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17.アフタヌーンティー

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 この世界で好きになったものがある。
 そのひとつがスコーンだ。
 前世ではパサついていて、もっさもっさと口の中の水分を全部持っていくやつ、という印象しかなかった。
 カロリーが高いのにジャムをのせないといまひとつ、というところが特に嫌だった。

 だがしかし。
 バアルのスコーンの美味さよ。

 マイナは神に感謝した。

『いつものレイさまも格好いいけど、正式なマナーで美しく召し上がるレイさまも最高でした、ありがとう』と。

(うん。スコーン全然関係なくなった)

 クロテッドクリームの美味しさを知ってからのスコーンは本当に素晴らしかった。
 生クリームとバターの中間のようなクリームとストロベリージャムをほどよい温かさのスコーンにどっさりのせて食べる。
 バアルお手製クロテッドクリームとストロベリージャムが最高過ぎた。

(これぞ、背徳の味……)

「マイナさん」

「はい、お義母さま」

「レイはどうですか?」

「とても……素敵です」

(キャッ!! 言っちゃった!! お義母さまに言っちゃった!!)

 レイに大好きと言われてから、ちょっと浮かれている。
 なんたって好きが大きいのだ。
 大好き。
 なんて素晴らしい響き。

 せっかく夫婦になれたのだから、好きであるほうがやっぱり嬉しい。
 大きいならもっと嬉しい。
 世継を作るからにはなおさら仲は良好であるにこしたことはない。

(ん? お義母さま、どうしてそんな半目?)

「……そう、素敵なの……」

「はい。それに、とても優しいです。それからとても、格好いいです」

「格好いい。まぁ、顔は少々整ってはおりますが」

 義母はそう言ったきり、紅茶を飲もうとカップを傾けては降ろすという仕草を続けた。
 レイは義母のことを、面倒だけどあまり緊張するなと言っていたが、よい返事をしたわりにマイナはよくわかっていなかった。

(前世のお爺ちゃんのお弟子さんや商談相手やどっかのお偉いさんたちが押し寄せて来た日のほうがずっと面倒だったし緊張したよねぇぇ)

 最近まで公爵令嬢だったし、今は公爵夫人だから、それなりに緊張感のある場面はあるけれど。
 予想外のことは少ないし、フォローしてくれる人もいる。

 それに比べて前世はお妙さんと二人だけで、一日中気を張って本当に疲れた。
 夜を迎えるころにはヘトヘトになっていた。

(テレビ局が入るときも違う意味で嫌だったなぁ)

 隙を見ては孫娘を撮ろうとするのだ。
 祖父は孫を映すなと言っていたのに。
 祖父の逆鱗に触れて出入り禁止になったテレビ局もあった。

(お義母さまは、ザ・大奥さまって感じなだけで意地悪じゃないし、綺麗だから目の保養になるし)

 うっとりと義母を眺め始めたマイナに、義母は少々引きながら頷いた。

「そうですか。優しい……無体なことはされてませんか?」

「されておりません。わたくしの準備が整うまで、じっくり、待ってくださいます」

(後継のことは急がない、まだ好きなことをしていいなんて、寛大だよねぇ。本来なら子どもはすぐ作るべきなんだろうけど)

「じっくり、待つ……」

 義母は儚げな白い頬に手を当てて「ほぅ」と溜息を吐いた。

(レイさまも綺麗だけど、お義母さまとは別ベクトルよねぇ。レイさま、茶髪じゃなかったからどうなっちゃってたのかしら。いや、茶髪といってもレイさまの茶髪は前世のとは違うわ。艶々でカールしてて漫画みたいなの! 琥珀色の瞳も宝石みたいで素敵!)

 忙しない思考と共に、それなりの量を食べるマイナと違い、義母はサンドイッチをひとかけらと、スコーンをひと口しか食べなかった。
 アフタヌーンティーの三段のうち、二段だけである。

(一番上は食べないの!? もしかしてもうお茶は終わり!?)

 不安げな顔をしていたのか、義母は「わたくしはお腹がいっぱいですけれど、マイナさんはお食べになってね」と最後のデザートを勧めてくれた。

(よかったー!!)

 バアル渾身のアフタヌーンティーである。
 やはりすべて食べなくては。
 昨日の晩餐といい、バアルの料理は素晴らしい。

「マイナさんは、その……」

「はい」

「あの子とは……どのぐらいの頻度で?」

 視線がマイナの皿の上のケーキに注がれていた。

 レイが忙しいことから、フルコースを食べる時間がないことを心配しているのだろう。
 フルコースの最後には必ずデザートが出る。

「あまりにもお忙しい日以外は、ほぼ毎日です」

(私が料理作っちゃうと和洋折衷でデザートは出たり出なかったり曖昧になっちゃうけどね~。でもそれは言わないほうがいいだろうし?)

 瑞々しいメロンがスポンジと生クリームと交互に重ねられているケーキを食べた。
 水が出そうなのに崩れず、べちゃっともせず、美味しい!!

(あれ? お義母さま、心なしか顔が赤いような??)



 * * *



 今日もレイと共寝することを思えば、ニコが出してきたナイトドレスにも納得である。

(うん。首元まできっちりしてる!! いや、ここまでキッチリしなくてもレイさまが私にどうこうとかないでしょう~!! ウケる~!! 昨日だって顔色ひとつ変わらなかったし、ソファーで寝ようとしてたし。私のほうはドッキドキだったのに!! だって夜のレイさまって色っぽいんだもん。正直に言うと、いざ子作りしますってなってから急に一緒の寝室になると緊張しちゃうだろうから慣れるためにも一緒に寝たくなっちゃったんだよねぇ。でも自分から別室でって言い出したのに、やっぱり一緒に寝てくださいなんて言えないし、お仕事忙しいときはゆっくり休んで欲しいっていうのも本当だし~)

 などと心の中では大騒ぎであるが、隣に潜り込んできたレイへ向けた顔はいつも通りなはずであった。

「今日、なにかあった?」

「今日は、お義母さまとアフタヌーンティーだけですよ?」

「……そう」

 腑に落ちない様子のレイは、その話題を終わりにして寝転がりながらマイナを抱きしめた。

(昨日は距離を開けてたのになんでー!?)

 ドキドキしつつ、喜ぶマイナであった。


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