謀殺された悪役令嬢は、前世の護衛騎士の幸せを見届けたい

うづき

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16-1.前世

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 ネリーは目の前の書類をじっと見つめ、そうしてから小さく息を吐く。ぐっと瞼に力を入れて目を瞑り、そうしてからまた開いて文字を眺めるが、書いてある文言は変わりがない。

「ネリー。どうしたの。難しい顔」
「お母さん……」

 朝の支度をしていた母親が、ネリーの目の前にお皿を置く。木製のそれには、ネリーの好きなパンが一つ、それと野菜やフルーツが彩るように置かれている。昨日、書類が届いてからずっと難しい顔をしているネリーを見て、恐らくネリーの好きなものを用意してくれたのだろう。母親の優しさと寛大さがじん、と心に滲むような気がする。

 ネリーは小さく瞬いた後、もう一度書類へ目を通した。記載されているのは、何度見ても変わらない、『魔法薬の流通数についてのお願い』だ。
 ネリーはつい数ヶ月前、セレストのために色々な商人との伝手を得た。その際、ネリーが作成する魔法薬を優先的に卸すという契約を交わしたのだが、どうやらネリーが作る魔法薬はまあまあの人気を誇っているらしく、需要に供給が追いついていない状況らしい。

 それもあって、更に数を多く卸して欲しい――という書類が、頼った商人数人から届いており、ネリーは頭を悩ませているのである。

「魔法薬の卸す数をもう少し多くして欲しいって連絡が来ていて」
「凄いじゃない。ネリーの魔法薬は他にはないものだもの。皆欲しがるわ!」

 母親は嬉しそうに言葉を続ける。ネリーも、一人くらいに卸す量を頼まれたら、もちろん頷いていただろう。だが、そうではないのだ。作る量が多くなれば、その分作業の量も多くなる。納品日のことを考えると、今日から夜通し作り続けなければ、恐らく間に合わない。

 ただ、――流石に、色々と世話になった人々である。出来ない、やらない、と返信することは簡単だが、そうすると今後の関係性にヒビが生じてくるだろう。今回は出来る限り作って送り、それと一緒に今度からはもう少し納品に余裕を持たせて欲しい、とお願いをすることにしよう――と考えながら、ネリーは頷く。

 沢山お金を稼ぐことは悪いことではない。ネリーはずっと、魔法薬士の母親を頼って生きてきたのだから、ネリーが稼げば、多少なり母親の仕事も楽になるはずだ。といっても、母親は今のところ何も受け取ってくれないので、何かしら贈り物を考える必要があるのかもしれないが。

 ぼんやりと考えつつ、ネリーは目の前のパンに手を伸ばす。柔らかなそれを千切って口に含むと、焼きたてのパンの匂いが、ふんわりと口の中に広がった。


 魔法薬を午前中にできるだけ作り、その足で救民院に向かう。いつもより少し遅めについてしまった。慌てて扉を開くと、室内に居た人物が、すぐにネリーのことを見る。そうして、ほっとしたような顔を浮かべた。

「ロゼ様。良かった。今日はお会い出来ないのかと思いました」

 甘い声で言葉を囁いて、セレストはネリーの元に走り寄ってくる。そうして尻尾をはたはたと振りながら、ネリーの体を抱き上げるようにして持ち上げた。顔が近づいてきて、すり、と頬ずりをされる。嬉しそうにロゼ様、ロゼ様、と静かに言葉を続けた後、セレストはすん、と鼻を鳴らした。そうして「魔法薬を作られていたのですか?」と首を傾げる。

「うん。そうだよ。よく分かったね」
「匂いがしました。ロゼ様の体から、薬草の匂いが……」

 流石、獣人と言うべきなのだろう。ネリーの行動が全て詳らかにされてしまう気すらする。ネリーは少しばかり苦笑を零しながら「そう、魔法薬を作ってきたの」と続ける。

「今日はこの後も頑張って作るつもり」
「……大丈夫なのですか? その、……大変なのでは」
「うん、本当に大変で。疲れちゃった。だからね、――セレスト、お願いがあるの」
「俺で良ければ。なんでもおっしゃってください」

 甘やかすような声に、ネリーは小さく頷く。セレストは前世から、ロゼに甘かった。生まれ変わっても尚、ネリーのお願いにはやはり甘いらしい。変わらない様子に少しだけ笑いながら、ネリーはそっとセレストの頭を撫でた。そのまま、やわやわと耳に触れる。薄い皮膚は、柔らかな銀の毛並みに覆われていて、人の耳とは触った感じが全く違う。もふふわのそこに触れた後、ネリーは頬を緩ませた。

「耳と尻尾を触らせて欲しいの」
「――それは、もちろん、俺で良ければ」

 言いながら、セレストはふわ、と尻尾をネリーの方に向けてくる。柔らかなそのもふもふを指先で堪能すると、疲れという疲れがじんわりと抜け出ていくような気がした。
 やはりセレストの毛並みは最高だ。なんだか前に触ったときよりも指通りが良いように感じられるのは、多分気のせいではないだろう。

「癒やされる……」
「……ロゼ様は俺の尻尾や耳に触れるのが、本当にお好きですね」
「大好きよ。大好き!」

 頷いて返すと、セレストは少しばかり困ったような表情を浮かべた。頬を赤くして、それから嬉しそうに笑う。ロゼがよく知る、少しだけ気の抜けるような、そんな柔らかい笑い方だ。
 ネリーがロゼである、ということをセレストが知ってから、少しずつ、セレストは柔らかい笑い方をするようになった。ネリーにだけ見せるそれは、まるで恋人にでも向けるような、気の置けない笑い方だ。

 それを見ると、ネリーは少しだけ、ロゼであることがバレて良かった、と思う。ネリーと過ごす時間が、少しでもセレストの気持ちを楽にしているなら、これ以上に嬉しいことはない。
 ふ、と息を零すように笑って、ネリーはセレストの首元に手を伸ばす。優しく抱きしめると、少しだけ早い鼓動の音が響いてくる。

 その音が心地良くて、ネリーはそっと目を細める。お互いの心音を聞くような、そんな静かな時間をおいてから、セレストが「そういえば」と言葉を続けた。

「ロゼ様は、そろそろ……十六、になられるんですよね」
「そうね」

 頷いて、そう言えば少し前に、ルセットが十六になると獣人は番が分かるようになる、と言っていた。あれは相手の年齢を指すのか、それとも獣人の年齢を指すのか、いまいち少し分かりづらい説明だった。だが、思うに、あれは相手の年齢を指すものなのだろう。
 つまり、ネリーが十六になれば、セレストはネリーが『運命の番』かどうかを、理解出来るようになる、ということである。

「その日も、俺に、会いに来てくださいますか?」
「もちろん。ただ、その、……私が、セレストの運命の番じゃない可能性もあるんじゃ……」
「いいえ。――いいえ。俺の運命の番は、ロゼ様です」

 セレストは首を振る。そうしてから、そっとネリーの肩口に額を押し当てた。僅かな間を置いて、「ロゼ様は、俺の運命の番、でした」と言葉を続けた。
 ――前世のことを言っているのだろう。セレストは言葉をふるいにかけて選び取るように、静かに続ける。

「ロゼ様が、十六になられた日に、俺はロゼ様が自分の運命の番だと、わかりました」
「……」

 ネリーは小さく息を詰める。セレストが静かに言葉を続けた。

「……ロゼ様を連れて、逃げ出せたら良かったのに、と、今でも思います。ロゼ様が――あの王太子に、手ひどく……されて、次の日熱を出したり、苦しんでいる所を見る度に、どうしようもない殺意が、俺の中でずっと燻っていました」
「セレスト」
「俺なら。俺なら、こんな風に手ひどく触れたりはしない。ロゼ様を苦しめたりはしないのに、と、ずっと、……ずっと」

 ぎゅう、と抱きしめる手に力がこもる。事実、ネリーは王太子との閨で、手ひどい扱いを受けることがあった。あまり思い出したくない記憶だ。ひどく抱かれた後に熱を出した時、セレストが懸命にロゼの介護をしながら、涙を零していたのを覚えている。
 ロゼ様。ロゼ様。縋るような声で名前を呼ばれた。だから、大丈夫だ、と返すようにセレストの頭を撫でた。セレストは涙で目を潤ませながら、ロゼの手をぎゅうっと握り絞めて、ロゼの熱が戻るまで、ずっと傍に居てくれた。

 セレストの運命の番が、ロゼだったなんて、知るよしもなかった。ネリーは優しい手つきで、セレストの頭を撫でる。そうしていると、セレストが静かに喉を鳴らして笑った。額を肩口にくっつけていたのを離して、そうしてからゆっくりとネリーと視線を合わせる。

 今にも愛を告白しそうな、いや、――もう、むしろ、視線だけで、愛していることを示すような。そんな視線だ。少しだけ気恥ずかしいが、ここで逸らすことも出来ず、肩をすぼませるようにしてネリーは笑う。

「俺の運命の人。ロゼ様。俺はずっと、貴方のことだけを考えて、生きてきました。そして、これから先も、貴方のことだけを考えて、生きていきます」
「……もう。恥ずかしいよ、セレスト」

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