40 / 63
9-2.雪に解ける
しおりを挟む「ありがとうございます。良かった。あ、でも、飲みやすくなったからって、魔物の毒に自らかかりにいかないでくださいよ」
「しないよ。――そんなことをしたら、君が泣くんだろう?」
「泣きます。凄く」
ネリーは頷く。セレストは僅かに眦を和らげて、「だから、しない」とだけ続けた。
「子どもを泣かせる趣味は無いし、……君が泣くのは更に見たくない」
セレストは静かに言葉を続けた。声の熱が、白い蒸気になってほわ、と解けるように空中で消えていくのが見える。
横顔を眺めて、ネリーはそろ、とセレストの指先に触れる。赤くなってしまった爪先に、自身の体温を移すように優しく握り絞めると、セレストが首を傾げた。
どうしたんだ、とでも言いたげな表情だ。それに答えずに、ネリーはセレストの手元を優しく撫でるように手を動かす。
昔から、セレストは寒がりだった。そしてそれを隠すのも上手だった。だから、時々こうやって、ロゼがセレストの手を握り、暖を分けてあげた。
今は、ただ、それをなんとなく、またしたくなってしまったのだ。
すり、と指先を撫でていると、「セレスト様」と声がかかる。女性だ。セレストと同い年くらいだろうか。騎士服――とは言わずとも、格調高い衣服を身につけており、セレストと同様に外套を羽織っている。
恐らく仕事仲間なのだろう。腰に佩いた宝剣が見えて、ネリーは頷いた。女性はネリーを見ると、「子どもですか? 迷子でしょうか」と囁くように続ける。
「迷子ではないです、大丈夫です!」
「そうですか?」
ならば何故、セレストの傍に居るのか、と問いたげな瞳だ。疑問も尤もなものだろう。セレストとネリーでは、年齢が倍ほど違う。その上、セレストはロゼの時からそうだったが、人付き合いがそこまで広い方では無い。ネリーとしてセレストに関わりを持つようになってから、セレストの交友関係をなんとなく見ていたが、それはロゼの死後も変わっていないようだった。
「騎士様と私はお友達なんです!」
「お友達……」
疑問に答えるように言葉を続けると、女性は僅かに表情を崩した。それは素敵ですね、と囁いて、そのままセレストへ視線を向ける。
「セレスト様、ご友人とご一緒の所すみません。少し話したいことが」
「わかった。ネリー、すまない。離れても大丈夫か?」
セレストの言葉に、ネリーは頷く。全く問題は無い。仕事の話をする邪魔をするわけにはいかない。ネリーはそっとセレストから手を離す。大丈夫です、と囁いて、そのまま一歩、後ずさるようにしてセレストから距離を置いた。
「騎士様、お気をつけて。風邪引いちゃ駄目ですよ」
「それを言うなら君が、だろう。気をつけて」
少し穏やかな口調で言葉を続け、セレストは女性へ視線を向ける。それを見送ってから、ネリーはセレストの傍から離れた。
セレストに話しかけて来た女性は、見た目からして大変綺麗な女性だった。遠くから見ると、二人の美男美女っぷりが冴え渡る。綺麗だな、とぼんやりと思って、瞬間胸が僅かに痛んだ。
思わぬ痛みに一瞬だけ胸を押さえて、それからネリーは首を傾げる。そうしてから、シェンナの元へ向かった。
広場で遊んでいたシェンナは、ネリーに気付くと嬉しそうに笑った。そうして、ねえねえ、と嬉しそうに頬を赤らめる。
「騎士様達がね、揃って話してるところ、すごく素敵だねって今皆で話していたの」
「騎士様達が?」
「そう。見てみて」
シェンナが言いながら、先ほどまでネリーが居た方を指さす。そこにはセレストと、先ほどの女性の騎士が立っていた。顔を近づけて、内緒話でもするように言葉を交わしている。
確かに、あの状況だけ見ると、子ども達がわあわあと騒いでしまうのも仕方は無いだろう。それほどまでに二人の距離は近く、醸し出す雰囲気も親密なものがあった。
「……本当だ」
ネリーは静かに言葉を続ける。思ったよりも上手く感情が喉に乗らなくて、なんだか温度の無い声音に響いてしまった。
「二人とも、綺麗だね」
「ね。ね。すごいねえ、付き合ってるのかなぁ」
シェンナがにこにこと笑う。ネリーはどうだろう、と首を傾げた。セレストからそういった話は聞いていない。ただ、そもそも、そういった話をする相手として、ネリーは適していないのだと思われている可能性もあるだろう。
今のネリーは、ただの子どもでしかないのだから。
考えて、僅かに息を飲む。子どもになら言えること。子どもには、言えないこと。ネリーはセレストの、子どもにだからこそ言えることを、聞いてきたつもりだ。だが、それ以外のことは、知らない。
(――良いな)
私も。本当だったら。
ぼんやりと考えて、直ぐに、ネリーは何を考えているのだろうと首を振った。本当だったら、の続きの言葉に何を言おうと思って居たのだろうか。どきどきと鼓動が急く。
まるで嫉妬しているみたいだ、と考えてネリーは首を振る。違う。ネリーはセレストの幸せを願っているのに、どうしてそんなことを思う必要があるのだろう。
そもそも、傍に歳の近い女性がいるだけで寂しく思うとか、羨ましく思うとか、あまりにも身勝手な感情だ。普通に生きていれば、同世代の人が傍に居るのは普通だ。それをどうして、嫌だと思ってしまうのだろう。
セレストとネリーの関係性が、普通とは少し違う形をしているだけ。ただ、それだけのことなのに。
気になる人。朝、母親から問われた言葉が、なんだか真に迫ってくる。その時考えたことも、その時思い浮かんだ人のことも、全て振り払うように頭を振り、ネリーはゆっくりと目を開けた。
「お姉ちゃん? どうかした?」
心配げなシェンナの顔が近くにある。ネリーはつとめて笑みを浮かべた。
「大丈夫。ごめんね、シェンナ。びっくりさせちゃって。一緒に遊ぼう!」
「うん。お姉ちゃん、遊ぼう。何しよう? 何する?」
シェンナが笑う。幼さの滲む手を取って、ネリーは歩き出す。
自身の手も、同じくらい幼いことには、気付かないふりをして。
66
あなたにおすすめの小説
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
家出を決行した結果
棗
恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。
デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。
自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。
※なろうさんにも公開しています。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?
ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」
バシッ!!
わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。
目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの?
最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故?
ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない……
前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた……
前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。
転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる