謀殺された悪役令嬢は、前世の護衛騎士の幸せを見届けたい

うづき

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9-2.雪に解ける

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「ありがとうございます。良かった。あ、でも、飲みやすくなったからって、魔物の毒に自らかかりにいかないでくださいよ」
「しないよ。――そんなことをしたら、君が泣くんだろう?」
「泣きます。凄く」

 ネリーは頷く。セレストは僅かに眦を和らげて、「だから、しない」とだけ続けた。

「子どもを泣かせる趣味は無いし、……君が泣くのは更に見たくない」

 セレストは静かに言葉を続けた。声の熱が、白い蒸気になってほわ、と解けるように空中で消えていくのが見える。
 横顔を眺めて、ネリーはそろ、とセレストの指先に触れる。赤くなってしまった爪先に、自身の体温を移すように優しく握り絞めると、セレストが首を傾げた。

 どうしたんだ、とでも言いたげな表情だ。それに答えずに、ネリーはセレストの手元を優しく撫でるように手を動かす。
 昔から、セレストは寒がりだった。そしてそれを隠すのも上手だった。だから、時々こうやって、ロゼがセレストの手を握り、暖を分けてあげた。
 今は、ただ、それをなんとなく、またしたくなってしまったのだ。

 すり、と指先を撫でていると、「セレスト様」と声がかかる。女性だ。セレストと同い年くらいだろうか。騎士服――とは言わずとも、格調高い衣服を身につけており、セレストと同様に外套を羽織っている。
 恐らく仕事仲間なのだろう。腰に佩いた宝剣が見えて、ネリーは頷いた。女性はネリーを見ると、「子どもですか? 迷子でしょうか」と囁くように続ける。

「迷子ではないです、大丈夫です!」
「そうですか?」

 ならば何故、セレストの傍に居るのか、と問いたげな瞳だ。疑問も尤もなものだろう。セレストとネリーでは、年齢が倍ほど違う。その上、セレストはロゼの時からそうだったが、人付き合いがそこまで広い方では無い。ネリーとしてセレストに関わりを持つようになってから、セレストの交友関係をなんとなく見ていたが、それはロゼの死後も変わっていないようだった。

「騎士様と私はお友達なんです!」
「お友達……」

 疑問に答えるように言葉を続けると、女性は僅かに表情を崩した。それは素敵ですね、と囁いて、そのままセレストへ視線を向ける。

「セレスト様、ご友人とご一緒の所すみません。少し話したいことが」
「わかった。ネリー、すまない。離れても大丈夫か?」

 セレストの言葉に、ネリーは頷く。全く問題は無い。仕事の話をする邪魔をするわけにはいかない。ネリーはそっとセレストから手を離す。大丈夫です、と囁いて、そのまま一歩、後ずさるようにしてセレストから距離を置いた。

「騎士様、お気をつけて。風邪引いちゃ駄目ですよ」
「それを言うなら君が、だろう。気をつけて」

 少し穏やかな口調で言葉を続け、セレストは女性へ視線を向ける。それを見送ってから、ネリーはセレストの傍から離れた。
 セレストに話しかけて来た女性は、見た目からして大変綺麗な女性だった。遠くから見ると、二人の美男美女っぷりが冴え渡る。綺麗だな、とぼんやりと思って、瞬間胸が僅かに痛んだ。
 思わぬ痛みに一瞬だけ胸を押さえて、それからネリーは首を傾げる。そうしてから、シェンナの元へ向かった。

 広場で遊んでいたシェンナは、ネリーに気付くと嬉しそうに笑った。そうして、ねえねえ、と嬉しそうに頬を赤らめる。

「騎士様達がね、揃って話してるところ、すごく素敵だねって今皆で話していたの」
「騎士様達が?」
「そう。見てみて」

 シェンナが言いながら、先ほどまでネリーが居た方を指さす。そこにはセレストと、先ほどの女性の騎士が立っていた。顔を近づけて、内緒話でもするように言葉を交わしている。
 確かに、あの状況だけ見ると、子ども達がわあわあと騒いでしまうのも仕方は無いだろう。それほどまでに二人の距離は近く、醸し出す雰囲気も親密なものがあった。

「……本当だ」

 ネリーは静かに言葉を続ける。思ったよりも上手く感情が喉に乗らなくて、なんだか温度の無い声音に響いてしまった。

「二人とも、綺麗だね」
「ね。ね。すごいねえ、付き合ってるのかなぁ」

 シェンナがにこにこと笑う。ネリーはどうだろう、と首を傾げた。セレストからそういった話は聞いていない。ただ、そもそも、そういった話をする相手として、ネリーは適していないのだと思われている可能性もあるだろう。

 今のネリーは、ただの子どもでしかないのだから。

 考えて、僅かに息を飲む。子どもになら言えること。子どもには、言えないこと。ネリーはセレストの、子どもにだからこそ言えることを、聞いてきたつもりだ。だが、それ以外のことは、知らない。

(――良いな)

 私も。本当だったら。
 ぼんやりと考えて、直ぐに、ネリーは何を考えているのだろうと首を振った。本当だったら、の続きの言葉に何を言おうと思って居たのだろうか。どきどきと鼓動が急く。

 まるで嫉妬しているみたいだ、と考えてネリーは首を振る。違う。ネリーはセレストの幸せを願っているのに、どうしてそんなことを思う必要があるのだろう。
 そもそも、傍に歳の近い女性がいるだけで寂しく思うとか、羨ましく思うとか、あまりにも身勝手な感情だ。普通に生きていれば、同世代の人が傍に居るのは普通だ。それをどうして、嫌だと思ってしまうのだろう。
 セレストとネリーの関係性が、普通とは少し違う形をしているだけ。ただ、それだけのことなのに。

 気になる人。朝、母親から問われた言葉が、なんだか真に迫ってくる。その時考えたことも、その時思い浮かんだ人のことも、全て振り払うように頭を振り、ネリーはゆっくりと目を開けた。

「お姉ちゃん? どうかした?」

 心配げなシェンナの顔が近くにある。ネリーはつとめて笑みを浮かべた。

「大丈夫。ごめんね、シェンナ。びっくりさせちゃって。一緒に遊ぼう!」
「うん。お姉ちゃん、遊ぼう。何しよう? 何する?」

 シェンナが笑う。幼さの滲む手を取って、ネリーは歩き出す。
 自身の手も、同じくらい幼いことには、気付かないふりをして。
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