謀殺された悪役令嬢は、前世の護衛騎士の幸せを見届けたい

うづき

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6-2.床の補修と本集め

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「私は……そうしたいです。多分、騎士様も。でも、王家がどう思うか……」
「別に、店を作るくらいなら王家に届けも要らないし、良いんじゃないの? 補修とかはどうした、って言われたら、ほら、自分たちでどうにかした、って言えば良いし」

 ロペラが言葉を軽やかに紡ぐ。確かに、店を作るのも、福祉施設を作るのも、今のところデイラシアでは届け出は必要ない。だから問題ないと言えば、問題ないのかもしれないが。
 うーん、と首を傾げていると、アランが「時間だ」と静かに続けた。工房が動き出す時間になってしまったのだろう。

「あ、ありがとうございました。また、お礼をきちんと!」
「セレスト様にも元気出せ、と伝えておいてくれよ」

 アランとロペラに手を振り、ネリーは小さく息を零す。そうしてから、そっと救民院を振り返った。じっと外壁を眺め、よし、と頷いてからネリーは昼までの時間を救民院の庭園で過ごした。


 昼過ぎになると、門扉の開く音がする。草抜きに熱中していたネリーは、直ぐに水魔法で泥のついた手を洗うと、顔を上げた。セレストが立っている。
 ネリーに気付いて、セレストは一瞬だけ驚いたような顔をして、それから「君はまた」と囁くように言葉を続けた。

「庭園の雑草を抜いていたのか?」
「はい! まだまだ綺麗にしないといけないので」

 ネリーは頷く。この一年、ネリーは補修が進むと同時に庭園を少しずつ整えていった。昔は花の咲いていた一角を入念に整理し、咲き誇る雑草たちに合掌しながらそれらを抜く。子ども一人が少しずつ抜いていっている、というだけなので、進みは遅々としたものでしかない。だがそれでも、一年前と見比べると、廃園のような、という表現からは一歩脱出したように思える。

 ネリーは手の平を軽くハンカチで拭くと、そのままセレストの手を引いた。

「こっちです、早く見ましょう!」
「先に見ておいたんじゃないのか?」
「見てないです。だって、一緒に見たかったから。そして、一緒に驚きたかったんです!」

 ぐっと拳を握ると、セレストは小さく笑った。そうしてから、ゆっくりと救民院の戸まで向かい、ノブに手をつけた。ふ、と息を零してから、扉を開く。
 内部に目を向け、ネリーは小さく息を零した。

 ――床の補修も、軽くではあるがしてくれたようで、穴の空いた部分が、簡易的に補強されているのが見えた。出窓から零れるように内部に差し込む陽光が、室内を淡く照らしている。天井へそっと顔を上げる。――補修された天井。穴の空いていないそれが、けれど、どうしてだろうか、柔らかな光を滲ませて下に落ちている。

 屋根の土台を良く見ると、僅かに飾り窓のように穴が空いている部分があった。その上に重ねられた天然石が、陽光を通して、綺麗な色を床に落としているようだ。
 その陽光は、一つの所を指し示している。ロビーの真ん中。――ロゼやセレストが、子ども達の為に絵本を読み聞かせていた場所。そこを、狙い澄ましたかのように零れ落ちる――柔らかな陽だまりだった。

「これは……」
「……昔は、ここで、絵本の読み聞かせをしていたんだ」

 赤色の光の前に足を運び、セレストが言葉を続ける。ネリーは小さく頷いた。そうして、もう一度屋根を見つめる。
 屋根の色は黄色だったはずだ。天然石を通した陽光なら、屋根の色に染まるはずだが、そこに落ちるのは美しい透明な木漏れ日である。思わず見とれてしまって、言葉が出てこない。
 綺麗だ、と思う。――とても。
 
 きっと、これはアランとセレストの間で、補修するにあたって新しく作られたものであることだけは、確かだった。
 陽だまりをセレストはじっと見つめる。その視線は穏やかで、優しい。まるでそこに居る誰かを、見つめているようにも見えた。

「……じゃあ、この辺りは、思い出の場所なんですね」
「そう、……そうだな。思い出の場所なんだ。だから、残しておきたかった」
「素敵ですね。この光の下で、今まで沢山の物語が読まれてきて――」

 これからもまた、沢山の物語が読まれていくのだろう、と口にしようとして止める。そうしてから、そっと吐息を零した。
 ネリーの沈黙を引き継ぐようにして、セレストが、「それに、君も好きだろうと思って」と、囁くように続ける。

「私が?」
「よく陽だまりの下に居たから。屋根を完全に塞ぐと、そういったものが無くなる。だから、多少――残しておいてもらう方向にしたんだ」
「……私の、ために」

 声が震える。喉の奥から熱い呼吸が零れてくるようで、必死にそれを飲み下しながら、ネリーはセレストを見つめた。すぐ、視線に気付いて露草色の瞳がネリーを見つめる。

「救民院は、……」

 再開しますか。言葉を続けようとして、飲み込む。だが、セレストはネリーの言葉の続きを理解したのだろう。小さく頷いた。

「――君が言ったんだ」
「え?」
「覚えていないのか? ここを作った人は、誰かを憎んではいないだろう、と。それどころか、すぐに立ち直って、どうにかしようとするだろう、とも」

 確かに言った。補修する職人を探している時に、セレストが、人々の評価の変わりようを憎く思ってしまう、と本音を零した。それに、――どうしようもなく、苦しくなって。だから、せめて、と言葉を続けた。だが、それが再開するかどうかに、どう関係するのだろうか。

 首を傾げる。セレストは微笑んで、「再開するよ」とだけ続けた。

「そうしないと、ロゼ様に怒られてしまう気がする」
「……そんなことではきっと怒りませんよ」

 ネリーは笑う。そうして、でも、とセレストを見つめた。

「凄い、頑張ってるね、って褒めてくれると思います」

 セレストが瞬く。そうして、ネリーが紡いだ言葉を飲み下すような間を置いてから、ゆっくりと頷いた。
 
「――そうだな。きっと、ロゼ様なら、そう言ってくれるんだろう」

 セレストの尻尾がぱた、と震える。沢山の感情が滲んで、喉の奥に浮かんでくる。それを少しずつ飲みこみながら、ネリーはじっと、静かな時間をセレストと共に過ごした。
 
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