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26.実家(2)

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「苦しい、お父さま、ストップ!!」

 母がお茶会でいないからって、スキップしてマイナのところに来てしまったようだ。
 子離れできないタイプの人である。

「タルコット公には内緒で来たって聞いたけど本当か!? 何があった!?」

「特に言う必要もないからよ。すぐ帰るし」

「え、帰っちゃうのか?」

「帰るよ!! 図書室で調べ物があるから帰るって執事に言って来たの。ニコを買い物に行かせるのが本来の目的だったんだから」

「……ヨアンか」

「なんでわかるの?」

「お前の父だからな」

 胸を張る父を唖然と見上げた。

「わたくしとレイさまが噛み合わないのはお父さまのせいかも」

「何だって!?」

「わたくしのこと、わかり過ぎてて怖い」

 ツーと言えばカーという言葉が日本にあるが、そんな感じだ。
 思えば昔からそうだった。
 マイナは実家でぬくぬくと育ち過ぎた。
 きちんと説明しなければ通じないのが普通なのだ。

「ふっ、なるほど? タルコット公もまだまだよの」

「今のでわかったの?」

「お前の悩みは思い込みと勘違いだから心配しなくていいぞ」

 思い込みと勘違い。
 ニコにさんざん言われたので聞きたくない台詞だ。

 あれ以来なんとなく気まずくなって、抱きしめたままの睡眠はご遠慮いただいている。
 というか、レイが寝たのを見計らって、腕から抜け出して距離を置いて、間にクッションを置いてブロックしている。

(朝方にはクッションは消えてるし、結局後ろから抱きしめられてるんだけどね……)

 思わず遠い目をしてしまった。

「ふむ。意識しているだけ及第点か。さて、タルコット公はどう出るかな」

 父は意味不明なことを勝手に呟いて、昼ご飯を食べようと言って図書室からマイナを連れ出した。
 カールが尻尾を振りながら付いてくる。

「僕もお嬢に付いて行きたかったのになぁ。兄貴ずるーい」

「カールじゃタルコット公爵家で生き残れないわよ」

「そんなに怖いところなの!?」

「怖いわよ。みんな仕事が出来過ぎて」

 義母が来たのでよくわかる。
 義母が連れて来た人たちも特殊部隊みたいな人たちだった。
 統率がとれていて隙がなかった。

 そして屋敷の中が、義母派対マイナ派みたいになっていた。
 みんなそのことは口に出さなかったけれどピリピリしていた。
 バアルと執事のシモンは、中立派として上手くやっていて、年の功という感じがした。

(うちも公爵家だから同じかなって勝手に思ってたけど違ったよねぇ。王家に連なる人たちのお家だったわ)

「昼は『らーめん』だな」

「また!?」

「母さんがいないから」

「あとで怒られるよ!? 塩分取り過ぎは駄目って言われてるんじゃなかったっけ?」

「マイナが来たって言えば何とかなる」

「わたくしがお母さまに怒られるじゃない!! お父さまもいい歳なんだから気をつけてね!? ちゃんとお医者さまの言うこと聞くのよ!?」

 はいはいと軽く返事をした父は、座るなり出てきたラーメンをズズズと吸った。
 箸の扱いも上手い。
 レイはさすがに、ズズズはできないし、フォークで食べる。
 兄が上手に食べているのを見て、ものすごく悔しがっていた。

(負けず嫌いなんだよね。面白い)

 ラーメンがすすれなくても、困らないのに。

(やっぱり大切にされてる)

 レイがマイナの前世の文化を受け入れる必要なんてないのに。
 もっと貴族的なものを押し付けていいはずなのに、それもしない。
 子作りだって、さっさと進めればよかったのにそれもしない。

 マイナではその気になれなくても、可能にする方法があることぐらい知っている。
 義務ならそうすればいいのに、それもしない。
 今回は勝手にマイナが期待をして、ちょっぴりガッカリしただけだ。

(ヨアンたち、早く帰ってこないかな。お家に帰りたくなっちゃった)

 今はまだ子ども扱い、もしくは猫扱い兼家族でもいいじゃないか。
 そのうち、その気になってくれるかもしれないし。
 必要とあれば、アレをこうしてあぁすれば何とかなるって前世で結婚してた友達が言ってたし。

(前世の友だちは、結婚してからレス気味だし、いざとなっても盛り上がらないって言ってたなぁ)

 夫婦って難しい。

(あれ? 私、本当にいつからレイさまとそーゆうことがしたいって思うようになったんだろう?)

 ニコに何度も聞かれたけど、やっぱりわからない。
 義母が来て、一緒に眠るようになってからだろうか。
 レイと眠る日々は、毎日が良い香りでなんだか贅沢だ。

(やっぱりレイさまと結婚してよかったなぁ)

 穏やかなレイとの暮らしは楽しい。
 実家にいても楽しかったけど、今はなんか、ときめきがある。

(ん? ときめき??)

 ときめき……!?

 マイナが首を傾げたとき、背後に控えていたカールが「お嬢~、タルコット公爵の愛馬の蹄の音がします」と、あり得ないことを言った。

「まさか、レイさまが何でこんな時間にここに来るのよ」

「お前、ホールに出ておいたほうがいいぞ。揉める気がする」

 父が物騒なことを言い出すので、いそいそと玄関ホールを目指した。
 後ろからのんびりカールが付いてくる。

 玄関ホールではべイエレン公爵家の執事が慌てた様子で対応していた。

「マイナがここにいることはわかってるんだ!!」

「はい、お嬢さま……いえっ、マイナさまはいらっしゃいます」

「早く会わせてくれ!!」

「お待ちください、今、旦那さまと……」

 焦る執事と詰め寄るレイに、マイナはポカンとした。

「レイさま? お仕事は?」

「マイナッ!!!!」

 執事を突き飛ばす勢いでマイナに駆け寄り、苦しいほど抱きしめられた。
 十年ぶりの再会のような抱擁だった。
 しかも最後は幼子のように抱き上げられてしまった。

「どうしたんですか!? 何かあったんですか!?」

「マイナが実家に帰ったと聞いて、居ても立っても居られなくなって」

「ええ。わたくし、ちゃんとシモンに言ってから来ましたけど」

「実家に帰ると言ってたと」

「はい。ヨアンと約束していたことがあったので。お義母さまも帰られたので、わたくしも暇だしちょうどいいので」

「……家出じゃないのか?」

「誰が?」

「マイナが」

「まさかー。いまちょうどお家に帰りたいなって思ってたところですよ」

「そうか。今すぐ帰ろう」

 有無を言わさずホールから出ようとするレイを、父が呼び止めた。

「まぁそう言わずに、タルコット公もどうです? お昼は『らーめん』なんですよ」

「いえ、私は」

「えー。だめー? 美味しいよ? わたくし直伝のラーメンがいつでも食べられるのはべイエレン公爵家だけですよ?」

「……いただこう」

 汗だくのレイなんて珍しいなと、別のことに気を取られながら『らーめん』に誘うマイナであった。




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