謀殺された悪役令嬢は、前世の護衛騎士の幸せを見届けたい

うづき

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9-1.雪に解ける

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 いつものようにネリーは王都へ向かうための支度を始める。最近は陰の季節になり、底冷えする寒さになってきたので、上着を着込み、首元を覆うマフラーのような布をぐるぐると巻く。手元だけがむき出しで、寒さに負けそうだが、ポケットに手を入れるなりして暖めてどうにかしていれば大丈夫だろう。
 肩にかけるタイプの鞄に、ハンカチや傷薬、そしていくつかのものを忍ばせていると、不意に母親が「そういえば」と口を開いた。

「ネリーは気になる男の子とか居ないの?」
「とっ……唐突だね。どうして?」
「だってほら、ネリーももうお年頃じゃない」

 母親は薬草を振りながら言葉を続ける。お年頃――とは。
 確かに、ネリーは成長した。少し前に誕生日を迎えたこともあり、年齢も十四歳になった。デイラシアでは十六からが大人の仲間入りとされ、そのくらいの年頃になると周囲でも結婚したり、婚約を結ぶ人々をちらほらと見るようになる。

 貴族であればなおのことで、血筋を残すために彼らは幼い頃から婚約者を探しだす。結婚や婚約とは、子どもの意思が媒介するものではない。家同士の結びつきを強くするためのもの――という意識の方が強いのだ。
 ロゼの家も言わずもがなだった。尤も、ロゼの場合は、幼い頃から王太子妃としての地位があったわけではない辺りが、少し違う部分だろうか。

 ぼんやりと考えつつ、ネリーは小さく笑う。

「好きな人は居ないよ。気になる人も――」

 答えて、瞬間、不意に脳裏にセレストの顔がよぎったが、直ぐにネリーはその想像を打ち払う。ネリーとセレストでは歳が離れている。そもそもセレストはネリーのことを子どもとしてしか見ていない。そもそもが無理というか、無謀というか。

「いない。今の所、全然」
「そう? ネリーは可愛いんだから、きっとすぐに告白されちゃったりするかもよ」

 ふふ、と嬉しそうに母親が笑う。なんだか気恥ずかしい気持ちを覚えながら、ネリーは鞄を肩にかけ、そうしてから「行ってきます!」と声をかけた。
 母親がひらひらと手を振る。それに大きく手を振りかえして、ネリーは自宅を後にした。

 部屋の中にいる時は寒さもまだ本領を発揮していなかったが、外に出ると足下からじんわりと冷えが伝わってくるような心地がする。空はしんとしていて、厚い雲が幾重にも重なっていた。もしかしたら雪が降るかもしれない。

 雪が降ってきたら、と想像すると、少しばかり楽しみになってくる。積もったらどうしようか。雪だるまを作るのも良いかもしれない。デイラシアでも、雪玉を使って色々とものを作る遊びは存在するし、なんならまっさらな雪の上に寝転がり、手足を動かして自分自身の痕を残す遊びも流行っている。どちらも単純だが、わりと楽しい。

 足を地面に下ろすと、さくさくと音がする。朝靄が氷になって、それがネリーによって踏まれ、砕ける音だ。ささやかなその音が耳に心地良い。小さく笑いながら、ネリーは王都への道を目指した。


 王都に着く頃には、雪が降り始めてきていて、街路をうっすらと白いそれが覆いだしている。子ども達が楽しげに外に出て、空から降る雪を掴もうとしたりしているのが見て取れた。その中にはシェンナの姿もある。
 雪に夢中で、ネリーには気付いていない様子だ。子どもにとってしたら、雪と遊ぶこと以上に優先することはないだろう。ネリーは子ども達が楽しげに広場で遊ぶ姿を眺めながら、ほう、と息を吐く。白く煙るそれが、じんわりと視界を滲ませた。

 瞬間、視界の隅に、見知った姿を見つける。相手もネリーに気付いたらしい。どうやら王都の外から来た人々に何やら質問を受けている様子だ。何らかの説明を終えた後、すぐにネリーの元へ近づいてきた。

「ネリー」
「騎士様! こんにちは」

 声をかけると、こんにちは、と礼儀正しい応えがある。セレストは格式張った表情をするりと解くようにして、ネリーに向かって柔らかく微笑んで見せた。

「雪が降っていただろう。道中、転ばずにこれたのか?」
「騎士様は私をなんだと思っているんですか……! もちろん、転ばずにこれましたよ」

 そんな、雪に気を取られて転倒する、だなんてこと、ネリーにはあり得ない。首を振り、そうしてから胸を張ると、セレストは「確かに、君にはいらない心配だったか」と囁くように続けた。
 ネリーは小さく頷いて、セレストをじっと見つめる。鼻の頭と、指先が僅かに赤くなっているのが見えた。
 騎士服を着用していて、外套も羽織っているからか、一見すると暖かそうだが、もしかしたらそこまで防寒機能はついていないのかもしれない。

 ふわふわと動く尻尾、その毛先に雪が僅かにちらちらと落ちているのが見える。ネリーは少しだけ考えて、そろ、とセレストの尻尾に手を伸ばした。
 そろ、と毛並みに触れて、そのまま表面を濡らす雪の結晶をぱらぱらと払う。セレストが一瞬だけ呆けた顔をして、それから小さく笑った。

「何をするかと思ったら。君は自分のことを気にした方が良い」

 言いながら、セレストの手が伸びて、ネリーの頭に触れる。恐らく雪が積もっていたのだろう、それを軽い仕草で払ってから、すぐに手を下ろした。

「ありがとうございます。そうだ、お礼ついでにちょっと……飲んで貰いたいものがあって」
「飲んで貰いたいもの?」
「美味しいと思うんですけれど、自分でもよく分からなくなってきてしまって」

 言いながらネリーは鞄から瓶を取り出す。長細いビーカーの形をしたそれの中には、透明なとろりとした液体が入っている。
 何度も味見をして、ようやく問題無いと思えるようになった代物である。だが、ネリーにとってはそうでも、他人からしたらまずければ、どうしようもない。ので、出来ればセレストに味見をしてもらいたかったのだ。

「これなんですけど」
「これは?」
「解毒薬です」
「……」

 セレストの顔がにわかに曇る。解毒薬の苦みを知っているからこそ、拒否反応が出たのだろう。だからこそ、セレストに飲んでみて欲しいのだ。

「味、改良をしたんです。自分では飲みやすいと思うんですけれど、騎士様の感想も聞きたいなあって。毎日のように飲んで苦しまれていたので」
「……苦しんでいたのを見ていて、俺に頼むのか?」
「苦しんでいたからこそ、です! 飲みやすい味になっているかどうか、確認してください」

 セレストは僅かに瞬いた後、小さく息を吐いて、瓶の蓋を開けた。中の危険物を感知するように鼻を近づけてから、ゆっくりと中身の液体を飲む。少ししか入れていなかったのもあって、中身は直ぐに無くなってしまった。

 瓶の縁から唇を離したセレストが、ゆっくりと呼吸する。一拍、二拍、頭の中で間を置いてから、「どうでしょう?」とネリーは首を傾げた。セレストは考えるように目線を落とし、そうしてからすぐ口を開く。

「味は……、そうだな、甘みがあって……、前よりは断然こちらの方が飲みやすい。どうやって改良したんだ?」
「ふふ。良かった」

 ネリーは頷いて、セレストから空になった瓶を受け取り、鞄の中にしまい込む。どうやら改良は上手くいったようだ。セレストは喉の辺りを指先で撫でながら、「凄いな、君は」と言葉を続けた。

「魔法薬というものは従来苦いものが多かった。それがこんなに飲みやすくなるなんて。前の時もそうだったが、君は凄いな。これを流通に乗せたら、他の魔法薬なんて飲めなくなる」
「そ、そんなにですか」

 もの凄く褒められている。ネリーは少しばかりの気恥ずかしさを覚えながら、肩をすぼめるようにして笑った。嘘を吐いている時特有の尻尾の動きは、見られない。だからきっと、本気で言ってくれているのだ。
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