48 / 63
12-2.氷はとける
しおりを挟む
ふ、と唇を和らげるようにしてセレストが笑う。それを見ていたらしい一人の騎士が、少しだけ呆けたような顔をするのが見て取れた。
普段、セレストは表情を一切変えないらしい、と、先日ルセットが言っていたのを聞いたばかりである。ネリーが近づいてきたところで、セレストはスンッ……とした表情のまま対応するものだろうと思われていたのかも知れない。それがまさか、笑顔を見せるとは――なんて、思っているのではないだろうか。
ただ、ネリーの存在を知っている従騎士達からすると、セレストが表情を和らげるのも普段通りといった風で、全く驚いた様子を見せていない。それどころか、え、え、と驚いている騎士の耳にこっそりと耳打ちするような様子すら見える。
「騎士様は今何をされていたんですか?」
「今は警らの途中で……、今度、フーゲルフェルデン祭があるだろう。それもあって……」
フーゲルフェルデン祭とは、二年に一度行われる祭りで、デイラシア建国の英雄、フォッグに由来するというものだ。
現在もデイラシアには魔物が存在するが、フォッグが存命していたころは更に魔物の数が多かった。そのため、英雄フォッグはデイラシアの国土を築き、そしてそこを守るために狩りに出かけては、人々を苦しめる魔物達を倒していった。フーゲルフェルデン祭はフォッグが帰還の際にフーゲルフェルデンというとてつもない大きな魔物の鳥を背負って帰ってきたことに名前が起因している。
祭は全日程含めて三日あり、その間、王都はいつも以上に彩られる。フォッグが好んでいたという花で街を飾り、フォッグが好きだったという食事を皆で囲む。三日目の最後の日は、ランタンを空に飛ばして、祭は終了する。
ランタンには、この国が今になるまでの礎となってきた人々、つまりは英霊への感謝を忘れない、という意味が込められている。空に舞い上がる沢山のランタンはとても幻想的で、ネリーはこの祭が好きだった。
フーゲルフェルデン祭は基本的に家族で過ごすことが多い。なのでネリーも慣習に則り、ずっと母親と共に過ごしてきた。
ただ、と思う。今年はセレストの暇さえあるなら、共に過ごしたい。そうして、その時に、約束を果たすことが出来たら、とても良い思い出になるのではないだろうか。奇しくも、セレストがくれた石は英雄フォッグの名を冠したものだし、なんて思いながら、ネリーは軽く頷いた。
「フーゲルフェルデン祭はいつも混雑しますもんね。お疲れ様です」
「いや。大丈夫だ。ただ、今年は更に、いつにもまして恐らく――混雑するだろうから」
ネリーは首を傾げる。常ですら混雑しているのに、今年は更に、というのはきっと理由があるのだろう。
セレストは僅かに間を置くと、「テールベルト劇団の新作が上演されるから」と続けた。
「テールベルト劇団の……」
「そう。――フォッグの帰還を題目にしたもので……、数日前にチラシが配られていたはずだが、君は見ていなかったんだな」
ネリーは頷く。ここずっと忙しい日が続いていたこともあり、そういったものを受け取ったり、目を通すこともなかった。
テールベルト劇団と言えば、王太子であるサルファと繋がって、ロゼの悪役令嬢っぷりを大衆に知らしめるための劇を上演していた所、というイメージばかりが先行する。ただ、ずっと昔は古典作品を上演することが多かったので、今回もその流れを汲んでいるのだろう。
「……知りませんでした。当日、楽しみになってきました!」
「見に来るのか? 潰されないように気をつけてくれ――ああ、いや」
セレストは首を振る。そうしてから、「テールベルト劇団の上演は三日目だ」と続け、そうしてネリーに眼差しを向けた。柔らかな感情を乗せたそれが、優しくネリーを見つめる。
「俺はその日、昼から休みを貰っている。君さえ良ければ、お供させてくれないか?」
「良いんですか?」
「俺から聞いているんだ。良いも何も――君が良いなら、俺は嬉しい」
思わず声が少しだけ裏返る。ネリーは頷いて、それから小さく笑った。手を伸ばし、セレストの指先をぎゅうっと握る。
「約束ですよ! 他の女性に誘われたからやっぱり、なんて、絶対に許しませんからね!」
「しないさ。――楽しみにしているよ」
思わぬ誘いを受けてしまった。嬉しくて少しばかり舞い上がりそうになるのを抑えながら、ネリーはセレストから手を離す。
警らの途中だと言っていた。これ以上、邪魔をするわけにもいかないだろう。そうして、他の騎士達にも挨拶のように会釈をし、セレストから一歩離れる。
「お仕事、頑張って下さい。本当に、本当に楽しみにしています!」
念押しするように言葉を続けて、ネリーはセレストに笑顔を向ける。セレストも同じように柔らかな笑みを返してくれたのを見てから、ネリーは踵を返してその場からゆっくりと離れた。
祭の日が、今から、どうしようもなく楽しみだ。母親に断りを入れて、三日目はセレストと過ごすことを話そう。
母親は許してくれるだろうか。きっと許してくれるだろう、むしろネリーがはしゃいで迷惑をかけないか、それを心配する様子が今からありありと想像出来る。
ネリーは弾む心をそっと抑える。少し前に誕生日を迎えた体が、持て余すほどの喜びを抱えながら、家への道を辿った。
普段、セレストは表情を一切変えないらしい、と、先日ルセットが言っていたのを聞いたばかりである。ネリーが近づいてきたところで、セレストはスンッ……とした表情のまま対応するものだろうと思われていたのかも知れない。それがまさか、笑顔を見せるとは――なんて、思っているのではないだろうか。
ただ、ネリーの存在を知っている従騎士達からすると、セレストが表情を和らげるのも普段通りといった風で、全く驚いた様子を見せていない。それどころか、え、え、と驚いている騎士の耳にこっそりと耳打ちするような様子すら見える。
「騎士様は今何をされていたんですか?」
「今は警らの途中で……、今度、フーゲルフェルデン祭があるだろう。それもあって……」
フーゲルフェルデン祭とは、二年に一度行われる祭りで、デイラシア建国の英雄、フォッグに由来するというものだ。
現在もデイラシアには魔物が存在するが、フォッグが存命していたころは更に魔物の数が多かった。そのため、英雄フォッグはデイラシアの国土を築き、そしてそこを守るために狩りに出かけては、人々を苦しめる魔物達を倒していった。フーゲルフェルデン祭はフォッグが帰還の際にフーゲルフェルデンというとてつもない大きな魔物の鳥を背負って帰ってきたことに名前が起因している。
祭は全日程含めて三日あり、その間、王都はいつも以上に彩られる。フォッグが好んでいたという花で街を飾り、フォッグが好きだったという食事を皆で囲む。三日目の最後の日は、ランタンを空に飛ばして、祭は終了する。
ランタンには、この国が今になるまでの礎となってきた人々、つまりは英霊への感謝を忘れない、という意味が込められている。空に舞い上がる沢山のランタンはとても幻想的で、ネリーはこの祭が好きだった。
フーゲルフェルデン祭は基本的に家族で過ごすことが多い。なのでネリーも慣習に則り、ずっと母親と共に過ごしてきた。
ただ、と思う。今年はセレストの暇さえあるなら、共に過ごしたい。そうして、その時に、約束を果たすことが出来たら、とても良い思い出になるのではないだろうか。奇しくも、セレストがくれた石は英雄フォッグの名を冠したものだし、なんて思いながら、ネリーは軽く頷いた。
「フーゲルフェルデン祭はいつも混雑しますもんね。お疲れ様です」
「いや。大丈夫だ。ただ、今年は更に、いつにもまして恐らく――混雑するだろうから」
ネリーは首を傾げる。常ですら混雑しているのに、今年は更に、というのはきっと理由があるのだろう。
セレストは僅かに間を置くと、「テールベルト劇団の新作が上演されるから」と続けた。
「テールベルト劇団の……」
「そう。――フォッグの帰還を題目にしたもので……、数日前にチラシが配られていたはずだが、君は見ていなかったんだな」
ネリーは頷く。ここずっと忙しい日が続いていたこともあり、そういったものを受け取ったり、目を通すこともなかった。
テールベルト劇団と言えば、王太子であるサルファと繋がって、ロゼの悪役令嬢っぷりを大衆に知らしめるための劇を上演していた所、というイメージばかりが先行する。ただ、ずっと昔は古典作品を上演することが多かったので、今回もその流れを汲んでいるのだろう。
「……知りませんでした。当日、楽しみになってきました!」
「見に来るのか? 潰されないように気をつけてくれ――ああ、いや」
セレストは首を振る。そうしてから、「テールベルト劇団の上演は三日目だ」と続け、そうしてネリーに眼差しを向けた。柔らかな感情を乗せたそれが、優しくネリーを見つめる。
「俺はその日、昼から休みを貰っている。君さえ良ければ、お供させてくれないか?」
「良いんですか?」
「俺から聞いているんだ。良いも何も――君が良いなら、俺は嬉しい」
思わず声が少しだけ裏返る。ネリーは頷いて、それから小さく笑った。手を伸ばし、セレストの指先をぎゅうっと握る。
「約束ですよ! 他の女性に誘われたからやっぱり、なんて、絶対に許しませんからね!」
「しないさ。――楽しみにしているよ」
思わぬ誘いを受けてしまった。嬉しくて少しばかり舞い上がりそうになるのを抑えながら、ネリーはセレストから手を離す。
警らの途中だと言っていた。これ以上、邪魔をするわけにもいかないだろう。そうして、他の騎士達にも挨拶のように会釈をし、セレストから一歩離れる。
「お仕事、頑張って下さい。本当に、本当に楽しみにしています!」
念押しするように言葉を続けて、ネリーはセレストに笑顔を向ける。セレストも同じように柔らかな笑みを返してくれたのを見てから、ネリーは踵を返してその場からゆっくりと離れた。
祭の日が、今から、どうしようもなく楽しみだ。母親に断りを入れて、三日目はセレストと過ごすことを話そう。
母親は許してくれるだろうか。きっと許してくれるだろう、むしろネリーがはしゃいで迷惑をかけないか、それを心配する様子が今からありありと想像出来る。
ネリーは弾む心をそっと抑える。少し前に誕生日を迎えた体が、持て余すほどの喜びを抱えながら、家への道を辿った。
53
あなたにおすすめの小説
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
家出を決行した結果
棗
恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。
デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。
自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。
※なろうさんにも公開しています。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?
ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」
バシッ!!
わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。
目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの?
最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故?
ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない……
前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた……
前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。
転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?
恐怖侯爵の後妻になったら、「君を愛することはない」と言われまして。
長岡更紗
恋愛
落ちぶれ子爵令嬢の私、レディアが後妻として嫁いだのは──まさかの恐怖侯爵様!
しかも初夜にいきなり「君を愛することはない」なんて言われちゃいましたが?
だけど、あれ? 娘のシャロットは、なんだかすごく懐いてくれるんですけど!
義理の娘と仲良くなった私、侯爵様のこともちょっと気になりはじめて……
もしかして、愛されるチャンスあるかも? なんて思ってたのに。
「前妻は雲隠れした」って噂と、「死んだのよ」って娘の言葉。
しかも使用人たちは全員、口をつぐんでばかり。
ねえ、どうして? 前妻さんに何があったの?
そして、地下から聞こえてくる叫び声は、一体!?
恐怖侯爵の『本当の顔』を知った時。
私の心は、思ってもみなかった方向へ動き出す。
*他サイトにも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる