謀殺された悪役令嬢は、前世の護衛騎士の幸せを見届けたい

うづき

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6-7.床の補修と本集め

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 ネリーは持ち慣れた鞄にいくつかの手順書を入れ、そうしてから母親に出かける旨を伝えて王都への道を辿る。
 早朝、まだ人の少ない時間帯の広場を通り抜けて、シュヴァル通りの方へ向かう。シュヴァル通りには騎士団の寮がいくつか存在し、その道を抜けていくと王家の人々が住まう王城に行き着く。

 王城に近いほど、騎士が強くなるとされている。つまりシュヴァル通りは、もし王都に逆賊が入り込んできた際に、王家を守るために作られた堅牢な騎士の砦、と形容しても差し支えは無いだろう。

 騎士の位は赤色が一番低い。次に緑が来て、橙色、それから青が来る。
 青の騎士団、そこに所属する青騎士は、騎士の中でも抜きん出た才能の持ち主のみが就くことの出来る存在だ。もちろん家柄なども多少なり関係あるが、最後にものを言わすのは腕の強さと魔法の強さ、騎馬の上手さに卓越した戦術技巧である。

 普通の人であれば近づくことのない青騎士寮に、けれどネリーはせっせと足を運んだ。こんこん、とノックをしてから、ゆっくりと扉を開く。青騎士寮は三階構造になっていて、吹き抜けのようなロビーと、その周囲を覆うようにして青騎士達の部屋に続く扉が並んでいる。

 ロビーの中央、受付に居る女性に声をかけ、セレストの元に来た旨を連絡する。事前にセレストからもネリーが来ることは伝えられていたのだろう、つつがなく手続きは済み、ネリーは二階にあるセレストの部屋へ向かった。
 簡素な扉をノックする。そうすると、中から応えがあり、扉が開いた。

 部屋着のような、少しばかりゆったりとした服装を身につけていたセレストは、ネリーに気付くと「君か」とだけ言う。さして驚いた様子が見えないのは、恐らく階段を登る足音などから、ネリーの来訪を先んじて察していたのだろう。
 それくらい獣人族は耳が良い。

「来ました!」
「うん、どうぞ。入って」

 言いながら、セレストが開いた扉を背にして、ネリーの通れるスペースを作る。ネリーは慌てて足を内部に踏み入れながら、そっと息を零した。
 室内は広い。青騎士であるから、というのもあるだろうが、防音の魔法もしっかり室内にかけられているようで、外からの音が一切聞こえない。

 ベッドにテーブル、それと小さなクローゼット、戸棚のようなものがある。戸棚にはいくつかの物が大事そうに並んでいた。

「何か飲むだろう?」
「の、飲みたいです……、すみません。色々見ちゃって」
「いや、大丈夫だ。ただ、一つだけ触らないで欲しいものがあるから、それだけ」

 言いながら、セレストは戸棚の傍に近づいた。戸棚の真ん中、取り出しやすい場所にしまわれている手紙を指さし、「これだけは触らないでくれ」と言う。
 見覚えが多大にあるものだった。これらは全て、前世――ロゼが、セレストに対して出した、沢山の手紙である。

「手紙……ですか?」
「そう。大切な人からの手紙なんだ。……何度も見返して、少し破れそうになっている。だから、触らないでくれ」

 デイラシアの紙は、あまり質が良いとは言えない。だから、十年も経てば日焼けによって文字が滲み、更に言えば少しばかり破れやすくなる。大事にし、何度も手に取って読んでいるのなら、尚更だろう。

「……凄く沢山、手紙でお話されていたんですね」
「そう、だな。俺はその時、騎士の叙勲を頂いたばかりで、遠征することが多くて、それもあって手紙でのやり取りが多かったんだ」

 答えながら、セレストが小さく笑う。

「気になるのか?」
「少し、……少しだけ!」
「そうか。――すまないが、俺のために書かれたロゼ様の文字を、俺だけが独占したいんだ。だから、見せることは出来ない」

 僅かにもすまなさそうに思って居ないような声で、セレストは続ける。正直な話、ネリーとしては、何を書いたかなんてほとんど覚えていない。セレストからの返事は覚えているが、自分の文章なんて書いた先から忘れてしまうものである。どんな恥ずかしい文字を連ねていたか、想像するとなんとも言えない気持ちになる。

「――本当に大切にしているんですね」
「ああ。それしか、残っていないから」

 セレストの言葉は静かだった。ネリーは小さく息を詰まらせる。
 何かしら残しておくべきだったのかもしれない。だが、残しておけば、セレストに危害が加えられる可能性を考えると、何も残せなかった。
 それが、ロゼの出来る、セレストへの最大限の愛情を示す行為だったのだ。

「……ロゼ様の身の回りのものは全て燃やされた。家も無い。残っているのは救民院だけだ。それと、数冊の絵本」

 棚にさされているものを、セレストの指先が取り出す。少し傷みのある表紙には、見覚えがあった。ネリーは思わず小さく息を飲む。

「それって……」
「知っているのか? これは少し前に……いや、うん、十四年くらい前に、貴族の間で流行していた絵本なんだ」

 知っている。もちろん。その本を楽しんで、そしてセレストに読み聞かせたのは、他ならぬ前世のロゼである。セレストはロゼの朗読を嬉しそうに聞いていた。まさか、救民院に残っていた絵本、その数冊の中に、思い出深いものが存在するとは思ってもみなかった。

「面白い話なんですか?」
「いや。そこまで面白くないな」
「え!?」

 思わずネリーは声を上げる。嘘だ。だって、この絵本を読んだとき、セレストはにこにこしながらロゼに「面白いですね、ロゼ様」、「俺、この先が気になります」と言っていたのに。

 今更ながらに明かされる本音に、どう対処をして良いのかわからず、ネリーは僅かに視線を揺らす。セレストは表紙を撫でながら、「――自分で読んだら、面白くなかったんだ」とだけ続けた。

「でも、不思議なことに、ロゼ様が読むと、どんな退屈な物語も、全て面白く聞こえた」

 どうしてだろうな、とセレストは言葉を続ける。そうしてから、ふい、と表紙から視線を逸らし、ネリーを見つめた。

「――後で読んでみると良い」

 言いながら、優しい手つきで絵本を手渡される。ネリーはその絵本をぎゅうっと抱きしめて、それから小さく頷いた。
 そうしてすぐ、ここへ来た目的を思い出し、鞄の中から手順書を取りだした。これを渡す為に、ネリーは休暇中のセレストの元を訪れたのだ。

 手順書は、つい先日、アランによって書いてもらったものだ。
 床の補修の仕方が、絵と共に詳しく記載されている。
 本来なら、床の補修もアランたちに頼むべきだろうが、流石にそこまで迷惑をかけることは出来ない。そもそも職人達に王家からロゼの救民院の補修に手を貸すなという通達が行っている。その通達が本気のものかどうかは、朗読会をしていたネリーが身を以て知った。

 王家は、本格的に、ロゼに通じるもの全てを消そうともくろんでいる。
 そして、悪役として担ぎ上げ続ける気なのだろう、ということも。

 あの後、セレストによって助けられたネリーは、その後も何度か朗読を続けているが、嫌な目で見つめてくる兵士がいる以外、前と変わりは無い。恐らく確実に、第二王子から何らかの圧力がかかっているのだろうと思うが、定かではない。
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