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35.魔法
しおりを挟む魔法師の術は、手から花が出たり、手の甲を硬貨がすり抜けたり、コップを硬貨がすり抜けたりするものであった。
ひげ面の大男が披露するそれに、マイナは小刻みに揺れていた。
(驚いてるっていうよりは笑いを堪えてる感じか?)
そういったことができる人がいるというのは有名な話ではあったが、公務をすっぽかしてレイたちの訪問に当ててくる王太子殿下にはうんざりしていた。
しかも、懐妊した妃とやらは愛妾である。
一番身分が低く、第二の側室に迎えようとして叶わなかった女性だ。
マイナよりも幼く見える小柄な彼女は黒髪黒目で十六歳。
マイナを意識してるのは明らかで、非常に気持ち悪い。
王太子殿下は幼い頃からヴィヴィアン殿下と親しいマイナを狙っていたが、べイエレン公爵が阻止していたのでマイナは知らない。
陛下もさすがに公爵令嬢を、既に正妻のいる王太子殿下の側室にするわけにもいかず、そこはかなり協力的だったようだ。
王太子殿下も、そこまで囲われていたマイナには最後まで手だしできなかった。
(しかし、二人が並んでいるところをマジマジと見ると本当に気持ち悪いな)
三十歳を過ぎてから王太子殿下が老け始めたせいか、親子に見える。
愛妾にデレデレしてるくせに、ときおりマイナを見る目つきがいやらしくてイライラする。
ヨアンの気配が鋭いものになるのは致し方ない。
今こそ活躍してくれないと困るので、先ほどヨアンにしかわからないように頷いておいた。
先日、ヴィヴィアン殿下の執務室を出たときにマイナが女に狙われたのも、王太子殿下によるものだろうと言われている。
女は口を割らなかったが、最終的にはそう結論付けられた。
この程度のことは昔から頻繁にある。
ヴィヴィアン殿下への脅しが目的でマイナを害するつもりはなかったようだが、普段何があっても顔色を変えない宰相も頭が痛いという顔をしていた。
(あの人の表情を崩せるのはある意味凄いな)
魔法師は淡々と術を披露している。
選んだトランプの数を当てるという術の後で、王太子殿下は『どうだ、すごいだろう?』と言わんばかりの顔をしていた。
ちらりとマイナを見れば、やはり笑うのを堪えているように見える。
(私とヨアンとニコにしかわからないだろうけどな)
王太子殿下のスケジュールは調べておいたが、無意味なものとなってしまった。
それでも、遊園地ではしゃぐマイナを見てしまえば、連れて来なければよかったなどとは思えないのだが。
(王太子殿下が面倒なことには変わりないが……)
場を引っ掻き回す割りには、それ以上のことは出来ない。
それもまた王太子殿下の素顔である。
(女癖の悪さも、王太子でいるうちはまだ許されているが……)
王太子殿下は三十歳なので、愛妾とはなかなかの歳の差である。
側室は二十歳。
しかも彼女の場合は成人する前に王太子殿下と関係を持たされたと言われている。
(伯爵令嬢だった側室がデビューしたときの舞踏会で、そのまま王宮の自室に連れ込んだ言われている……下劣過ぎる)
身長を気にするあまり、小柄な女性を見るとすぐに目を付ける。
マイナも大きくはないが、彼女たちよりは大きい。
それだけは助かったと思っている。
愛妾の手を撫でながら、満足げな王太子殿下を見るとうんざりする。
これだけ無節操なくせに、まだ世継ぎが生まれていないことも問題視されており、ヴィヴィアン殿下の結婚を急ぐ声も大きい。
レイとて、マイナを早々に娶らなければ危なかった。
どこぞの王女や他国の公爵令嬢を当てがおうとする輩が出て来ただろう。
(その辺りの事情もマイナに同情だとか思われる所以だろうなぁ。自分と結婚したのは都合がよかったからだと思っているんだろう……全く違うんだけどな。私には不本意な結婚を阻止する力があるし、マイナ以外との結婚なんて論外なのに)
能力の低い王太子殿下だが、元侯爵令嬢の王太子妃が優秀なため、何とか地位を保ってはいる。
(ヴィヴィアン殿下が万が一、大国の王女を娶ったりしたら均衡は一気に崩れるだろうな。しかも背が高いという理由だけで王太子妃との閨をおろそかにしているらしいし……)
魔法師の術は、凄いのかどうか判断がつきにくかった。
もう一度見たいかといえば、レイとしてはどちらでもない。
マイナが見たいといえば、何らかの圧力をかけてどうにかできるが……。
最後に口からベツォ国の国旗が出てきたところで「二度目はないな」と思うレイであった。
* * *
『ある意味、楽しかったです』
こしょこしょと耳元で囁いてくるマイナと、ベッドの上で上掛けを深く被って抱き合っている。
睦み合っているという偽装工作だ。
『口から国旗が出てきたけど気持ち悪くなかった?』
『予想通りだったから、笑いを堪えるのが大変でしたけど、それだけですね』
『前世に魔法はなかったって言ってなかったっけ?』
『あれは、前世でいう手品ってやつです』
『手品?』
『タネもしかけも、あるんですよ』
『ほう?』
『いい余興になるんですけど、魔法ではないですね』
『なるほどな』
『ちょっと、どこ触ってるんですか!』
『なんで敬語なのかなって』
『城内ですし、万が一聞かれたら困るからですよ』
『聞こえないよさすがに』
天蓋のカーテンが厚い上に、布団を被っている。
しかも、今日はヨアンとニコを部屋に留まらせているのだ。
影はヨアンの気配が鋭すぎるせいで、レイたちの様子をつぶさに観察するのが難しい状態だろう。
(ヴィヴィアン殿下が嗅ぎつけていたぐらいだから、まだ致していないことは知られてるだろうけどね)
しかしだ。
あれから随分経つのだから、そろそろかと勘ぐってはいるのだろう。
(ご自分の世継ぎがなかなか生まれないからといって、人の閨事を観察するとはね。王太子殿下の悪趣味には本当にうんざりする。どうせ愛妾は懐妊してないだろうし。王位継承権なんて、さっさと捨ててしまいたいよ)
王太子殿下に世継ぎが生まれ、その子が成人すればレイの王位継承権は消える。
成人した王子が二位になり、ヴィヴィアン殿下が三位になる。
状況によっては、レイの子が生まれればまた継承権が発生してしまうのが面倒だけれど。
マイナに覆いかぶさりながら、唇を重ねた。
柔らかくて甘い感触にレイも夢中になってしまう。
時折漏れるマイナの艶めいた声を聞かれないよう、慎重に、何度も啄む。
(覗かれてるのは腹がたつけど、これはこれで刺激になるかな……)
今日もマイナに意識してもらおう作戦をせっせと実行するレイであった。
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