24 / 125
24.ゾラ(2)
しおりを挟む茶会は大成功だった。
マイナはエレオノーラと親しくなれたようで、とても喜んでいたとニコに感謝された。
「エレオノーラさまの嫁ぎ先が、大奥さまのご実家だからと言って親戚面もできないですし、気安くもできないのが貴族ですから。マイナさまはそのあたり、かなりわきまえていらっしゃいますので」と苦笑していた。
そのことはあの婦人会の夫人たちだって知っているのだ。
それを逆手に取り、マイナとエレオノーラにちょっかいを出した。
現在の婦人会の顔役は私たちなんだから、口を出すなと言わんばかりに。
(本当に、何様なのよ!!)
貴族らしくやり返す方法はいくらでもある。
あの人たちだって、さんざんやってきたことだ。
彼女たちの元々よくない評判は落ちるところまで落ちるだろう。
明日からは前公爵夫人を怒らせた婦人会という噂が流れるのだ。
ざまあみろとしか思わない。
ニコはもう、婦人会の夫人たちのことなど、どうでもよさそうだった。
ニコはいま、最初は閨を怖がっていたはずのマイナが急に、ナイトドレスを薄手の物にして欲しいと言い出し、閨に興味深々の様子を見せたあと、突然しょんぼりするというアップダウンに長いこと悩んでいる。
先ほども「こういうとき、私はどうしたらいいのでしょう?」と聞いてきたので、いっそレイに閨をお願いしてみたらどうかとアドバイスしておいた。
ニコがいくらマイナに心境を聞いても、変化の理由をマイナ自身が理解できていないようなのだ。
「前はもう少し怖がってましたよね? 望まれれば、ぐらいの雰囲気でしたよね?」とニコが聞けば「そういえばそうだった」とは答えるのに「それからどんな心境の変化が?」と聞くと「わからない」となるそうだ。
(レイさまが若奥さまを大切にしたい気持ちもわかるけど、それで拗れていたら意味ないわ……若奥さまは三か月の結婚生活の中で自然と愛を深めたのかもしれないし。それなら閨をするべきだと私は思う。そこからまたさらに芽生える感情だってあるだろうし、お二人は正式に結婚しているのだから……。レイさまの気の毒なところは、旦那さまがあまりにも酷いせいで、ご自分は旦那さまのようには絶対にならない、なりたくないと強く思い過ぎてしまっているところね……そして今回のこの騒ぎ……さらに慎重になる気持もわかるわ)
旦那さまは困った人である。
リュシエンヌを振り回すくせに気が小さいところがあって、リュシエンヌがご実家に帰ることを一番恐れている。
実家にはリュシエンヌのことを慕っている者がいるからだ。
黒髪黒目の非常に美しい執事である。
絵にかいたような執事像とでも言おうか、執事服がよく似合う。
訪れた人は皆、数秒は彼を見て立ち止まる。
執事見習いだったころからそんな様子だった。
決して公私混同などしない人だから間違いなど起こりはしないのに、昔から旦那さまは彼のことだけは警戒するのだ。
(私に奥さまが実家に帰るときは知らせろなんて言うぐらいなら、浮気の偽装なんてくだらないことを止めたらいいのに)
とはいえ。
旦那さまが早馬で駆けつけてくれれば、ようやく帰れる。
それは素直に嬉しい。
今回は少し長すぎたように思う。
マイナは見ていてとても面白かったし、可愛かったけれど。
(さすがにこれ以上、新婚夫婦の邪魔なんてしたくないしね)
リュシエンヌのコントロールもゾラの仕事だ。
ニコもマイナをコントロールして、レイと閨ができるよう上手いことやるしかない。
白い息を吐きながら、厨房の裏口にあるベンチでお茶を飲んだ。
昔からここはゾラの休憩場所だった。
北側にあって夜は肌寒いが、それがまたいい。
頭が冷えて冷静になれるからだ。
「またここにいたのか」
「……ええ」
ヘンリクが隣に座った。
近付いてくるなんて珍しい。
『あの日』以来、お互い距離を開けることに必死だったのに。
「座っていいとは言ってないわよ」
「うるせーよ、あんたのベンチじゃないだろ」
どかりと座ったヘンリクは頭を掻いていた。
話があるのだろう。
どうせあの話だ。
「謝罪や同情はいらないわよ。あなたは人助けをしただけ」
ゾラは、アーレ伯爵に言い寄られていた時期があった。
男爵家の五女という持参金のあてがない条件の悪い令嬢だったにも関わらず、この見た目のせいで色んな男に声をかけられていた。
むしろ条件が悪いせいで妾の打診のほうが多かったぐらいだ。
アーレ伯爵もその一人だった。
そのことに気付いた嫉妬深いアーレ夫人に、リュシエンヌの夜会に付き添っていたとき媚薬を盛られた。
使用人用の控室にアーレ夫人の手の者が潜んでおり、飲み物に混ぜられたのだ。
味の違いに気付いてすぐに吐きだしたけれど、取り込まれてしまったぶんの媚薬にジワジワと蝕まれていった。
リュシエンヌの侍女を信用できる者と交代し、具合が悪いと言って先に帰らせてもらった。
ヘンリクは鼻が利く。
ゾラの異変を感じて、リュシエンヌの護衛を終えたあと、苦しんでいたゾラの部屋をこっそり訪ねて来たのだ。
ヘンリクは経験も豊富だし、一番信用できる。
だから彼に身体を預けた。
思った通り優しかったし、色々と上手だった。
ヘンリクは、それ以来ずっとゾラの純潔を奪ってしまったことを気に病んでいる。
貴族女性の純潔の喪失は、まともな結婚の喪失を意味するからだろう。
(私と、ヘンリクと、旦那さましか知らない話……)
旦那さまは主犯がアーレ夫人だとすぐに突き止め、抹殺しようか? と聞いてくれた。
珍しく怒りをあらわにする旦那さまを見て、それだけで十分だと思った。
申し出を断り、その後夫人に会うことがあっても知らぬ顔を貫いた。
アーレ伯爵はその後、ゾラを避けるようになった。
旦那さまが脅したのかもしれない。
リュシエンヌに誠心誠意仕えるのは、旦那さまへの恩もある。
「私はもともと独身のまま一生を終えるつもりだったんだから、変なこと考えないでよね」
今さら結婚なんてごめんだ。
同情や強制なんて惨め過ぎてなおさら嫌だ。
立ち上がり、振り返らずに裏口の扉を開けた。
(変に真面目なのよね。今も昔もあのときヘンリクが来てくれてよかったとしか思ってないのに)
好きなのかと問われれば、好きだと言える。
精悍な顔つきなので、黙っていればいい男だし。
護衛なだけあって無駄のない鍛えられた体をしている。
馬鹿な男だけど、リュシエンヌに絶対服従だから裏切らない。
ゾラにとって、それは何よりも信用に値する。
(真剣に悩むから旦那さまの餌食になるのに、馬鹿な男)
呆れつつもヘンリクを心配してしまうゾラであった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
藤原ライラ
恋愛
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――
子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。
彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。
「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」
四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。
そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。
文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!?
じれじれ両片思いです。
※他サイトでも掲載しています。
イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
契約結婚の相手が優しすぎて困ります
みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。
【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください
楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。
ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。
ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……!
「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」
「エリサ、愛してる!」
ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる