謀殺された悪役令嬢は、前世の護衛騎士の幸せを見届けたい

うづき

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12-2.氷はとける

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 ふ、と唇を和らげるようにしてセレストが笑う。それを見ていたらしい一人の騎士が、少しだけ呆けたような顔をするのが見て取れた。
 普段、セレストは表情を一切変えないらしい、と、先日ルセットが言っていたのを聞いたばかりである。ネリーが近づいてきたところで、セレストはスンッ……とした表情のまま対応するものだろうと思われていたのかも知れない。それがまさか、笑顔を見せるとは――なんて、思っているのではないだろうか。

 ただ、ネリーの存在を知っている従騎士達からすると、セレストが表情を和らげるのも普段通りといった風で、全く驚いた様子を見せていない。それどころか、え、え、と驚いている騎士の耳にこっそりと耳打ちするような様子すら見える。

「騎士様は今何をされていたんですか?」
「今は警らの途中で……、今度、フーゲルフェルデン祭があるだろう。それもあって……」

 フーゲルフェルデン祭とは、二年に一度行われる祭りで、デイラシア建国の英雄、フォッグに由来するというものだ。
 現在もデイラシアには魔物が存在するが、フォッグが存命していたころは更に魔物の数が多かった。そのため、英雄フォッグはデイラシアの国土を築き、そしてそこを守るために狩りに出かけては、人々を苦しめる魔物達を倒していった。フーゲルフェルデン祭はフォッグが帰還の際にフーゲルフェルデンというとてつもない大きな魔物の鳥を背負って帰ってきたことに名前が起因している。

 祭は全日程含めて三日あり、その間、王都はいつも以上に彩られる。フォッグが好んでいたという花で街を飾り、フォッグが好きだったという食事を皆で囲む。三日目の最後の日は、ランタンを空に飛ばして、祭は終了する。
 ランタンには、この国が今になるまでの礎となってきた人々、つまりは英霊への感謝を忘れない、という意味が込められている。空に舞い上がる沢山のランタンはとても幻想的で、ネリーはこの祭が好きだった。

 フーゲルフェルデン祭は基本的に家族で過ごすことが多い。なのでネリーも慣習に則り、ずっと母親と共に過ごしてきた。
 ただ、と思う。今年はセレストの暇さえあるなら、共に過ごしたい。そうして、その時に、約束を果たすことが出来たら、とても良い思い出になるのではないだろうか。奇しくも、セレストがくれた石は英雄フォッグの名を冠したものだし、なんて思いながら、ネリーは軽く頷いた。

「フーゲルフェルデン祭はいつも混雑しますもんね。お疲れ様です」
「いや。大丈夫だ。ただ、今年は更に、いつにもまして恐らく――混雑するだろうから」

 ネリーは首を傾げる。常ですら混雑しているのに、今年は更に、というのはきっと理由があるのだろう。
 セレストは僅かに間を置くと、「テールベルト劇団の新作が上演されるから」と続けた。

「テールベルト劇団の……」
「そう。――フォッグの帰還を題目にしたもので……、数日前にチラシが配られていたはずだが、君は見ていなかったんだな」

 ネリーは頷く。ここずっと忙しい日が続いていたこともあり、そういったものを受け取ったり、目を通すこともなかった。
 テールベルト劇団と言えば、王太子であるサルファと繋がって、ロゼの悪役令嬢っぷりを大衆に知らしめるための劇を上演していた所、というイメージばかりが先行する。ただ、ずっと昔は古典作品を上演することが多かったので、今回もその流れを汲んでいるのだろう。

「……知りませんでした。当日、楽しみになってきました!」
「見に来るのか? 潰されないように気をつけてくれ――ああ、いや」

 セレストは首を振る。そうしてから、「テールベルト劇団の上演は三日目だ」と続け、そうしてネリーに眼差しを向けた。柔らかな感情を乗せたそれが、優しくネリーを見つめる。

「俺はその日、昼から休みを貰っている。君さえ良ければ、お供させてくれないか?」
「良いんですか?」
「俺から聞いているんだ。良いも何も――君が良いなら、俺は嬉しい」

 思わず声が少しだけ裏返る。ネリーは頷いて、それから小さく笑った。手を伸ばし、セレストの指先をぎゅうっと握る。

「約束ですよ! 他の女性に誘われたからやっぱり、なんて、絶対に許しませんからね!」
「しないさ。――楽しみにしているよ」

 思わぬ誘いを受けてしまった。嬉しくて少しばかり舞い上がりそうになるのを抑えながら、ネリーはセレストから手を離す。
 警らの途中だと言っていた。これ以上、邪魔をするわけにもいかないだろう。そうして、他の騎士達にも挨拶のように会釈をし、セレストから一歩離れる。

「お仕事、頑張って下さい。本当に、本当に楽しみにしています!」

 念押しするように言葉を続けて、ネリーはセレストに笑顔を向ける。セレストも同じように柔らかな笑みを返してくれたのを見てから、ネリーは踵を返してその場からゆっくりと離れた。
 祭の日が、今から、どうしようもなく楽しみだ。母親に断りを入れて、三日目はセレストと過ごすことを話そう。

 母親は許してくれるだろうか。きっと許してくれるだろう、むしろネリーがはしゃいで迷惑をかけないか、それを心配する様子が今からありありと想像出来る。
 ネリーは弾む心をそっと抑える。少し前に誕生日を迎えた体が、持て余すほどの喜びを抱えながら、家への道を辿った。
 
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