【完結】なんちゃって幼妻は夫の溺愛に気付かない?

咲楽えび@改名しました(旧 佐倉えび)

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47.メイド長

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 奥さまの湯あみのお手伝いが残っているというミリアと終業の挨拶を済ませ、メイド長のアンは一足先に家族用の使用人部屋へ戻った。
 夫で執事のシモンが戻る前に部屋を片付けていく。

 昨夜は遅くまで手紙を書いていたため、少々寝過ごしてしまったのだ。
 珍しいねと、穏やかなシモンは笑っていたが、家庭内の仕事もキッチリこなしたいアンにとって、洗いそびれたコップや、脱いだままの夜着は仕事中も気になって仕方がなかった。
 洗濯物をまとめ、起きたままになっていたベッドを整え、その上に洗っておいたシモンの夜着と下着を揃えておく。

「これでよし」

 ようやくここでお茶を淹れるためのお湯を沸かす。
 ちょうどそのころ、シモンの帰宅を告げるように扉を開ける音が聞こえた。

「ただいま」

「おかえりなさい。お疲れさまでした」

 前よりもいくぶん若返ったように見えるシモンが笑顔を見せた。
 マイナが来てからのシモンは笑顔が増えたような気がする。
 レイが穏やかな性格であることも大きいだろう。

 以前は大旦那さまに何かと絡まれ、シモンは疲れていることが多かった。

(奥さまが実家に帰られたときだけは、旦那さまが不安定になられたので、シモンと共に少々気を揉んだけれど……)

「湯を浴びますか?」

「いや。お茶を一緒に飲もう」

 アンは頷き、シモンに美しいと褒められる所作で紅茶を淹れた。
 シモンはお茶を淹れるアンを見つめるのが今でも好きらしい。

「若くもない私を見ても面白くもないでしょうに」

 可愛げがないと、自分でもよく思う。
 卑屈な自分が嫌になるというのに。

「私に若いお嫁さんなんていらないよ?」

「あら。古女房でごめんあそばせ」

「全く。君はいつまで経っても可愛いね」

(どこが)

 先ほど可愛げがないと思ったばかりだ。

 王宮で幼いころの大旦那さまの侍女だったアンは、大旦那さまがタルコット公爵を賜り、臣下に下る際この屋敷に付いて来た。
 シモンは他家からの紹介で執事としてやってきて、侍女からメイド長になったアンを陰から支えてくれた。

(プライドの高い私が、侍女という仕事から降格ともいえる立場になって挫けそうになっていたのを助けてくれたのよね……)

 なぜこんな可愛げのない女を助けてくれたのだろうと、今でも不思議に思う。

 当時の大奥さまには若い感性の侍女が必要だったし、大人になられた大旦那さまには立派な侍従がいた。
 すでに若くなかったアンには領地への遠出も厳しくなっていたから、むしろアンを思っての采配だったと、当時も理解していたはずなのに、すぐには受け入れられなかったのだ。

 そうして数年が経ち、シモンに求婚されたアンは遅い春を迎えた。
 互いに四十を超えていた。
 子どもはいない。
 とうに結婚を諦めていたアンにとって、シモンは優しくて頼れる最高の夫だ。

「私はまだ新婚ぐらいの気持ちでいるのに、アンは古いなんて酷いこと言う」

 二人掛けのソファーに並んで座った。
 髪には白い物が増えたが、シモンは若いころにはなかった色気が出た。

「……ごめんなさい」

(……なぜ謝っているのかしら? 私がもう若くないのは事実なのに……)

 シモンはわかっているとばかりに優しい顔で頷いた。

「ミリアはどう?」

「とてもいい子ですよ。真面目で伝達漏れもなく優秀です。奥さまのお部屋の掃除も丁寧でしたよ。しかも奥さま周りのことだけでなく、手が空いてるときは他のメイドの手伝いをしてくれるので、皆からの評判もよいです」

 マイナの部屋には貴重品が多く、他に掃除を任せられる者がおらず、アンが隙間を見つけて掃除していた。
 大奥さまの部屋付きのメイドはゾラと一緒に領地に行ってしまったからだ。

 ミリアが入ってくれたお陰で、アンの身体の負担がかなり減った。
 こうして夫婦のことに時間を割けるようになり、毎日がとても楽になった。

「それはよかったね。旦那さまに色目をつかったりもしないようだしね」

「ええ、本当に。あれほど奥さまに心酔していれば大丈夫かと」

 レイの容姿はどうしても女性を惹きつけてしまうので、あるときを境にレイは身の回りの世話を女性使用人にさせることがなくなっていった。

「その割には浮かない顔をしているね?」

 シモンはアンの手をとり、優しく撫でながら聞いてくれた。

「ゾラから手紙がきました」

「うん。なんて?」

「ヘンリクと結婚すると」

「そうか」

「驚かないんですね?」

「昨日、ずいぶんと熱心に書き物をしていたから、ゾラだろうと思っていたよ。嬉しくないの? 彼女が結婚しないことに胸を痛めていた君なのに」

「いえ、お相手が……悪い人じゃないのはわかっているんですが、どうも女癖が。この間もニコにちょっかいかけてヨアンに睨まれていたようですし」

 アンは結婚してから、以前の自分が必要以上に肩肘を張って生きていたことに気付いた。
 結婚なんかしなくても私には仕事があると……。
 もちろん、それまでの生き方を否定するつもりは微塵もないが、今になるとわかることもある。
 一緒に歳を取ることができる相手がいるのもいいものだと、頑張り過ぎるニコやミリアに言いたくなってしまうのだ。
 早く結婚すれば、子を持つこともできるのに、とも。

 一番気がかりだったゾラが、癖の悪いヘンリクと結婚するという。
 どうしたって複雑な心境にもなる。

「案外大丈夫じゃないかと、私は思うけれど」

「殿方は大抵そう仰いますが、やはり彼は今までが今まででしたし」

 ゾラが結婚すると決めたのなら、もう覆らないだろう。
 幸せになれるように祈るしかない。

(問題はミリアよね……)

 ミリアのことは貴族令嬢でありながら結婚しなかったゾラを見ているようで、この短期間でも心が騒めく。
 二人はあまりにも似ている。

(あの新しい護衛のカールなんかどうかしら? ヘンリクよりずっと真面目だし……。あぁそういえば。ニコのことを厨房のイーロが可愛い可愛いとやけに騒いでいたけれど最近大人しいわね? ニコはやっぱりヨアンなのかしら? いまひとつよくわからないのよね、ヨアンって。シモンには絶対にあの子の私生活には触れるなと言われているけれど、あの子、一体なんなのかしら? 旦那さまには懐いているようだから大丈夫だとは思うけれど、音もなく背後に立たれると怖いときがあるのよね……皆なんとなくそれを感じていて……)

「私のことも、少しは心配してくれていいんだよ?」

 考えごとをしていたら、シモンが変なことを言い出した。
 働き過ぎではないだろうか?

「あなたのことは、いつも心配しています。私と結婚する前、あなたがどれだけメイドたちにモテていたか、知らないとは言わせませんよ? それなのに、私なんかと結婚してくれたんですから」

「またそういうことを。今日は君に愛してると伝えなければいけないようだね」

 シモンはアンが卑下すると、必ずこうやって愛していることを伝えてくれる。
 それはいいのだが。

「わざわざ膝に乗る必要があります? 旦那さまに触発されたんですか? 恥ずかしいわ」

「なぜ夫が妻を可愛がるのに触発なんて言葉が出るんだ? 君は本当に面白いよね」

「面白くありません」

「面白いよ。そんな顔しないの。そうそう、今日はあの後、奥さまが旦那さまとお二人でお茶漬けというのを召し上がっていたよ」

「お茶漬けって何ですか?」

「それがね――」



 我が家は最近、明らかに会話が増えた。
 毎日何かしらマイナ絡みの面白い出来事があるからだ。
 だから若夫婦が遊園地に出かけてしまった日は、屋敷全体がどんよりと暗かったぐらいだった。

「お二人はなんだか学園の生徒のように可愛らしいですね」

「そうだね」

 お世継ぎのことはあまり心配していない。
 むしろ若いマイナに無理強いをしないレイを好ましいとさえ思う。

「これで旦那さまが無事に継承権を……」

「アン、それは決して口にしてはいけないよ?」

「そうでした。すみません」

 素直に謝ったアンの頭を、幼子のようにシモンが撫でて笑った。

 本来であれば公爵位を継いだレイに継承権はないはずなのに、王太子殿下の資質に問題があるため第三位にされたままである。
 特例措置ということらしい。
 宮廷貴族たちの苦肉の策だ。
     
 荒業すぎるとアンは思う。

(王太子妃としても奥さまであれば問題ないどころか大歓迎でしょうし、旦那さまは今なお、微妙なお立場よね。でも第三位でなければ第二位のヴィヴィアン殿下の婚約者候補だった奥さまとの結婚は無理だった可能性があるし……複雑だわ……)

 アンとしては、王太子殿下に子どもが生まれることを切に願うところである。

(奥さまがこのお屋敷からいなくなってしまうのは寂しい……)

 うどんを踏んだり、それを皆に振る舞ったり、不思議なお料理で皆を虜にする奥さまが可愛くて仕方がないアンであった。



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