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32.夢
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レイの胸元を押してみたけど、ぴくりとも動かなかった。
広いベッドの上に転がされるまでの見事な運びっぷりに感心している場合ではなかった。
(馬車の中で急がなくていいとか言ってなかったっけ!?)
またマイナのおっちょこちょい発動かと一瞬考えたが、間違いなくレイは言ったと思う。
近付いてくるレイの唇を、なすすべもなく受け入れた。
(なにこれ、凄い、これがディ……ディ……うわああああああ)
レイは巧であった。
実況は無理だった。
そちらに気を取られすぎて、あちこち触られていた気がするけれど全く反応できなかった。
永遠に続くかと思われたキスが終わったころには息も絶え絶えだった。
(凄い……本気のレイさまヤバ過ぎ)
「これで少しは俺のことを男だと認識できた?」
口元を袖口で拭うレイの瞳はギラギラしていた。
燭台の明かりがカーテン越しに揺らめいて、瞳まで揺れて見える。
ごくりと唾を呑み込んだマイナはこくこく頷いた。
(少しどころじゃない!! ドレスははだけたし。はだけたし!!)
慌てて前を掻き抱いて隠す。
前合わせのリボン三つのうち、一番上だけ解けていた。
(かろうじて見えてない! 絶妙だった!! 上手すぎた!!)
レイは慌てるマイナを見て、息を漏らす様にふっと笑った。
「綺麗だよ、マイナ」
(うわああああああああああ)
もう無理だ。
無理。
マイナの限界を理解してくれたのか、布団をかけてポンポンしてくれた。
先ほどまでの色気はどうしたと聞きたいぐらい、今度は穏やかな笑顔だった。
髪を撫でてくれる。
「そろそろ声が聞きたいんだけど」
「……無理」
「嫌だった?」
「……嫌じゃない。ビックリしただけ」
「そう。俺もマイナが綺麗すぎてビックリしたけどね」
レイはクスクス笑いながら隣で仰向けになった。
ふわりとレイの香りが漂う。
(言われてることは落ち着かないけど、この香りは落ち着く)
急激な体温の上昇からの下降。
下がっていく熱と共に、マイナの瞼は少しずつ落ちていった。
「明日も早いから、ちゃんと寝て」
マイナのほうを向いたレイが優しく囁いて髪を撫でてくれる。
もう、その気持ち良さには抗えなかった。
「愛してるよ、マイナ」
眠りに落ちる瞬間、耳元でレイの声が聞こえたような気がした。
■ ■ ■
前世の夢を見た。
夢だとわかっていながら見る夢というのがたまにあるが、いつも不思議な気持ちになる。
起きたいと思えばすぐに起きられるのに、よくわからない吸引力みたいなものがあって、目覚めるのを阻止してくるのだ。
今もそんな感じである。
前世の私は、祖父の個展の受付をしていた。
夢を見て思い出したのだが、前世では二十五歳になっても他では働かず、祖父のマネージャーのようなことをしていた。
祖父のファンは年齢が高いこともあり、親世代ぐらいの人がぽつぽつ見に来ていた。
その中で出会った彼は、とても若く、人目を惹く容姿をしていた。
「すみません、当日販売のチケットってありますか?」
「ありますよ。お一人さまでよろしいですか?」
「はい。お願いします」
お金を貰い、個展のチラシとチケットを渡す。
「順路は右回りになっております。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
とてもオシャレな男の人だった。
パーマが緩くかかった髪は目元を少し隠していて、たぶんあれをイマドキというのだろうなと、おばさんのようなことを考えた。
仕立てのいい細身のスーツは嫌でも彼の足の長さを強調していたし、腕時計は年齢に見合わない高級な物を着けていた。
(どこかのお坊っちゃんか、見た目より年齢が高いのか、どっちかだろうなぁ)
祖父の書は絵画のようで美しい。
その美しい書の前に立つ彼もまた、美しかった。
見るのをやめようと思っても目で追ってしまう。
平日の昼間なんて、主婦のファンがちらほら来て終わりだから、とても暇だったのだ。
チラチラ眺めては溜息をついた。
芸能人を見て「やっぱり凄いんだなぁ」と思うような、そんなレベルのものだ。
最後は、彼が帰ってしまうのを名残惜しく感じながら見送ってしまった。
数日後、最終日を迎えた個展は結果的には大盛況だったのだが。
最終日なので来ていた祖父は、お客さまと急遽商談になり、ビルの最上階にあるラウンジへ消えた。
最終日は祭日とあって、客足が途絶えることなく仕事は忙しかった。
祖父に一目会おうと駆けつけたファンへの謝罪が続いて、とても疲れる一日となってしまった。
(お茶が飲みたい……)
よろよろと自動販売機に辿り着き、財布を開いた瞬間、横から来た人が小銭を投入していた。
「すみません、どうぞ」
きっと急いでいるのだろう。
先を譲ろうとして、自動販売機の前から一歩離れた。
「おごらせてください」
横を見ると、件の男性が立っていた。
「いえ、自分で買えます。少しもたついてしまっただけですから、大丈夫です」
「お茶に誘いたかったんですけど」
通路の向こう側にあるソファーを指さしている。
「それとも、外に行きます?」
「まだ片付けがありますので」
「じゃあ、これだけでも」
今度は自動販売機を指さしている。
引きそうにない様子に、お礼を言って緑色のお茶を選んで押した。
「ありがとうございます」
「自販機ぐらいでお礼言わせちゃって、むしろ申し訳ない」
彼はそう言いながら、同じものを選んでボタンを押していた。
その手の美しさにまた目を奪われてしまった。
(楽器でも弾いてるのかな)
指の関節から関節までがとても長い人だった。
横並びでソファーに座る。
もうすぐ、ビルの閉館時間だ。
喉を潤しながら、なぜこの人はまた来たのだろうと考えていた。
「先生にお会いしたくて来たんですけど、会えませんでした」
(そうだよね。最終日だもん。お爺ちゃんに会いに来たのよね)
「申し訳ありません。先生は急に仕事が入ってしまってしまったので、いらっしゃらないのです」
「そうですか。やはりお忙しいんですね。お会いするのは次回の楽しみにとっておきます」
「半年後に、今度はもっと都心のほうで個展がありますので。そちらにお越しいただければ……でも先生に会えるとはお約束できないのですが」
「あなたには会えますか?」
「はい。私はいつも受付におりますので」
「よかった。次回は、もっとちゃんとしたお茶に誘ってもいいですか?」
■ ■ ■
唐突に目が覚めた。
(私、あの時なんて返事をしたんだっけ?)
温もりを感じる布団の中で、マイナは首を傾げた。
彼の名前も思い出せない。
確か、年齢は二十八歳だった。
なぜ年齢だけは思い出せるのかはわからない。
けれども、そうだったような気がする。
(年齢を知ってるということは、あのあと親しくなったのかな? もしや恋人?)
前世では恋というものがよくわからないまま大人になり、祖父からもたらされた生活が世界の全てだった……と思う。
(今以上に世間知らずだったような気がする)
「起きたの?」
首を傾げ続けるマイナに、レイが声をかけてきた。
「おはよう、マイナ」
「おはよう、レイさま」
見つめ合ってしまえば、どうしたって昨夜のことが思い出してしまう。
レイの唇を見て、すぐに逸らした。
「ちゃんと、こっち見て」
「耳元で言わないでー!!」
両手で両耳を塞ぎ、レイに背を向けた。
殺す気か!!
「じゃあ、こっちね」
レイはマイナの無防備な首筋を食んだ。
「うわあーーーー!!」
生々しい感触に、色気のない声を出してしまった。
(もしかして、これを休みの間ずっとやられるのかな!? 少し前はどんとこいとか思ってたのに、興味もあったのに、もう無理、息ができない)
レイの本気モードに、一日目にして早くもタジタジになるマイナであった。
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