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12-1.氷はとける
しおりを挟む次の日、ネリーは王宮に出入りしている商店を訪ねることにした。何も持ってはいかないが、勝算というか――今回ばかりは前世の知識をフル活用させていただくつもりだ。
王都には無数の商店が存在する。その中でもひときわ、他の店舗と一線を画す商店が存在した。王宮への出入りが許されており、扱う品も一級品以上のもの。
庶民のために開かれている――というよりは、貴族のための商店、と言う方が正しいだろう。ネリーはその大店の前まで足を運び、そうして三階以上ある建物を仰ぎ見るように眺める。
地位のある人々が買い物に来ることが多いためか、店前にはドアマンが二人常駐している。大店の前で足を止めたネリーを、微笑ましそうに見つめているのがわかった。
この二人は、ネリーがこの商店の大きさに、驚いて足を止めているように見えるのだろう。だからこそ、ネリーは小さく息を吐いて、それからドアマンの方へ足を運んだ。
ロゼであった時ならば、自然に開かれていたドア。それが今は、ネリーには開かれていない。当然だろう。ネリーは明らかに庶民で、この商店で買い物をするのに適していない年齢だ。だからこそ、堂々とする必要がある。
ドアの前で立ち、それからドアマンへ視線を向ける。あくまで優雅に、そして尊大さを讃えた視線だ。貴族としての礼儀所作は、ロゼの時にたたき込まれている。
ネリーは息を零した。そうして「おかしいわね」とドアを見つめる。
「どうして扉が開かないのかしら。――前にお父様と来たときは、開けてくださったのに」
独り言のように言葉を続ける。ドアマンの表情に僅かに緊張が走った。ネリーの所作を見極めるように視線が動く。
服装は完全に庶民のものだ。貴族らしい優雅なドレスや、宝石や宝飾品といったものは身につけていない。だが、お忍びで買い物に来た可能性がある、ということに僅かながら思考に至ったのだろう。
ネリーは視線をドアマンに向けることはせず、じっと待つ。程なくして、一人のドアマンが「大変失礼致しました」という声がけと共に、扉を開いた。
それと同時に、ネリーはドアマンへ視線を向ける。優雅に微笑みを浮かべて、貴族としての礼を軽く取ると、そのまま室内に足を踏み入れた。
内部は豪奢な作りとなっていて、ステンドグラスが各所にはめこまれていた。それらが光の影を室内に落とし、来訪者を楽しませる作りとなっている。
内部には人が休める場所がいくつか存在する。奥の方には個室も存在し、そこでは商談が行われているはずだ。
ちら、と奥の方へ視線を向けてから、ネリーは空いている椅子に腰をかける。少し間を置いて、きっちりとした制服に身を包んだ女性が近づいてきた。
「こんにちは。本日はお日柄も良く、お越し頂き誠にありがとうございます。どのようなご用件かをお聞きしても宜しいでしょうか?」
「――店主に会わせて頂きたいんです」
ネリーは落ち着きを払った声音でそれだけ続ける。真っ直ぐに女性を見つめた。女性は柔らかな表情を崩すこと無く、「――クリスは今、少し出払っておりまして……」と続けた。
無論、断られるのはもちろん理解の上だ。ネリーはそう、と静かに頷いて、それから「伝言を頼めるかしら」と続ける。
「もちろんでございます」
「ステラシアについて、とお伝え下さい。三日後にまた伺います、とも」
女性は瞬く。そうしてから、会釈と共に頷いた。必ずお伝えいたします、と言う言葉に頷いて、ネリーは立ち上がる。
ステラシア――というのは、隠語のようなものである。ネリーがロゼであった頃、王家の損失を補うために品物を売る際、そう口にして約束を取り付けた。大々的に物を売れば、王家の財政に火がついていることが明らかになってしまう。そのために決めた言葉だったのだが、今にして思うと、大々的にしてやればよかった、と思うこともある。
とにかく、ステラシアという言葉の意味を知るのは、この大店の店主であるクリスと、そして死亡したロゼ以外には居ない。それだけで恐らく状況を察してくれるはずだ。
ネリーはゆっくりと貴族らしい会釈をしてから、室内を歩く。優雅な所作は、それだけで、血筋が高貴なものであることを示す。
鎮座していたドアマンに扉を開けられ、外に出る。人々の目が届かない場所まで歩いてから、ようやくネリーは一息吐いた。
ぐうっと伸びをする。貴族らしい所作は、慣れているが、やはり少し疲れる。体を伸ばしていると、不意に視界の隅に警らしているらしい騎士達の姿が見えた。その中には、セレストも居る。
「騎士様!」
声をかけると、セレストは直ぐにネリーに気付いた。そうして、穏やかな表情を浮かべて「ネリー」と名前を呼ぶ。
セレストがネリーに対して、ロゼの死について吐露してから、少し経つ。
最初の内、セレストは恥ずかしそうにしていた。恐らく子どもにみっともない姿を見せてしまった、と思って居るのだろう。だが、ネリーが変わらずに接し続けていることで、少しずつ緊張しきりの態度が柔らかなものに変わってきたように思う。
あの日の約束――つまりは、セレストの渡した石が毒物ではないこと、そしてセレストはロゼに愛されていたということを、必ず証明するという約束を、きっと、セレストは本気にしていない。もしかしたら、ネリーがセレストをただ慰めてくれただけだと思っているかも知れない。
今からセレストが、ネリーが用意した様々なものを見て、事実を知る時のことが少しだけ楽しみだ。……なんて思うのは、ちょっと不謹慎かもしれないが。
でも、きっと、喜んでくれるだろう。そして幸せになってくれるはずだ。ネリーはふわふわとした感情をそのままに、頬をにやけさせる。セレストが微かに首を傾げた。露草色の瞳を一度、二度と瞬かせて、「今日は楽しそうだな」と、静かに告げる。
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