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10-2.陽だまりに咲く
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セレストが首を振る。ルセットが静かにため息を落とし、そうしてから不意に視線を動かした。戸の隙間から内部を眺めているネリーに気付いたのか、一瞬だけ驚いたような表情を浮かべ、それから軽快な足取りで近づいてくる。
逃げる、という選択肢は無かった。見つかった時点で、いや、――盗み聞きしてしまった時点で、ネリーは途中から、いつ顔を出すかのタイミングを見計らっていたのだ。
「やあ、こんにちは。君が話題のネリーちゃん?」
「ネリー?」
セレストが僅かに驚いたような声を上げる。目の前のルセットに気を取られていて、恐らく闖入者の存在に一切気付いていなかったのだろう。ネリーはそっと内部に足を踏み入れた。
「す、すみません。お話されている所だったから、邪魔をしたらいけないと思って……」
「いや、――大丈夫だ。そうかもう、そんな時間になっていたんだな」
セレストはネリーを歓待するように、僅かに眦を和らげた。ルセットが小さく声を上げて、「氷の騎士と呼ばれてるセレストが笑顔を見せるなんて」と言葉を続ける。
氷の騎士。全く聞き覚えのない名称に首を傾げる。ネリーの視線を受けてか、ルセットは「セレストは全然笑わないんだよ」とからかうように続けた。
「返事も必要最低限、はい、いいえ、どちらか。だから、氷。氷の騎士って呼ばれているんだけど、君の前では違うんだね。流石。ねえ、セレスト、君は変わったね。いや、この子の前でだけ、なのかな」
「……殿下……」
「ああ、でも、まだ幼いから、手出しはしたらだめだよ。それこそ大変なことになる」
からからと言葉を続けるルセットに、ネリーは危うく呆けてしまいそうになる。
こんなキャラクターだったっけ。ゲームではもうすこし、おとなしめで、穏やかな性格をしていたように思うが――。
ぼんやりと考えて、まあ、もう今更なのかもしれない、とぼんやりと思う。この世界が少しずつ、ゲームから逸脱してきているのは、ネリーも肌で感じるところだった。
本来なら、主人公である聖女が現れてから、デイラシアは春を迎える――といっても差し支えがないくらい、良い方へ進んでいく。だが実際、今のところその傾向は見られない。
ロゼが死んで十四年経った今ですら、変わりが無いのだ。
「騎士様が私を相手にするとは思えません」
直ぐに答えて、ネリーはじんわりと痛みが胸の内に広がるのを感じる。それに気付かないようにして、そのまま言葉を続けた。
「騎士様にはもっと素敵な方が似合います。そう、例えば、あの……女性の騎士の方とか!」
ぐっと拳を握りしめて言葉を続けると、セレストが一瞬だけ呆けたような顔をした。そうしてから「君まで」と静かに首を振る。
「……こういう話、そういえば、君は好きだったな。出会い頭に番のことを聞いてきたことを思い出した」
「番の話を? セレストに? 凄いね、君。心臓がもしかしてトルチネで出来ているのかな?」
トルチネとはこの世界における鉱物の一種だ。もの凄く硬いことで有名である。つまりルセットは、ネリーの心臓をもの凄く褒めているのだろう。好意的に解釈すれば、という話にはなるが。
ネリーは唇を引きつらせるようにして笑い、それから「ええと、殿下――と呼ばれていましたよね」とルセットに対して軽く会釈の形を取る。
「初めまして。私はネリーと言います。魔法薬士の娘です」
「うん、知っているよ。――王都から少し外れた所に住んでいるんだろう? 先の魔物の討伐に際して、色々と助けてくれたからね。覚えている」
ルセットは静かに頷いた。覚えていてくれているのか、とぼんやりと思いながら、ネリーは瞬く。
基本的に王家というものは全ての民の上にいる存在と思っても良い。国家とは民がいて成り立つものではなく、王家、並びに貴族が存在するからこそ成り立つものだと考えられているため、その中には民を軽視する存在も多い。
だからか、民の行動の一つ一つを覚えている、というのは、王家に属するものとしては少し珍しい気がした。
「救民院がここまで綺麗になったのも、君のおかげなんだろう。セレストを支えてくれてありがとう。これからも頼むよ」
「もちろんです。騎士様が幸せになるまで、私は支えるつもりなので!」
頷いて返すと、ルセットは小さく笑った。そうして、セレストを見て「君、子どもにここまで言われているんだから。幸せにならないと」と言葉を弾ませながら、セレストの肩を叩く。
そうしている内に、ルセットは何かに気付いたように顔を上げると、「そろそろ行くよ」とだけ続ける。こんこん、と靴の先端で床を叩くと、光が伸びるようにしてルセットの傍に扉が出来上がった。
魔法だ。恐らくは、この扉はどこかに繋がっている。ノブに触れ、ルセットが失礼するね、と声をかけて、扉を開く。そうして閉じると同時に、空間に突如として存在していた扉がふ、とかき消えるように無くなった。
「……凄い人、ですね」
「ルセット様はお忙しい方なんだ。王家を正しい方向に戻すために尽力されている」
「王家を正しい方向に……」
もの凄い言葉だ、と思う。ネリーは小さく笑う。ここに王家の関係者が居たら、きっと不敬だと言って罪に問われていたかも知れない。
だが、ここに居るのはネリーと、セレストだけだ。だから、そのように言う人は、どこにも居ない。
ネリーは小さく息を零す。僅かに動揺しそうな気持ちを必死に心の奥に抑え込んだ。
縁談を持ち込まれていた。そしてそれを、断っていた。それを見ただけで、こんなに心が揺れるなんて、自分はどうしてしまったのだろうか。少し前の女性騎士と会話している場面を見た時もそうだが、最近セレストが誰かと――親しくしているのを見ると、どうしても気持ちが落ち着かなくなる。
嫉妬、のようなもの、なのかもしれない。わからない。ただ、それを口にするのも、そういった想いを持つのも、躊躇いのようなものが生じる。まるで、セレストは自分のものなのだと思って居るようだ。
ネリーはそわそわと手の平を組んだり離したりを繰り返す。それを見てか、セレストが「何かあったのか?」と声をかけてきた。
セレストにはどうも、嘘がつけない。ネリーは浅く呼吸を繰り返し、それから「騎士様って、凄く、その、人気なんですね」と囁いた。
セレストは瞬く。そうしてから、「そんなことはない」とだけ首を振った。
ネリーは思わずセレストを見つめる。本気でそう思っているのだろう、セレストは軽く首を傾げると、ネリーを見つめ返してくる。
逃げる、という選択肢は無かった。見つかった時点で、いや、――盗み聞きしてしまった時点で、ネリーは途中から、いつ顔を出すかのタイミングを見計らっていたのだ。
「やあ、こんにちは。君が話題のネリーちゃん?」
「ネリー?」
セレストが僅かに驚いたような声を上げる。目の前のルセットに気を取られていて、恐らく闖入者の存在に一切気付いていなかったのだろう。ネリーはそっと内部に足を踏み入れた。
「す、すみません。お話されている所だったから、邪魔をしたらいけないと思って……」
「いや、――大丈夫だ。そうかもう、そんな時間になっていたんだな」
セレストはネリーを歓待するように、僅かに眦を和らげた。ルセットが小さく声を上げて、「氷の騎士と呼ばれてるセレストが笑顔を見せるなんて」と言葉を続ける。
氷の騎士。全く聞き覚えのない名称に首を傾げる。ネリーの視線を受けてか、ルセットは「セレストは全然笑わないんだよ」とからかうように続けた。
「返事も必要最低限、はい、いいえ、どちらか。だから、氷。氷の騎士って呼ばれているんだけど、君の前では違うんだね。流石。ねえ、セレスト、君は変わったね。いや、この子の前でだけ、なのかな」
「……殿下……」
「ああ、でも、まだ幼いから、手出しはしたらだめだよ。それこそ大変なことになる」
からからと言葉を続けるルセットに、ネリーは危うく呆けてしまいそうになる。
こんなキャラクターだったっけ。ゲームではもうすこし、おとなしめで、穏やかな性格をしていたように思うが――。
ぼんやりと考えて、まあ、もう今更なのかもしれない、とぼんやりと思う。この世界が少しずつ、ゲームから逸脱してきているのは、ネリーも肌で感じるところだった。
本来なら、主人公である聖女が現れてから、デイラシアは春を迎える――といっても差し支えがないくらい、良い方へ進んでいく。だが実際、今のところその傾向は見られない。
ロゼが死んで十四年経った今ですら、変わりが無いのだ。
「騎士様が私を相手にするとは思えません」
直ぐに答えて、ネリーはじんわりと痛みが胸の内に広がるのを感じる。それに気付かないようにして、そのまま言葉を続けた。
「騎士様にはもっと素敵な方が似合います。そう、例えば、あの……女性の騎士の方とか!」
ぐっと拳を握りしめて言葉を続けると、セレストが一瞬だけ呆けたような顔をした。そうしてから「君まで」と静かに首を振る。
「……こういう話、そういえば、君は好きだったな。出会い頭に番のことを聞いてきたことを思い出した」
「番の話を? セレストに? 凄いね、君。心臓がもしかしてトルチネで出来ているのかな?」
トルチネとはこの世界における鉱物の一種だ。もの凄く硬いことで有名である。つまりルセットは、ネリーの心臓をもの凄く褒めているのだろう。好意的に解釈すれば、という話にはなるが。
ネリーは唇を引きつらせるようにして笑い、それから「ええと、殿下――と呼ばれていましたよね」とルセットに対して軽く会釈の形を取る。
「初めまして。私はネリーと言います。魔法薬士の娘です」
「うん、知っているよ。――王都から少し外れた所に住んでいるんだろう? 先の魔物の討伐に際して、色々と助けてくれたからね。覚えている」
ルセットは静かに頷いた。覚えていてくれているのか、とぼんやりと思いながら、ネリーは瞬く。
基本的に王家というものは全ての民の上にいる存在と思っても良い。国家とは民がいて成り立つものではなく、王家、並びに貴族が存在するからこそ成り立つものだと考えられているため、その中には民を軽視する存在も多い。
だからか、民の行動の一つ一つを覚えている、というのは、王家に属するものとしては少し珍しい気がした。
「救民院がここまで綺麗になったのも、君のおかげなんだろう。セレストを支えてくれてありがとう。これからも頼むよ」
「もちろんです。騎士様が幸せになるまで、私は支えるつもりなので!」
頷いて返すと、ルセットは小さく笑った。そうして、セレストを見て「君、子どもにここまで言われているんだから。幸せにならないと」と言葉を弾ませながら、セレストの肩を叩く。
そうしている内に、ルセットは何かに気付いたように顔を上げると、「そろそろ行くよ」とだけ続ける。こんこん、と靴の先端で床を叩くと、光が伸びるようにしてルセットの傍に扉が出来上がった。
魔法だ。恐らくは、この扉はどこかに繋がっている。ノブに触れ、ルセットが失礼するね、と声をかけて、扉を開く。そうして閉じると同時に、空間に突如として存在していた扉がふ、とかき消えるように無くなった。
「……凄い人、ですね」
「ルセット様はお忙しい方なんだ。王家を正しい方向に戻すために尽力されている」
「王家を正しい方向に……」
もの凄い言葉だ、と思う。ネリーは小さく笑う。ここに王家の関係者が居たら、きっと不敬だと言って罪に問われていたかも知れない。
だが、ここに居るのはネリーと、セレストだけだ。だから、そのように言う人は、どこにも居ない。
ネリーは小さく息を零す。僅かに動揺しそうな気持ちを必死に心の奥に抑え込んだ。
縁談を持ち込まれていた。そしてそれを、断っていた。それを見ただけで、こんなに心が揺れるなんて、自分はどうしてしまったのだろうか。少し前の女性騎士と会話している場面を見た時もそうだが、最近セレストが誰かと――親しくしているのを見ると、どうしても気持ちが落ち着かなくなる。
嫉妬、のようなもの、なのかもしれない。わからない。ただ、それを口にするのも、そういった想いを持つのも、躊躇いのようなものが生じる。まるで、セレストは自分のものなのだと思って居るようだ。
ネリーはそわそわと手の平を組んだり離したりを繰り返す。それを見てか、セレストが「何かあったのか?」と声をかけてきた。
セレストにはどうも、嘘がつけない。ネリーは浅く呼吸を繰り返し、それから「騎士様って、凄く、その、人気なんですね」と囁いた。
セレストは瞬く。そうしてから、「そんなことはない」とだけ首を振った。
ネリーは思わずセレストを見つめる。本気でそう思っているのだろう、セレストは軽く首を傾げると、ネリーを見つめ返してくる。
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