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サファスレート王国の婚約事情(1)
レオンハルト(2)
しおりを挟むアルフレッドの誕生会当日。
打ち合わせを兼ねてレオンハルトの私室でヴァレンティーナと昼食を共にした。一応、ジークハルトとは会わないよう配慮したが、ジークハルトは全てわかっているのであまり意味はない。
食事が下げられた後、人払いをした。
誕生会の前に、きちんとプロポーズしておきたい。
レオンハルトはヴァレンティーナの手を取り、片膝をついて見上げた。
ジークハルトも綺麗だが、ヴァレンティーナも瞬く金髪に碧の瞳でとても美しい。二人並ぶと金の双子の天使のようだった。
「ヴァレンティーナ嬢、ジークの行動は決して、貴女をないがしろにしたいが為のものではなく、この歳になっても身を固めず、立太子もままらなぬ私を思ってのこと——貴女とジークを救えなかった不甲斐ない私を、どうか許して欲しい。まだ気持ちの整理もつかず、私との婚約に戸惑うだろう。急がなくていいので、少しずつ私を知ってもらえないだろうか」
「レオンハルト殿下……」
「レオンでいい」
「……レオン様……」
「うん」
「わたくしは、ジークハルト殿下にも、レオン様にも、そのようにお心を砕いて頂けるような者ではありません」
「どういう意味かな?」
優し気に見えるであろう表情で聞いてみる。
「わたくしは……レオン様と婚約できるとお聞きして……喜んでしまったのです」
罪を告白する人の顔になったヴァレンティーナが、目を瞬いてる。泣くのを我慢しているらしい。
続きを話すよう、手の甲をそっと撫でた。
「子供の頃から王太子妃になれと、なれぬお前に価値などないとお父様に教えられてきました。なぜレオン様を……ゆ……誘惑できないのだと……役立たずと言われ、頬を叩かれておりました……これからは……そのような目にあわずに済むのかと喜び、安心してしまったのです」
あぁ————やはり私は凡人だ。
デジュネレス公爵のやりそうなことではないか。
ジークハルトとの婚約を継続させることばかりに目が向き、そこまで気付くことができなかった。
「わたくしは、ジークハルト殿下がわざとマリア様と親しくされ、レオン様と婚約できるようにして下さっているのを知りながら、そのお心に甘えたのです。周りのご令嬢を巻き込み、醜くも傷ついたフリをし、婚約者に浮気される可哀そうな令嬢を装いました。レオン様の婚約者となれば、人々はわたくしを称えるでしょう。けれども、こんなにも醜いわたくしなど未来の王妃に相応しくありません。どうかわたくしを国外追放か修道院送りにして下さいませ」
ポロポロと涙を流し始めたヴァレンティーナの手を取り、ソファーへエスコートした。
隣に座り、もう一度手を取って少し強めに握った。
「貴女の気持ちはわかった。けれど国外追放や修道院送りなど、そんな娯楽小説のような終わりは受け入れられない」
「ですが!」
「貴女を追い込んだのはこの国と王家の下らぬ風習のせいだ。ジークに甘えたと言うが、女性の地位が低いこの国で、それ以上なにができる? 私は、できぬと断言できる。責を問われるならそれは私だ、ヴァレンティーナ嬢」
頬を伝うヴァレンティーナの涙を手でそっと拭った。
小刻みに震える肩は小さく頼りない。その小さな肩に、どれほどの重圧がかかっていることか。
「私は留学中、この国がどれほど遅れているか思い知らされた。デオギニアでは当時から貴族社会など名ばかりで、皇族さえ自由恋愛をしていた。十六歳の私はとても驚いたが、二年も経てばすっかりデオギニアに馴染んでいた」
ヴァレンティーナの瞳が探るような色を見せた。
「私は婚約者がいる身にもかかわらず、皇女と恋に落ちた……」
ヴァレンティーナが息をのんだ。
「相手が皇族だったのもあり、婚約を解消して新たに皇女と婚約を結べるのではないかと方々手を尽くした。私の婚約者は若く、とても綺麗な令嬢だったので、婚約を解消しても引く手数多だと思っていたのだ。今はそれがどれだけ酷い仕打ちかわかるが、当時の私は知らなかったのだ。無知とは罪だ」
私は目を伏せた。
言葉にすれば自分がどれほど愚かで残酷だったかわかる。
王子としての自分は理解できても、令嬢の置かれている立場を知る機会がなかった。留学前は、ただひたすら剣と勉強に明け暮れていたから。
「令嬢は侯爵家だったが、令嬢の母親は辺境と隣接しているジテニラ王国の末姫だった。本来なら人質として王族に嫁ぐところだが、当時どういう訳か侯爵が娶った。結局は幾度となく小競り合いを繰り返していたのだから人質などというものに意味があったのかは不明だが、それでも侯爵家をないがしろにはできないと判断され、婚約は継続された」
ブレイデンの考察は、ほぼ正しかった。けれども、ひとつだけ間違っていた。
私は、婚約者探しに奔走していたのではない。
奔走しているフリをしただけだ。
その間に法律を変え、結婚しないまま立太子し、ジークハルトの子供を養子にする予定だった。
「私が二十歳になった時、私と皇女は別れることになった。デオギニアとしてもサファスレートとは揉めたくない、私も婚約を解消できない。手詰まりだった。そうして帰国してみれば、令嬢は病に臥せっていた。幾度となく訪問したが、門前払いだった。当然だな、こんな不誠実な男など。私はこの時はじめて、彼女を苦しめていたことに気付いた。遅いだろう? 初めての恋に夢中で、若い婚約者がどんな気持ちで私の帰国を待っていたか、想像できていなかった——そうしているうちに彼女は体を弱らせ流行り病にかかり、二度と会えなくなってしまった」
こんな最低な私など、二度と立ち上がれないぐらいの悪評が流れればいいと思った。
それなのに、医療改革が間に合わず婚約者を無くした気の毒な王子という話にすり替わっていた。
責められないことが私の罪だと思った。
結婚など望んではいけない。
誰かを幸せにすることなどできない。
この国の遅れを取り戻すことだけを自分の生きる糧にして過ごしてきた。
レオンハルトはヴァレンティーナに頭を下げた。
「医療改革の王子などと言われているが、その中身は不貞を働いた上に婚約者を死なせた人殺しだ。貴女の葛藤など、私の罪に比べたら些細なこと…………むしろこのような私に嫁ぐなど、貴女には苦しみしかないと思う。それでもどうか——身を挺して貴女を護ろうとしたジークのためにも、私の妃になってもらえないだろうか」
「レオン様」
「……………………」
「どうかお顔をお上げ下さい」
ゆっくり顔を上げると、ヴァレンティーナがハンカチで涙を拭ってくれた。
私に涙など、流す権利もないというのに。
「不束者ですが、どうぞ宜しくお願い致します」
ヴァレンティーナはそう言うと、綺麗なお辞儀をした。
それは優雅で、とても洗練されていた。
ジーク、
君が護りたかったお姫様は、
私が生涯をかけて大切に護るから、
不甲斐ない兄を、どうか許して欲しい。
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