謀殺された悪役令嬢は、前世の護衛騎士の幸せを見届けたい

うづき

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7-1.今年だけの誕生日

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「ロゼ様。――ロゼ様、失礼いたします」

 名前を呼ばれて、不意にロゼは意識を取り戻す。どうやらいつの間にかうたた寝してしまっていたらしい。
 指先で口元を隠して、欠伸を零す。そうして声のした方向へ視線を向けた。ロゼに影を差すように立つ人物。それは、見間違いようも無い。セレストだ。獣人族の証である、狼の耳と尻尾をふわふわと揺らしながら、セレストは手に持っていた柔らかなケープをロゼの肩にかけた。

 僅かに暖かさの滲むそれを、指先で摘まみながら、ロゼはぼんやりとセレストを見つめる。ここは、と考えて視線を巡らせると、自身の生家が目に入った。遠くで、日傘を差した母と、その傍に父が立ち、ロゼのことを見守るように視線を向けているのがわかった。

「……ロゼ様、昨日は大変だったとは言え、外で寝る前に俺に声をかけてください。俺なら、ロゼ様を抱き上げて寝室へお運びすることも出来ますから」
「昨日?」
「はい。――ロゼ様が、沢山の花に囲まれているところ、とても綺麗でした」

 セレストが目を細め、嬉しそうに言葉を続ける。昨日――と考えて、思い出すことが出来ず、ロゼは首を振る。
 ただ、沢山の花に囲まれていた、ということから、状況を類推することは出来た。恐らく、昨日はロゼの誕生日だったのだろう。多分、十二歳の。

 デイラシアでは、十二歳まで子どもが生きることを一つの区切りのように考えている。
 そのため、十二歳を迎えた子どもは、その生誕をいつも以上に盛大に祝われることになる。そして祝い方にも独特の作法がある。
 簡単に言うと、花を贈るのだ。そして贈られた側は、その花を身につける。

 もちろん、身につけるといっても限度があるので、渡す方は一輪だけ、渡される方はその一輪を使って花冠にしたり、花の腕輪を作ったりする。
 十八になったらデイラシアでは完全に大人の仲間入りとなるので、その時はまた違った作法で祝われるのだが、ロゼは十七で死んだので、その作法を受けることはなかった。

 ぼんやりと考えて、ああ、とロゼは思う。また夢を見ているのだ。
 幸せな時の夢。十二歳の頃のロゼは、悪役令嬢らしいフラグを完全に断ち切ろうと色々と努力をし、それが実り始めて来た頃合いだった。断罪されることなく、死ぬことなく、これから先も生きていけるのかもしれない――なんて、そんな希望を、僅かでも指先で掠められたような気がしていたのだ。

 最近、ロゼの時の夢ばかり見る。セレストと日々関わりを持っているから、というのが理由としてあげられるのかもしれない。

「俺の……俺の花も、身につけてくださって、ありがとうございました」
「ううん。そんな。ねえ、セレスト、セレストが十二歳になったら、私からも花を贈らせてね」

 唇が勝手に動く。そうして、その時吐き出した言葉を、そのまま形にする。セレストが照れるように頬を赤らめ、ふわふわの尻尾を嬉しそうに揺らした。

「はい。――楽しみです。ロゼ様。大好きです」
「どうしたの? 急に」
「言いたくなってしまって。ロゼ様の幸せを、これから先もずっと見ていられることが、どうしようもなく――嬉しくて」

 ロゼは笑う。そうしてから、セレストに手を伸ばした。ロゼの指先を受け入れるように耳がへたりとする。そろそろと頭を撫でると、セレストはくすぐったそうに喉を震わせた。
 あの後、ロゼは――約束を守れなかった。
 セレストが十二になると同時に、ロゼに王太子の婚約者としての話題がふっと沸いて出てきて、そのことに父母もロゼもかかりきりになってしまっていた。

 誕生日を過ぎてから、ようやく花を渡した。セレストはそれでも喜んでくれたが、あの時のことはきっと忘れないだろう。
 約束を守れなかった日を、きっとロゼは、これから先もずっと思い出すのだ。


 ぱち、と目が覚める。ぐうっと伸びをして、反動をつけるようにしてネリーは上体を持ち上げた。シーツの中から足を出すと、ひんやりとした空気が肌を刺す。陰の季節がやってきてしばらく経ち、本格的な寒さが到来してきたようだ。これから、前前世で言うところの冬のような季節になる。

 手早く朝の支度を終えてから、ネリーは階下におりる。階下には既に母が起きており、ネリーを見るとすぐに朗らかに笑った。

「ネリー! お誕生日おめでとう」
「お母さん。ありがとう」

 言いながら、母親がネリーに用意していたらしい花束を差し出す。そうしてから、「一輪だけ選んで」と口にした。なので、ネリーは少しだけ迷って、色とりどりの花束の中から、一輪の花を手に取る。青色の花だ。母親は嬉しそうに笑うと、「それだと思った!」と言葉を続け、ネリーに小さな鞄を手渡してきた。花が折れずに入るように、縦に長い形をしている。

「今日も王都に行くんでしょう? なら、この鞄を持って行きなさい。きっと大変なことになるだろうから!」
「そうかなあ?」
「もう。ネリーったら。あなたはとっても良い子なのよ。十二の誕生日なんだから、きちんと色々な人に祝われなくちゃいけないわ! おめでとう、ネリー。私はあなたに出会えたこと、本当に嬉しいの」

 母親がネリーに手を伸ばし、そのままぎゅうっと抱きしめてくる。花束はネリーの部屋に飾っておくからね、と母親は言葉を続けてから、ネリーの背を押して食卓に誘う。そこにはネリーの好物がいくつも並んでいた。
 ネリーからすると、孤児であった時に、前世の記憶と前前世の記憶を思い出し、発狂しかけていたネリーを拾ってくれた母親には、むしろ感謝しかない。出会えて良かった、は、ネリーの言うべき言葉だろう。

 母親が居なければ、ネリーは今頃、どうなっていたかわからない。ただ恐らく、すぐに死んでいただろう、ということだけは、わかる。
 母親の用意した食事を含む。暖かな美味しさが口の中に滲むのがわかって、ネリーは小さく頬を緩めた。


 そのまま、母親と別れ、王都へ向かう。母親の仕事の関係で王都には良く来るし、更に言えばこの数年、ネリーは王都に頻回に現れて居るということもあり、顔見知りの存在が多く出来た。母親から既に言づてが行っていたのだろう、ネリーを見て「お誕生日おめでとう」と言いながら一輪の花を差し出してくる人が、何人か居て、すぐにネリーの鞄は一杯になってしまった。

 今日は朗読の日ではないが、広場のベンチに腰掛けて貰った花を使って花冠を作ろうとしていると、ネリーが来たことに気付いたらしい、シェンナが笑顔でネリーの傍に駆け寄ってきた。

「お姉ちゃん、おはよう」
「シェンナ。おはよう」

 シェンナは照れたように眦を赤らめ、そうして僅かにもじもじとした後、一輪の花をすっと出してきた。
 きっと野山で摘んできてくれたのだろう。素朴な風合いのそれは、とても可愛らしい。

「これね。お姉ちゃんがお誕生日だって聞いて……、だから」
「嬉しい。ありがとう、シェンナ」
「えへへ。良かった。お姉ちゃん、沢山お花貰ってるから、私の、邪魔かなって思ったんだけど」
「そんなこと――」

 ネリーは僅かに瞬く。そうして、今日見た夢のことを思い出した。
 ロゼの十二歳の誕生日の時、セレストもシェンナと同じようなことを言って、花を差し出してきた。沢山貰っているのを見て、渡さないべきかとも思ったんです。それでも、俺も、ロゼ様を祝いたくて。そう言って差し出された花は、やっぱり今のように、素朴なもので――けれど、セレストが必死になって探してきてくれたことがわかるような、そんな花だった。

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