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23.ゾラ(1)
しおりを挟む「ねぇ、ゾラ」
「はい、なんでしょう奥さま」
「マイナさん、最近ちょっと元気がないのではなくて?」
(え、奥様が気付いた!? うちの奥さまが!?)
「やっぱり、わたくしが長い間ここにいるのがストレスなのね……だからあんなに子どものことを気にするような質問ばかり。やっぱりわたくしがいると、レイと毎日励むのは難しいのね。まだ若いのだから気にすることないのに。どうしましょう。わたくし、子どもはレイひとりだから、娘ができてとても嬉しく思っていたのに、嫌われてしまったわ……ウッ……」
(やっぱり気付いてなかった……いつも通りだった。安心したけど励むとか表現が相変わらず酷いわ)
「いえ、奥さまは嫌われてなどおりませんよ?」
「えっ? 本当に?」
ゾラが頷けば、リュシエンヌは嬉しそうに頬を緩ませた。
マイナの事情はニコから聞いている。
マイナを大切にしたいレイと、根本的なところで自己評価の低いマイナは、現在よくない方向ですれ違っているらしい。
(ニコも苦労するわね……天然お嬢さまは可愛いくて放っておけないというのを知っているだけに同情するわ)
* * *
急遽ゾラが考案し、セッティングした茶会は、リュシエンヌのご実家のグートハイル侯爵家で行われた。
リュシエンヌの歳の離れた弟であるグートハイル侯爵が若くて美しい妻と昨年結婚し、社交界を賑わせた家である。
今年はマイナとレイが社交界を賑わせたため、余計な詮索が減ったらしく、レイはグートハイル侯爵に大変感謝されている。
なぜわざわざ実家でお茶会をするかと言えば、リュシエンヌが実家に帰ると旦那さまにお手紙を出せばすぐに迎えにくることがわかっているから。
それともうひとつ。
ニコの先輩として帰領前に一肌脱いでおこうという算段からだ。
(まぁ、それで若奥さまが元気になるわけではないとは思うけど、懸念要素が一つ減るのはいいことよね。私もそろそろ帰領したいし)
領地にも仕事はたくさんあるわけで、いつまでも人員をタウンハウスに割いてばかりもいられない。
メイドたちから泣きの手紙がわんさかきているし。
(それにしても美しいわ)
リュシエンヌの大輪の薔薇のような容姿の隣にいても、グートハイル侯爵夫人は引けを取らなかった。
(若奥さまも、うっとり眺めていらっしゃるわ。面白い方ね。ご自分も神秘的な黒髪の美女……見た目はふっくらした頬に幼さが残る美少女という感じかしら。美しいことには変わりないのに、ニコが言うとおり、ご自分の良さを理解していないご様子……まぁ、そこもレイさまの琴線に触れるのでしょうけれど。あのご年齢で公爵夫人然としたお姿は立派ね。さすがはべイエレン公爵家出身だわ……さて、)
前公爵夫人のリュシエンヌと、公爵夫人のマイナ、そして侯爵夫人のエレオノーラ。
そして、美女三人を前にして怯えるベッカー子爵夫人とバーデン子爵夫人。
かの、アーレ夫人の取り巻きのお二人である。
(ニコ、表情に出過ぎよ)
ニコのベッカー子爵夫人とバーデン子爵夫人に対する瞳の冷たさが凄い。
マイナがアーレ夫人の婦人会で馬鹿にされたと憤っていたので、ゾラは敢えてアーレ夫人と取り巻きの二人にこの茶会の招待状を出した。
あくまでも私的な茶会ではあるが、前公爵夫人の名で出された招待状だ。
年功序列がものをいうこの国で『義娘が大変お世話になったので』と書き添えられていれば、なおのこと断るのは難しい。
(奥さまからしたら、下っ端もいいところだし)
加えて、アーレ夫人は自分のセッティングした茶会のせいで来られない日をあえて指定した。
アーレ夫人は自分の開く茶会と、この茶会を天秤にかけなければならなかった。
こういった噂は光の速さで社交界を駆け抜ける。
(明日からは『リュシエンヌさまの茶会』に参加しなかったアーレ夫人の噂でどこの茶会ももちきりになるわ。あの薄汚い女がいつも話題の女性を貶めてきた罰よ)
ゾラもアーレ夫人の被害者のひとりだった。
そのせいで失ったものは大きい。
リュシエンヌにはとても言えなかったけれど、旦那さまにはすぐにバレた。
(ニコのために一肌脱ぐと言いつつ、結局は私怨。私は汚いわね)
自嘲しながらも、この状況には満足している。
参加できただけマシだと思われる二人も、アーレ夫人の茶会のほうをすっぽかすという有様。
しかも「わたくしの可愛いマイナさんがお世話になったとか。お礼を申しあげますわ」と扇子で口元を隠しながらリュシエンヌに言われた二人を、心の中で嘲笑った。
二人には『わたくしの可愛い義娘を泣かしたらしいな?』という意味にしか聞こえないはずだ。
アーレ夫人の茶会の日にあててくるというのは、そういうことだからだ。
(あの視線! 完璧ね! 奥さまって無意識にプレッシャーを与えるのよねぇ。そこも好き! マイナもいずれそういうタイプになるのではと踏んでいるのだけれど……)
静かな表情のマイナは上手く隠しているが、エレオノーラにうっとりしたままだった。
(やっぱり変わってるわね。権力争いとか、女性同士の足の引っ張り合いだとか嫉妬なんかには、そもそも興味がないのね。美しいものを愛でるのがお好きなご様子。そして、超鈍感。レイさまが少々お気の毒と思っていたけれど、思い込みと勘違いの多さは奥さまレベルよ……ご本人も大変だわ)
旦那さまに振り回されるリュシエンヌを思うと苦い気持ちになる。
あれだけ何度もやられていたら、普通は呆れて涙も枯れるだろうに。
リュシエンヌはその都度、本気で旦那さまに振り回される。
旦那さまのリュシエンヌへの試し行為ともいえる言動には、周りのほうがうんざりしているのだ。
(レイさまは、旦那さまのような屈折した感情はお持ちではないようだけれど……)
滅多に茶会を開かないリュシエンヌは、夜会も限られたものにしか参加しない。
タルコット公爵家は旦那さまが王弟なこともあり、臣下に下った今も政治的には難しい立場にある。
下手に社交すると火種になりかねないのだ。
つまり、レイも同じくマイナを公の場に出すのは最低限にするはず。
(社交をしないからって力がないなんて思わないでもらいたいわね。この国の婦人会の顔役になったつもりで調子にのっていたんでしょうけれど、舐めすぎなのよ)
『リュシエンヌさまの茶会』は希少価値が高い。
来たくて仕方がない人が大勢いる中、目立ってしまったことの本当の怖さがこの人たちにわかるだろうか。
タルコット公爵家とグートハイル侯爵家。
本来なら、子爵夫人の二人が一緒にテーブルを囲めるような相手ではない。
(この国の婦人会なんてゴミのようなシステム、これを機に潰れてしまえばいいわ)
ベッカー子爵夫人とバーデン子爵夫人は終始、顔色が悪いままだった。
* * *
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