小さく息を零す。そうしてから、そっと救民院を振り返った。じっと外壁を眺め、よし、と頷いてからネリーは昼までの時間を救民院の庭園で過ごした。
昼過ぎになると、門扉の開く音がする。草抜きに熱中していたネリーは、直ぐに水魔法で泥のついた手を洗うと、顔を上げた。セレストが立っている。
ネリーに気付いて、セレストは一瞬だけ驚いたような顔をして、それから「君はまた」と囁くように言葉を続けた。
「庭園の雑草を抜いていたのか?」
「はい! まだまだ綺麗にしないといけないので」
ネリーは頷く。この一年、ネリーは補修が進むと同時に庭園を少しずつ整えていった。昔は花の咲いていた一角を入念に整理し、咲き誇る雑草たちに合掌しながらそれらを抜く。子ども一人が少しずつ抜いていっている、というだけなので、進みは遅々としたものでしかない。だがそれでも、一年前と見比べると、廃園のような、という表現からは一歩脱出したように思える。
ネリーは手の平を軽くハンカチで拭くと、そのままセレストの手を引いた。
「こっちです、早く見ましょう!」
「先に見ておいたんじゃないのか?」
「見てないです。だって、一緒に見たかったから。そして、一緒に驚きたかったんです!」
ぐっと拳を握ると、セレストは小さく笑った。そうしてから、ゆっくりと救民院の戸まで向かい、ノブに手をつけた。ふ、と息を零してから、扉を開く。
内部に目を向け、ネリーは小さく息を零した。
――床の補修も、軽くではあるがしてくれたようで、穴の空いた部分が、簡易的に補強されているのが見えた。出窓から零れるように内部に差し込む陽光が、室内を淡く照らしている。天井へそっと顔を上げる。――補修された天井。穴の空いていないそれが、けれど、どうしてだろうか、柔らかな光を滲ませて下に落ちている。
屋根の土台を良く見ると、僅かに飾り窓のように穴が空いている部分があった。その上に重ねられた天然石が、陽光を通して、綺麗な色を床に落としているようだ。
その陽光は、一つの所を指し示している。ロビーの真ん中。――ロゼやセレストが、子ども達の為に絵本を読み聞かせていた場所。そこを、狙い澄ましたかのように零れ落ちる――柔らかな陽だまりだった。
「これは……」
「……昔は、ここで、絵本の読み聞かせをしていたんだ」
赤色の光の前に足を運び、セレストが言葉を続ける。ネリーは小さく頷いた。そうして、もう一度屋根を見つめる。
屋根の色は黄色だったはずだ。天然石を通した陽光なら、屋根の色に染まるはずだが、そこに落ちるのは美しい透明な木漏れ日である。思わず見とれてしまって、言葉が出てこない。
綺麗だ、と思う。――とても。
きっと、これはアランとセレストの間で、補修するにあたって新しく作られたものであることだけは、確かだった。
陽だまりをセレストはじっと見つめる。その視線は穏やかで、優しい。まるでそこに居る誰かを、見つめているようにも見えた。
「……じゃあ、この辺りは、思い出の場所なんですね」
「そう、……そうだな。思い出の場所なんだ。だから、残しておきたかった」
「素敵ですね。この光の下で、今まで沢山の物語が読まれてきて――」
これからもまた、沢山の物語が読まれていくのだろう、と口にしようとして止める。そうしてから、そっと吐息を零した。
ネリーの沈黙を引き継ぐようにして、セレストが、「それに、君も好きだろうと思って」と、囁くように続ける。
「私が?」
「よく陽だまりの下に居たから。屋根を完全に塞ぐと、そういったものが無くなる。だから、多少――残しておいてもらう方向にしたんだ」
「……私の、ために」
声が震える。喉の奥から熱い呼吸が零れてくるようで、必死にそれを飲み下しながら、ネリーはセレストを見つめた。すぐ、視線に気付いて露草色の瞳がネリーを見つめる。
「救民院は、……」
再開しますか。言葉を続けようとして、飲み込む。だが、セレストはネリーの言葉の続きを理解したのだろう。小さく頷いた。
「――君が言ったんだ」
「え?」
「覚えていないのか? ここを作った人は、誰かを憎んではいないだろう、と。それどころか、すぐに立ち直って、どうにかしようとするだろう、とも」
確かに言った。補修する職人を探している時に、セレストが、人々の評価の変わりようを憎く思ってしまう、と本音を零した。それに、――どうしようもなく、苦しくなって。だから、せめて、と言葉を続けた。だが、それが再開するかどうかに、どう関係するのだろうか。
首を傾げる。セレストは微笑んで、「再開するよ」とだけ続けた。
「そうしないと、ロゼ様に怒られてしまう気がする」
「……そんなことではきっと怒りませんよ」
ネリーは笑う。そうして、でも、とセレストを見つめた。
「凄い、頑張ってるね、って褒めてくれると思います」
セレストが瞬く。そうして、ネリーが紡いだ言葉を飲み下すような間を置いてから、ゆっくりと頷いた。
「――そうだな。きっと、ロゼ様なら、そう言ってくれるんだろう」
セレストの尻尾がぱた、と震える。沢山の感情が滲んで、喉の奥に浮かんでくる。それを少しずつ飲みこみながら、ネリーはじっと、静かな時間をセレストと共に過ごした。
「別に、店を作るくらいなら王家に届けも要らないし、良いんじゃないの? 補修とかはどうした、って言われたら、ほら、自分たちでどうにかした、って言えば良いし」
ロペラが言葉を軽やかに紡ぐ。確かに、店を作るのも、福祉施設を作るのも、今のところデイラシアでは届け出は必要ない。だから問題ないと言えば、問題ないのかもしれないが。
うーん、と首を傾げていると、アランが「時間だ」と静かに続けた。工房が動き出す時間になってしまったのだろう。
「あ、ありがとうございました。また、お礼をきちんと!」
「セレスト様にも元気出せ、と伝えておいてくれよ」
アランとロペラに手を振り、ネリーは小さく息を零す。そうしてから、そっと救民院を振り返った。じっと外壁を眺め、よし、と頷いてからネリーは昼までの時間を救民院の庭園で過ごした。
昼過ぎになると、門扉の開く音がする。草抜きに熱中していたネリーは、直ぐに水魔法で泥のついた手を洗うと、顔を上げた。セレストが立っている。
ネリーに気付いて、セレストは一瞬だけ驚いたような顔をして、それから「君はまた」と囁くように言葉を続けた。
「庭園の雑草を抜いていたのか?」
「はい! まだまだ綺麗にしないといけないので」
ネリーは頷く。この一年、ネリーは補修が進むと同時に庭園を少しずつ整えていった。昔は花の咲いていた一角を入念に整理し、咲き誇る雑草たちに合掌しながらそれらを抜く。子ども一人が少しずつ抜いていっている、というだけなので、進みは遅々としたものでしかない。だがそれでも、一年前と見比べると、廃園のような、という表現からは一歩脱出したように思える。
ネリーは手の平を軽くハンカチで拭くと、そのままセレストの手を引いた。
「こっちです、早く見ましょう!」
「先に見ておいたんじゃないのか?」
「見てないです。だって、一緒に見たかったから。そして、一緒に驚きたかったんです!」
ぐっと拳を握ると、セレストは小さく笑った。そうしてから、ゆっくりと救民院の戸まで向かい、ノブに手をつけた。ふ、と息を零してから、扉を開く。
内部に目を向け、ネリーは小さく息を零した。
――床の補修も、軽くではあるがしてくれたようで、穴の空いた部分が、簡易的に補強されているのが見えた。出窓から零れるように内部に差し込む陽光が、室内を淡く照らしている。天井へそっと顔を上げる。――補修された天井。穴の空いていないそれが、けれど、どうしてだろうか、柔らかな光を滲ませて下に落ちている。
屋根の土台を良く見ると、僅かに飾り窓のように穴が空いている部分があった。その上に重ねられた天然石が、陽光を通して、綺麗な色を床に落としているようだ。
その陽光は、一つの所を指し示している。ロビーの真ん中。――ロゼやセレストが、子ども達の為に絵本を読み聞かせていた場所。そこを、狙い澄ましたかのように零れ落ちる――柔らかな陽だまりだった。
「これは……」
「……昔は、ここで、絵本の読み聞かせをしていたんだ」
赤色の光の前に足を運び、セレストが言葉を続ける。ネリーは小さく頷いた。そうして、もう一度屋根を見つめる。
屋根の色は黄色だったはずだ。天然石を通した陽光なら、屋根の色に染まるはずだが、そこに落ちるのは美しい透明な木漏れ日である。思わず見とれてしまって、言葉が出てこない。
綺麗だ、と思う。――とても。
きっと、これはアランとセレストの間で、補修するにあたって新しく作られたものであることだけは、確かだった。
陽だまりをセレストはじっと見つめる。その視線は穏やかで、優しい。まるでそこに居る誰かを、見つめているようにも見えた。
「……じゃあ、この辺りは、思い出の場所なんですね」
「そう、……そうだな。思い出の場所なんだ。だから、残しておきたかった」
「素敵ですね。この光の下で、今まで沢山の物語が読まれてきて――」
これからもまた、沢山の物語が読まれていくのだろう、と口にしようとして止める。そうしてから、そっと吐息を零した。
ネリーの沈黙を引き継ぐようにして、セレストが、「それに、君も好きだろうと思って」と、囁くように続ける。
「私が?」
「よく陽だまりの下に居たから。屋根を完全に塞ぐと、そういったものが無くなる。だから、多少――残しておいてもらう方向にしたんだ」
「……私の、ために」
声が震える。喉の奥から熱い呼吸が零れてくるようで、必死にそれを飲み下しながら、ネリーはセレストを見つめた。すぐ、視線に気付いて露草色の瞳がネリーを見つめる。
「救民院は、……」
再開しますか。言葉を続けようとして、飲み込む。だが、セレストはネリーの言葉の続きを理解したのだろう。小さく頷いた。
「――君が言ったんだ」
「え?」
「覚えていないのか? ここを作った人は、誰かを憎んではいないだろう、と。それどころか、すぐに立ち直って、どうにかしようとするだろう、とも」
確かに言った。補修する職人を探している時に、セレストが、人々の評価の変わりようを憎く思ってしまう、と本音を零した。それに、――どうしようもなく、苦しくなって。だから、せめて、と言葉を続けた。だが、それが再開するかどうかに、どう関係するのだろうか。
首を傾げる。セレストは微笑んで、「再開するよ」とだけ続けた。
「そうしないと、ロゼ様に怒られてしまう気がする」
「……そんなことではきっと怒りませんよ」
ネリーは笑う。そうして、でも、とセレストを見つめた。
「凄い、頑張ってるね、って褒めてくれると思います」
セレストが瞬く。そうして、ネリーが紡いだ言葉を飲み下すような間を置いてから、ゆっくりと頷いた。
「――そうだな。きっと、ロゼ様なら、そう言ってくれるんだろう」
セレストの尻尾がぱた、と震える。沢山の感情が滲んで、喉の奥に浮かんでくる。それを少しずつ飲みこみながら、ネリーはじっと、静かな時間をセレストと共に過ごした。
39
あなたにおすすめの小説
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
家出を決行した結果
棗
恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。
デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。
自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。
※なろうさんにも公開しています。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?
ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」
バシッ!!
わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。
目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの?
最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故?
ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない……
前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた……
前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。
転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?
恐怖侯爵の後妻になったら、「君を愛することはない」と言われまして。
長岡更紗
恋愛
落ちぶれ子爵令嬢の私、レディアが後妻として嫁いだのは──まさかの恐怖侯爵様!
しかも初夜にいきなり「君を愛することはない」なんて言われちゃいましたが?
だけど、あれ? 娘のシャロットは、なんだかすごく懐いてくれるんですけど!
義理の娘と仲良くなった私、侯爵様のこともちょっと気になりはじめて……
もしかして、愛されるチャンスあるかも? なんて思ってたのに。
「前妻は雲隠れした」って噂と、「死んだのよ」って娘の言葉。
しかも使用人たちは全員、口をつぐんでばかり。
ねえ、どうして? 前妻さんに何があったの?
そして、地下から聞こえてくる叫び声は、一体!?
恐怖侯爵の『本当の顔』を知った時。
私の心は、思ってもみなかった方向へ動き出す。
*他サイトにも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる