【完結】伯爵令嬢は悪役令嬢を応援したい!~サファスレート王国の婚約事情~

佐倉えび

文字の大きさ
34 / 68
デオギニア帝国からの留学

ララ(1)

しおりを挟む



 サファスレートに到着した。デオギニアより寒く、腕が出ているドレスだったことを後悔した。こんなにも気温が違うなんて想像していなかった。

 羽織る物が欲しかったけれど、ララにはメイドがいない。専属のメイドが付いて来てるのはミユだけだ。こんなところにも、日頃の行いが出てしまうのだろう。震える体を抱きしめて、早く室内に入りたいと馬車の窓から、遠くに見え始めた王城を眺めていた。

 デオギニアの皇女が到着したのだから、派手な出迎えがあると思っていたのに、到着したのは普通の貴族の邸宅で、派手な出迎えはなかった。

 途中から婚約者のコーディーと乗っていた馬車に、不貞腐れたルイが乗って来て、コーディーは、ルイの婚約者のテッドの馬車に乗った。
 てっきり、ララとルイは皇族だから二人とは別行動になり、二人だけ王城に向かっているのだと思っていたのだが。

 コーディーたちを乗せた馬車はかなり前に道をそれて行った。

 ジークハルトとヒース、ミユ、ナターシャの四人を乗せた馬車も、途中から別の方向へ離れて行った。仲のいい四人の姿を終始見せつけられてはたまらないので、これには少しほっとした。

 ジークハルトとミユは同じ大学に通い、毎日一緒にご飯を食べている。それを邪魔しに行こうと言ってルイに大学まで行かされるのだが、その度にイチャイチャと戯れる姿を見せつけられてしまい、精神的に限界だった。

 ジークハルトもミユもお互い無自覚だけど、どう見ても恋人同士にしか見えない。そのミユにブービーと言い続けなければならない自分が酷くみじめになる。

 そんな時、シンに留学の話を聞き、思わず二つ返事で了承してしまったのだが……結局ミユたちもサファスレートに来ることになっていた。
 
 邸宅から出てきたキツい顔立ちのライドン伯爵夫人は、ララとルイを見るなり眉を寄せて溜息を吐いた。

「わたくしを誰だと思っていて?」

 よせばいいのに、ルイが声を荒げて夫人を睨みながら言った。

 デオギニアでは見た目からララのほうが直情的だと思われているけれど、本質ではルイのほうが感情的で我がままだ。
 デオギニアではララがルイの代わりに暴言を吐いているから目立たないだけ。たとえ本質を知られたとしても、彼女は美人だから、何をしても男性に許されてしまうけど。

 美人は得だと常々思う。

「まずは挨拶からご指導いたします。ルイ皇女殿下」

 威圧的な声は厳しい教師そのものだと思う。ルイと令嬢ごっこをしていたら、本物の令嬢になれるよう教師を手配したとシンに言われて会った、あの教師にそっくりだ。もちろん本物の厳しい教育に耐えられるはずもなく、一日で逃げ出したが。

 留学先がここだということは、あの教育が再び待っているのだろう。
 名乗ってもいないのに、ララとルイの見分けがついているという時点で警戒しなければいけないのに。
 ちらりとルイをうかがってみると、怒りで顔を真っ赤に染めていた。

「そのような粗末なドレスはサファスレートではドレスとは呼びません。そして、美しい挨拶は姿勢からですよ」
「なんっなの、このおばさん! ねぇ、そこのあんた、なぜ皇女のわたくしが王宮じゃなくて、こんな古びた屋敷に滞在しなきゃいけないのよ!!」

 問われた従僕は、御者と帰り支度を始めていた手を止め、頭を下げた。余談だが、この従僕も御者もみんなイケメンだ。デオギニアではイケてると思われるコーディーよりも、はるかに。

「恐れながら申し上げます。レオンハルト殿下より、シン皇太子殿下からの要望だとお聞きしております」
「ハァ? わたくしは皇女よ!?」

 従僕はニッコリ笑うと、それには答えず深くお辞儀をしたあと御者と共に去って行った。

「ルイ皇女殿下」
「なによ」
「わたくし、などという一人称をお使いになられるのでしたら、そのような下品な言葉遣いは改めなくてはなりません」
「わたくしのどこが下品なのよ」

 憤慨するルイに、夫人は綺麗に笑った。

「全て、と申し上げておきましょう」
「あんたね、なんの権利があってそんな」
「先ほど従僕が申し上げた通りでございます。レオンハルト殿下より教育係を任命されております」
「あんたが教育係!? 嘘でしょ、ただのおばさんじゃない。もっと若い人を寄越しなさいよ。古びた教育なんていらないのよ」

 ルイはいつもの令嬢ごっこのような言葉遣いすら出せないほど憤っている。途中で婚約者のテッドと離されてから機嫌が悪い。馬車でイチャイチャしてたのを邪魔されたと思っているらしい。
 二人とも節操がないのだ。ところかまわずイチャつくので、シンの秘書に何度も目撃され、注意されている。ルイはシンの目の届かないサファスレートで好き放題できると思っていたのだろう。隙あらば最後までと思っているのがありありと伝わってくる。
 
 溜息が出るのをなんとか堪えた。
 奥手なララには理解できない。
 
 小さいころから美人だったルイに、ララはいつも損な役割を押し付けられてきた。ルイより醜く、ルイより馬鹿な存在として。
 本当は小心者のララの性格を、人を服従させることの好きなルイに見抜かれ、下僕にされた。

 本当はミユのことだってブービーなんて呼びたくなかった。
 ルイに強く出れず、ミユに言い続けたのだから、それはララの罪だけれど。

 夫人と話すルイが、ララを応戦しろと睨んでくる。絶対に嫌だ。今は二人きりじゃないから、知らぬふりをしていればやり過ごせるかもしれない。

「王妃候補様の教育係を務めさせていただいた経験から選ばれたようです。ご不満ですか?」
「王妃候補って、ジークハルトの元カノでしょ?」
「元カノ……」
「そんな言葉も知らないの? サファスレートってほんっと遅れてるわね」

 勝ち誇ったようにルイが顎を上げたが、夫人は器用に片眉を上げていた。

「こんな陰気臭いおばさんと一緒なんて絶対に嫌!!」
「左様でございますか」

 ルイの言葉に夫人は頷いて、パンパンと手を叩いて邸内から使用人を呼び寄せた。

「第四皇女ルイ殿下を王宮へご案内して」
「かしこまりました」

「わかればいいのよ」

 得意げに笑うルイに、ララは身体を震わせた。シンが、なにも手を打っていないはずがない。

 ララとルイが授業をサボる度に、それ以上にキツい授業が待っていた幼少期を思い出した。わずか六歳のころで、シンは十五歳だった。あのころはまだ、ララもルイも見放されていなかったのだと、今になるとよくわかる。

「第三皇女ララ殿下」
「は……い」
「我が家で淑女教育をされますか?」
「……お願いします」
「よろしくお願いいたしますと答えていれば及第点でしたね」
「申し訳ありません。よろしくお願いいたします」
「承りました。どうぞ、お入りください」

 素直に謝ったララに、小さく頷いた夫人は背筋を伸ばして歩き始めた。きつく結い上げた夫人の髪を眺めながら邸内に入る。

 結っていてもわかる、夫人の艶やかな黒髪が羨ましい。どんなに手入れをしても、ララの髪は錆色だ。綺麗な赤にはならないし、いっそ茶色に振り切ったほうが綺麗だろう。

 ミユのメイドのナターシャは、ふわふわの艶々の茶髪で、顔立ちも可愛いのでモテる。

 ミユはそれ以上に。

 愛嬌があって、分け隔てがなくて、性格がいい。
 ララとルイの素行の悪さが、ミユの評判をぐんぐん上げた。

 ルイは皇女の中でも一番美しかった第二皇女のマイに似ていると自負しているせいで、ミユの可愛さや美しさを否定して、自分が上だと示さないと気がすまないらしい。

 ルイは色こそ第二皇妃のメイと同じだけれど、顔は父である皇帝似なのだ。第二皇妃似のマイには似ていない。

 しかし、父も、父そっくりのシンも綺麗な顔をしているのだから、ララにしたら羨ましいのだけれど。

 ララの母である皇妃のラファは大らかでふっくらした良い人だ。好い人にはなりそうもない顔立ちだし、どうして皇妃になれたのだろうと思うのだけれど、父は母をとても愛しているらしい。

 父がいくら母を愛していようとも、母似のララは、もっと美人に生まれたかったと思ってしまうのだ。ルイに容姿を馬鹿にされるたび、コンプレックスは膨れ上がってしまった。

 背後でルイが叫んでいたけれど無視した。デオギニアに帰ってから意地悪されるだろうけれど、頼れる人のいないサファスレートでつらい思いをするよりはずっといい。

 邸内に入ると薄いドレス……というより、ただのよれたワンピースを脱がされ、生地の厚いドレスに着替えさせられた。見ただけでサイズがわかるらしい美人の侍女のマリィが、体に合うドレスを選んでくれた。ドレスの中には、あたたかい素材のドロワーズも履かせてくれた。

「女性は体を冷やしてはいけませんと、奥様からの伝言にございます」
「寒かったから、嬉しい……」

 思わず零した言葉にマリィが頷いて、肩にウールのストールを掛けてくれた。なぜか心までポカポカしてきた。

 ルイと共に王宮になんて行かなくてよかった。

「ララ殿下。お困りのことがございましたら、このマリィになんなりとお申し付けくださいませ」
「あ……ありがとう」

 シンが見たら、こんなことで泣くララに驚いたことだろう。思ったより寒さが身に染みて、心細かったらしい。
 
 ポロポロ涙を流すララに、マリィは黙って紅茶を淹れてくれた。

 この国の人は、口ではなく態度で優しさを示してくれるのかもしれない――そう思った。
 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

傾国の王女は孤独な第一王子を溺愛したい

あねもね
恋愛
傾国の王女と評判のオルディアレス王国の第一王女フィオリーナが、ラキメニア王国の第一王子、クロードに嫁ぐことになった。 しかし初夜にクロードから愛も華やかな結婚生活も期待しないでくれと言われる。第一王子でありながら王太子ではないクロードも訳ありのようで……。 少々口達者で、少々居丈高なフィオリーナが義母である王妃や使用人の嫌がらせ、貴族らの好奇な目を蹴散らしながら、クロードの心をもぎ取っていく物語。

婚約破棄で異世界転生を100倍楽しむ方法 ‐漫画喫茶は教育機関ではありません‐

ふわふわ
恋愛
王太子エランから、 「君は優秀すぎて可愛げがない」 ――そう告げられ、あっさり婚約破棄された公爵令嬢アルフェッタ。 だが彼女は動揺しなかった。 なぜなら、その瞬間に前世の記憶を取り戻したからだ。 (これが噂の異世界転生・婚約破棄イベント……!) (体験できる人は少ないんだし、全力で楽しんだほうが得ですわよね?) 復讐? ざまぁ? そんなテンプレは後回し。 自由になったアルフェッタが始めたのは、 公爵邸ライフを百倍楽しむこと―― そして、なぜか異世界マンガ喫茶。 文字が読めなくても楽しめる本。 売らない、複製しない、教えない。 料金は「気兼ねなく使ってもらうため」だけ。 それは教育でも改革でもなく、 ただの趣味の延長だったはずなのに―― 気づけば、世界の空気が少しずつ変わっていく。 ざまぁを忘れた公爵令嬢が、 幸運も不幸もひっくるめて味わい尽くす、 “楽しむこと”がすべての異世界転生スローライフ譚。 ※漫画喫茶は教育機関ではありません。

ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!

satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。  私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。  私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。  お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。  眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!

目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした

エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ 女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。 過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。 公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。 けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。 これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。 イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん) ※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。 ※他サイトにも投稿しています。

婚約破棄されたので隣国で働きます ~追放侯爵令嬢、才覚だけで王妃候補に成り上がる~

鷹 綾
恋愛
内容紹介 王宮改革は、英雄の一声では成し遂げられない。 王太子に招かれ、王宮顧問として改革に携わることになった ルビー・エルヴェール。 彼女が選んだ道は、力で押し切る改革でも、敵を断罪する粛清でもなかった。 評価制度の刷新、情報公開、説明責任、緊急時の判断、責任の分配―― 一つひとつの制度は正しくても、人の恐れや保身が、改革を歪めていく。 噂に揺れ、信頼が試され、 「正しさ」と「速さ」、 「個人の覚悟」と「組織の持続性」が、幾度も衝突する。 それでもルビーは、問い続ける。 ――制度は、誰のためにあるのか。 ――信頼とは、守るものか、耐えるものか。 ――改革者は、いつ去るべきなのか。 やがて彼女は、自らが築いた制度が 自分なしでも動き始めたことを確かめ、静かに王宮を去る。 残されたのは、名前の残らない改革。 英雄のいない成功。 だが確かに「生き続ける仕組み」。 これは、 誰かが称えられるための物語ではない。 考えることを許し、責任を分かち合う―― その文化を残すための、40話の改革譚。 静かで、重く、そして誠実な “大人のための王宮改革ファンタジー”。

望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで

越智屋ノマ
恋愛
「君を愛することはない」で始まった不遇な結婚――。 国王の命令でクラーヴァル公爵家へと嫁いだ伯爵令嬢ヴィオラ。しかし夫のルシウスに愛されることはなく、毎日つらい仕打ちを受けていた。 孤独に耐えるヴィオラにとって唯一の救いは、護衛騎士エデン・アーヴィスと過ごした日々の思い出だった。エデンは強くて誠実で、いつもヴィオラを守ってくれた……でも、彼はもういない。この国を襲った『災禍の竜』と相打ちになって、3年前に戦死してしまったのだから。 ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――? (……私の体が、勝手に動いている!?) 「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」 死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?  ――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...