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25.実家(1)
しおりを挟む義父が義母を迎えに来て、長かった姑との穏やかな日々が終わってしまった。
(お義父さま、マジかっこよかった……)
マイナは今、実家の図書室の窓から明るい空を見上げている。
ロマンスグレーに片足を突っ込んでなお美しい義父を思い出す。
(レイさまも三十年後はあんな感じ?)
色気は遺伝するのだろうか。
早朝に馬で駆けつけた義父は、さらうように義母を馬車に押し込んで瞬く間に消えてしまった。
なんかごにょごにょと後続の馬車が揉めていたが、最後は赤髪の護衛が義母の侍女を馬車に押し込んでいた。
(あの護衛のひと、彼女のことが好きなんだろうなぁ。いっつも目で追ってたし)
彼女の背中を押す手つきは優しかったから、見た目はちょっと怖そうだけど、たぶん優しい人なのだろう。
最近のマイナは鋭い。
……と、マイナは思っている。
(それにしても、お義母さまと別れを惜しむ時間すらなかった)
「お義母さま」と別れ際に呟いたマイナに向かって、義母は泣きながら頷いていた。
あの涙の意味は何だったのだろう。
義母はちょっと天然なのでわからない。
……やっぱり鋭くないかも。
義母との時間は、思い返してみれば長いようで短かった。
(現世の母とも違う、穏やかなお義母さまのことが私は好きだったんだなぁ)
ぽっかり開いた穴を埋めるように実家に来てみた。
ヨアンにボーナスをあげるためだ。
「ニコ、ヨアンと市井で新作のロマンス小説を十冊買い揃えて、その後は二人でカフェでお茶をして、そこのケーキを証拠として持って帰って来ること。いいわね?」
強制である。
致し方ないのである。
あのニコを、ヨアンと二人きりにするのは至難の業だから。
ヨアンに情緒がないとか言われたけど、そんなものは知らん。
あとは自分で頑張ってくれ。
(それにしても、デベソ国の衛生環境には歓喜したよねぇ!)
心の中ではずっと、デベソ国と呼んでいる。
マイナは先日、顔を洗いながら、この世界のトイレが『ぼっとん便所』じゃなくてよかったと思っていた。
よくよく考えてみたら、ぼっとん便所なるものは和式トイレではないか。
ではベツォ国での旧式トイレってどんなものだったのだろうと、実家の図書室を訪れたわけである。
マイナの前世の記憶がいかなるものかを調べるために、父が本を増やしまくった結果、実家の図書室はちょっとマニアックな本まで揃う、もの凄い蔵書量となった。
調べものをするなら実家だ。
もちろん王宮の図書館にはかなわないが、訪れるのは王宮よりはるかに気楽である。
なんたって、傍にいるのは護衛のみ。
「お嬢~! そろそろお茶飲みませんかぁ~!」
「お前はヨアンなの? 真似しなくていいのよ?」
ヨアンを兄貴と呼んで懐いているカールである。
もう名前からして犬っぽい。
ヨアンに「お嬢を頼むよ」なんて言われたから張り切っているのだ。
「わたくしは忙しいの。お茶なら勝手に飲んで」
「冷たい!」
キュンキュン鳴いているが無視する。
どうしてこうもべイエレン公爵家は緩いのか。
(トイレについて詳細に調べた結果、デベソ国の旧式は座面があるってだけで、中はぼっとんと一緒だったのよね)
今や孤児院などの施設でも水洗が普及しているベツォ国。
それもかなり前からである。
(よかった、本当によかった。衛生面って大事よね。前世の記憶が無ければ当たり前と思えることも、記憶があるせいで受け入れられないものもあるよねぇ。ぼっとんだったらキツかったわぁ)
出産もそのひとつだろう。
帝王切開も可能だということを先ほど知った。
そちらは割と最近のことだったようだ。
となると、技術は大丈夫だろうかという違う不安も出てくるが。
(それでも、出産に関する不安はひとつ減ったかな……あとは……やることやらなきゃ始まらないんだけどねぇ)
「お嬢、旦那さまの足音です」
「うん」
返事をするなりけたたましいノックの音が響き、父が「マイナー!」と叫びながら走り込んできてマイナを抱きしめた。
「人妻! お父さま! わたくし、人妻!!」
マッチョな父にめちゃくちゃ抱擁された。
ぎゅうぎゅうである。
何が悲しくて父に人妻を連呼しなければないのだ。
解せぬ!!
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