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18.和風食材

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レイの帰りが毎日遅い。
来年度予算の決議会議が毎日長引いているらしい。

そんな中、義母と毎日お茶を飲むぐらいしか予定のないマイナは思った。

『タルコット公爵家の予算、私のために使い過ぎじゃない?』と。

暇な時間は余計なことを延々と考えるものである。

(そうだ! 和食を作る頻度を下げよう!)

バアルにも腕を振るってもらいたいし、この世界の料理も好きだから問題ない。
そうすれば、タルコット公爵家の予算にも余裕ができるだろう。
それがいい。

義母はある日、マイナが週に二度ほど同じデイドレスを着ていることに気付いてしまった。
衣装が少ないことに驚いて、慌てて仕立て屋を呼んだ。

レイは何をしているのだと、大層ご立腹であった。
これでもかなり増えたほうなんだけど、なんて言えない。
贅沢は貴族の義務である。

だがしかし、マイナだって贅沢をしてるのだ。
和風食材という最強のカードで。

どのぐらい贅沢かといえば、義母が来てから毎日行われている晩餐よりマイナが作ったイカ飯のほうが高い、というぐらいの贅沢さだ。
イカは高くないが、和風調味料が高い。

だからマイナの好きな甘じょっぱい系の煮物はみんな高価になってしまう。
それもあって、ドレスを買いたいと訴えるレイの申し出を却下し続けている。

例の屋台で出会ったエキゾチックなお兄ちゃんの持ってくる前世風の服をたくさん買ってもらったので衣装は十分ある。

例のあの洋服たちは前世風だったのである。
つまり着る日が限られてしまう。
おまけに義母にはお披露目できない。

食材やエキゾチック兄ちゃんの服については内緒なので義母には言えないが「衣装が少ないのは、わたくしのせいなのです」と正直に申し上げたところ、扇子で顔を隠されてしまった。

たぶん、泣いてたと思う。

酷い、なんてこと! あの子ってば、とか聞こえた気がする。
気のせいだと思いたいが、たぶん気のせいじゃない。

今回、長く一緒に過ごしてみてわかったが、義母はだいぶ思い込みが激しい。

誰だ、人のこと言えませんとか言ったのは。
ニコか。


「という訳で、もうお米を食べないと死にそうなの」

義母の着せ替え人形になるのも、晩餐も会話の少ないお茶も苦にならない。
ただ米が食べたい。

もう、無理。

毎日、パン、パン、パン、パン、パンのエンドレス。
お茶菓子もほとんどが小麦粉。
小麦粉以外が食べたい。

「お話の流れは全くわかりませんが、お米の禁断症状が出ていることはわかりました。私がマイナさまに代わって、おにぎりを作って参ります。バアルさんにこっそり炊いてもらい、晩餐が終わったころお部屋にお持ちします」

「ありがとう、ニコ!! おにぎりを伝授しておいてよかった!!」

「お役に立てて何よりでございます。具は何にいたしましょう?」

「塩むすびで!!」

塩むすびほど、米の味を引き立てるものはないだろう。
塩むすび一択である。

「なぜそんな泣きそうな顔をしてるの!?」

「旦那さまは、マイナさまの食べたいものを食べさせるようにと仰っていますぅ!!」

「だから、それが、塩むすびなんだってば!!」

「節約なんてしなくていいんですからぁ!! そんな使用人用の塩むすびではなく、具を入れて海苔を巻きましょう!? ね!?」

涙を浮かべて訴えるニコ。
塩むすびが食べたいマイナ。

両者の橋渡しをしたのはヨアンであった。

「お嬢は節約じゃなくて、米を味わいたいから塩むすびなんだってぇ~」

気の抜けた声がマイナの部屋に響いた。
やるじゃないかヨアン、その通りだヨアン。

「ニコ、あなた、たまに馬鹿になるわね!?」

「失礼な、マイナさまほどでは」

「言ったわね!?」

「ハイハイ、もうどっちでもいいじゃん。ニコ急いで、大奥さまがいないすきにバアルさんに頼んでこないと。ね?」

ニコの背を押して部屋から追い出したヨアンは振り返って言った。

「ボーナスならニコとのデートの斡旋でお願いします」

「ちゃっかりしてる!! え? デート? ヨアンって、ニコのこと好きだったの!?」

「……気付いてなかったんですかー?」

「まったく」

「……さすがに旦那さまが気の毒ですー」

「なんでここでレイさまが出てくるのよ?」

「お嬢が鈍感すぎて気の毒~!!」

「マイナさまよ!!」

「はーい。マイナさま、ボーナスの件ヨロシクオネガイシマース!」

「か、考えておくわ……」

ヨアンが出て行った扉をしばらく眺めるマイナ。

(よりによってニコかよ……無謀じゃね?)




* * *



「なるほど。それで今、おにぎりを食べてるんだ?」

ソファーで塩むすびを頬張るマイナの隣でレイがくつろいでいる。
帰って来たら、マイナが部屋でこそこそ塩むすびを食べていて驚いたらしい。
皿にはあと二つ、塩むすびがのっている。

「レイさまも食べる?」

「いや、お腹すいてないからいいよ」

「そう? それにしても今日も遅かったね」

「ほんと、予算って、あちらを立てればこちらが立たずだから困るよ」

「予算……あの、予算と言えばタルコット公爵家の予算は……」

「ストップ。マイナのための予算を削るという話なら無し。却下」

「まだ何も言ってないのに」

「買い続けることで和風食材市場が活性化するのが目的だから。需要と供給を増やしていくことが結果的には値段を下げるんだよ」

「またそんなこと言ってー」

「じゃあ、そのぶんを装飾品に当てようか?」

「もっと要らないですよ、もう十分だもん」

無い無いと騒がれるが、宝石箱や衣裳部屋はパンパンである。
腐っても元公爵令嬢なのだ。

「マイナが買うなと言っても購入するようバアルには言いつけてあるから無駄だからね?」

そこまで言ってもらえるならいいかとマイナは頷く。

「どのみち、お米食べないとこんなに禁断症状が出るんだもん。節約とか無理かも」

思わず正直に告白すると、レイは嬉しそうに笑った。

「でもやっぱり、朝食の銀鮭だけはやめない? 頻度だけでも、ね?」

「却下。週二回は厳守」

「やっぱり駄目だった~!」

諦めの悪いマイナであった。


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