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しおりを挟む「久しぶりに顔を見せたと思ったら。その首の痕は戴冠式までに消すのは無理でしょうね」
溜息を吐きながらエディットは言うが、顔にはレナータを慈しむ愛が溢れていた。
(お義母様は、どんな私でもいつも受け入れて下さる……それなのに……酷いことを言ってしまった)
「謝罪は結構よ。母と娘は喧嘩するものなんですの。よろしくて?」
「……ありがとう、ございます……お義母様」
「ただし! もう泣くのは禁止します。美しい顔が台無し。あなた、普段はいっぱしの貴婦人を気取ってるくせに、わたくしの前だとあまっちょろくなるわね、困ったわ。ほんっとに手のかかる娘だこと……あなたたち、何を笑ってるんです?」
エディットが侍女やメイドを睨みつけても、彼女たちはどこ吹く風だ。
肝が据わっている使用人たちに囲まれているマリーは、長い年月の間にすっかりカヌレ伯爵家の侍女らしくなっていた。
マリーはもう、ただ従順なだけの侍女ではない。
レナータがいくら命じたとて、本物の毒や離婚届など用意してくれるはずもない。
すぐにラッセルに知らせ、対応を相談したのだろう。
そして、世間知らずだったレナータが、究極の箱入り妻になったところで、自力でそんなものを用意する根性などない。
それに、冷静に考えればラッセルの目の前で毒を飲むのは無理な話だった。
彼が本気を出せば、レナータが座っている場所まで一秒でたどり着く。
毒を取り上げられて終わりだ。
そんなことにも気付けないほど、レナータは追い詰められていた。
「お針子を明日の朝、すぐに呼んでちょうだい。ドレスの首元を覆うレースを足さないと……うちのバカ息子たち、女のドレスを何だと思ってるのかしらね」
ぷりぷり怒りだしたエディットに、レナータは首を傾げた。
「レイモンドどころかロジェまで見えるところに痕をつけたのよ!? 信じられる!? もうすぐ大事な式があるっていうのに!! わざとなの!? わざとなのね!? 嫁の肌を見せたくないっていう独占欲ね!?」
「レイモンド様はわかりますが、ロジェ様……??」
「そうよ!! 嫌な予感がして、クリスティーヌの様子を見に行ったらココに!!」
エディットは自分の鎖骨の下あたりを指差して目を吊り上げた。
「あの子、宰相のくせに何をやっているのよ!!」
それは大変だ。一大事だろう。
何がといえば、おそらくはレイモンドが。
彼はいい意味でも悪い意味でも楽しいことが好きだから、放っておくはずがない。
ロジェをからかい倒すだろう。
ラッセルは眉を吊り上げて「よかったな」と、ちっともよくなさそうな顔で言うのだ。
ロジェが結婚したときも、本当はすごく祝福していたのに。
きっと、そのときと同じ顔をするだろう。
その顔を想像して、レナータは頬を緩めた。
「ルーカスは画家の元に預けることにしました」
「ヘルッコのところね。腕は確かだけど、癖が強いわよ。貴族のくせに平民街に住んでるぐらいだもの」
「はい。身支度すら自分でできないルーカスには、厳しい毎日になると思います。事情は伝えてあるとはいえ、弟子入りを罰とするなんて、師匠には大変失礼なことですし、本来であれば間違いなのですが。逃げ出すぐらいの重いものでは逃げて終わりになってしまいます。どうかそこから、やり直させていただけませんか?」
「ええ。あなたたちが決めたことに異論はないわ。ルーカス本人からもきちんとした謝罪を受けました。昨日は一緒にクリスの元を訪ねて、ルーカスは彼女にも正式な謝罪をし、許しを得ました。そのことで旦那様もひとまずは納得していらっしゃいます」
「そうでしたか……それでルーカスは今朝、あのような表情をしていたのですね……よかった……本当にありがとうございます」
レナータは深々と頭を下げた。
今朝、久しぶりに顔を見せたルーカスは、解き放たれたように明るくなっていた。
寛大な心で許してくれたクリスティーヌには頭が下がる。
(私があの子にできることはもうない……)
少し寂しいような嬉しいような、不思議な気持ちになった。
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