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7-2.今年だけの誕生日
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ふ、と息を零す。そうしてから、ロゼはセレストに口にしたように、シェンナを見つめて言葉を続けた。
「――シェンナが、私のことを祝ってくれようって思う、その気持ちが嬉しいの。ありがとう。大事にするね。花冠の、一番目立つところにつけようかな」
シェンナは軽く目を瞬かせる。そうしてから、頬を赤らめて、うん、と頷いた。
その後、ベンチに座って、貰った花を冠にする間、ネリーとシェンナは僅かに会話を交わした。シェンナの家の果物はとても美味しいことや、ネリーが口にした物語を覚えて、母親に頑張って伝えようとしてみるのだが、いつも後半になると物語の終わりを忘れてしまって、強引に締めくくって終わること。
そういった話をする内に、昼の時刻を告げる鐘が鳴った。この後の作業は救民院で行おう、と、ネリーは慌てたようにベンチを降りるシェンナにさよならを告げてから、路地を歩いた。
救民院への道は、もう目隠しをしていてもきっと行けるだろう。
さあっと風が通り抜けるような心地がする。少しだけ錆の浮いた門扉を押して、庭園に足を運んだ。この二年の努力もあり、雑草で大変なことになっていた庭園は、今や形も無い。以前、花が植わっていた所に、少しずつ種を仕込み始めている。きっと来年には、いくつかの花が咲いて、目を楽しませてくれることだろう。
扉を押すと、中には既に人が居た。セレストは、椅子に腰をかけたまま本に目を通していたようで、ネリーの来訪に気付くと顔を上げる。
補修した床板は、もうたわむことなくネリーの体を受け止めてくれるので、安心して歩くことが出来るようになった。木漏れ日の落ちる床を眺めながら歩き、ネリーはセレストの傍に腰掛ける。
「騎士様、こんにちは! 何を読まれているんですか?」
「こんにちは。これは……、君が持って来た本だよ」
言いながら、セレストは表紙を見せる。『たましいのかたち』と書かれたそれを眺め、ネリーは微笑んだ。
「その本、好きなんですか?」
「いや、……どうだろう。面白い視点だと思ったんだ。死んだ後も、魂の形が分かる、というところが」
セレストは言葉を続ける。そうしてから迷うように視線を揺らした。瞬間、ネリーが背負っている鞄がいつものものではないことに気付いた様子で、驚いたように小さく声を上げる。
「もしかして、君、誕生日なのか?」
「実はそうです!」
「それは――待ってくれ。知らなかった。しかも恐らく、十二の……?」
「そうです!」
胸を張ると、セレストは僅かに瞬いた。そうしてから口を開き、「先に」と言いかけて、直ぐに口を噤む。恐らく先に言っておいてくれたら、と言おうとしたのだろうが、責めるような響きになりそうだから飲み込んだのだろう。
そういうところがセレストらしい。ネリーは小さく笑った。
「……今は花が無くて。すまない、また次に……いやでも、そうすると意味が無いのか。家に……家に届けよう」
「そこまでしなくても良いですよ」
「いや。駄目だろう。十二は――大事な歳だ。子どもがその日まで、病なく、怪我なく、過ごせたことを感謝する日でもあるんだから」
「大丈夫です、本当に」
にわかにおろおろしはじめるセレストを見つめ、それからネリーは首を振った。
「誕生日、実のところ、わかってないんです」
「――え?」
「私、今の母親に拾われたから。年齢も多分十二って感じなので。もしかしたらもっと上なのかも」
「君は、……」
セレストは僅かに息を飲むようにする。そうしてから、ゆっくりと首を振った。
「……そうか。……実は、俺もそうなんだ」
静かな声だった。ネリーは瞬く。言葉の続きをじっと待つように口をきゅっと引き締めて、そうしてからセレストを見つめた。
「俺の誕生日は、ロゼ様と出会った日。そういう風に、ロゼ様と一緒に、決めたんだ。それまでの俺は、色々と……文字が読めないこともあって、色々な場所を点々としていて。生きているけれど死んでいるようなものだった。父親と引き離されたこともあって、誕生日もわからなくて……」
絵本の表紙を眺めながら、セレストは滔々と言葉を続ける。少しだけ迷うように視線を揺らし、それから「楽しくない話だな」と囁いた。ネリーは首を振る。
「……大事な話でしょう」
楽しくは無い、だろう。けれど、大事な話であることは、わかる。だから聞かせて欲しい――と、そう願うように見つめる。セレストは露草色の瞳を瞬かせて、そうしてから「本当に、君からしたら面白くないだろうけれど」と前置きをしてから、自身の誕生日の話を続けた。
ロゼと出会ってから、一年経った頃に、ロゼが自分の誕生日を祝いたいと言い出したこと。
無論、セレストは自分の誕生日を知らない。だから、誕生日は無いので祝わなくて良い、と答えた。だが、ロゼは引かなかった。
「なら私が決めてあげる、と言って、いくつかの候補を出してきたんだ」
もちろん、ネリーは――ロゼは、覚えていた。
誕生日なんて必要ない、祝われる必要だってない、と静かに言葉を続けるセレストの姿が、あまりにも――あまりにも寂しくて。だから、なら私が決める、と豪語してしまったのだ。
実際、前前世で遊んだファタールの天秤において、セレストの誕生日は『???』と伏せられている。だから、全くヒントがない状態で、どのように誕生日を決めるのか、もの凄く頭を悩ませた。
「――シェンナが、私のことを祝ってくれようって思う、その気持ちが嬉しいの。ありがとう。大事にするね。花冠の、一番目立つところにつけようかな」
シェンナは軽く目を瞬かせる。そうしてから、頬を赤らめて、うん、と頷いた。
その後、ベンチに座って、貰った花を冠にする間、ネリーとシェンナは僅かに会話を交わした。シェンナの家の果物はとても美味しいことや、ネリーが口にした物語を覚えて、母親に頑張って伝えようとしてみるのだが、いつも後半になると物語の終わりを忘れてしまって、強引に締めくくって終わること。
そういった話をする内に、昼の時刻を告げる鐘が鳴った。この後の作業は救民院で行おう、と、ネリーは慌てたようにベンチを降りるシェンナにさよならを告げてから、路地を歩いた。
救民院への道は、もう目隠しをしていてもきっと行けるだろう。
さあっと風が通り抜けるような心地がする。少しだけ錆の浮いた門扉を押して、庭園に足を運んだ。この二年の努力もあり、雑草で大変なことになっていた庭園は、今や形も無い。以前、花が植わっていた所に、少しずつ種を仕込み始めている。きっと来年には、いくつかの花が咲いて、目を楽しませてくれることだろう。
扉を押すと、中には既に人が居た。セレストは、椅子に腰をかけたまま本に目を通していたようで、ネリーの来訪に気付くと顔を上げる。
補修した床板は、もうたわむことなくネリーの体を受け止めてくれるので、安心して歩くことが出来るようになった。木漏れ日の落ちる床を眺めながら歩き、ネリーはセレストの傍に腰掛ける。
「騎士様、こんにちは! 何を読まれているんですか?」
「こんにちは。これは……、君が持って来た本だよ」
言いながら、セレストは表紙を見せる。『たましいのかたち』と書かれたそれを眺め、ネリーは微笑んだ。
「その本、好きなんですか?」
「いや、……どうだろう。面白い視点だと思ったんだ。死んだ後も、魂の形が分かる、というところが」
セレストは言葉を続ける。そうしてから迷うように視線を揺らした。瞬間、ネリーが背負っている鞄がいつものものではないことに気付いた様子で、驚いたように小さく声を上げる。
「もしかして、君、誕生日なのか?」
「実はそうです!」
「それは――待ってくれ。知らなかった。しかも恐らく、十二の……?」
「そうです!」
胸を張ると、セレストは僅かに瞬いた。そうしてから口を開き、「先に」と言いかけて、直ぐに口を噤む。恐らく先に言っておいてくれたら、と言おうとしたのだろうが、責めるような響きになりそうだから飲み込んだのだろう。
そういうところがセレストらしい。ネリーは小さく笑った。
「……今は花が無くて。すまない、また次に……いやでも、そうすると意味が無いのか。家に……家に届けよう」
「そこまでしなくても良いですよ」
「いや。駄目だろう。十二は――大事な歳だ。子どもがその日まで、病なく、怪我なく、過ごせたことを感謝する日でもあるんだから」
「大丈夫です、本当に」
にわかにおろおろしはじめるセレストを見つめ、それからネリーは首を振った。
「誕生日、実のところ、わかってないんです」
「――え?」
「私、今の母親に拾われたから。年齢も多分十二って感じなので。もしかしたらもっと上なのかも」
「君は、……」
セレストは僅かに息を飲むようにする。そうしてから、ゆっくりと首を振った。
「……そうか。……実は、俺もそうなんだ」
静かな声だった。ネリーは瞬く。言葉の続きをじっと待つように口をきゅっと引き締めて、そうしてからセレストを見つめた。
「俺の誕生日は、ロゼ様と出会った日。そういう風に、ロゼ様と一緒に、決めたんだ。それまでの俺は、色々と……文字が読めないこともあって、色々な場所を点々としていて。生きているけれど死んでいるようなものだった。父親と引き離されたこともあって、誕生日もわからなくて……」
絵本の表紙を眺めながら、セレストは滔々と言葉を続ける。少しだけ迷うように視線を揺らし、それから「楽しくない話だな」と囁いた。ネリーは首を振る。
「……大事な話でしょう」
楽しくは無い、だろう。けれど、大事な話であることは、わかる。だから聞かせて欲しい――と、そう願うように見つめる。セレストは露草色の瞳を瞬かせて、そうしてから「本当に、君からしたら面白くないだろうけれど」と前置きをしてから、自身の誕生日の話を続けた。
ロゼと出会ってから、一年経った頃に、ロゼが自分の誕生日を祝いたいと言い出したこと。
無論、セレストは自分の誕生日を知らない。だから、誕生日は無いので祝わなくて良い、と答えた。だが、ロゼは引かなかった。
「なら私が決めてあげる、と言って、いくつかの候補を出してきたんだ」
もちろん、ネリーは――ロゼは、覚えていた。
誕生日なんて必要ない、祝われる必要だってない、と静かに言葉を続けるセレストの姿が、あまりにも――あまりにも寂しくて。だから、なら私が決める、と豪語してしまったのだ。
実際、前前世で遊んだファタールの天秤において、セレストの誕生日は『???』と伏せられている。だから、全くヒントがない状態で、どのように誕生日を決めるのか、もの凄く頭を悩ませた。
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