49 / 125
49.イーロ
しおりを挟む(大旦那さまのころには考えられないぐらい屋敷が明るくなったなぁ)
イーロは厨房外に設置されたベンチに座り、ミルクのたっぷり入ったコーヒーを飲んでいた。
夕食前の休憩時間である。
今日はシフォンケーキが綺麗に焼けて楽しかった。
卵白を泡立てるのは好きだし、バアルのお菓子作りは天才的なので見るだけでも勉強になるのに一緒に作らせてもらえるなんて幸せすぎて怖いぐらいだ。
(奥さまがたくさん作るって言ってくださったお陰だなぁ)
バアルの下で働かせてもらってから一年が経った。
二人ほど人員が抜けてから一人で切り盛りしていたバアルは、イーロが入ったことをとても喜んでくれた。
半年程度しか大旦那さまの時代は知らないが、なんとなくピリピリしていた。
怒鳴ったりする人ではなかったけど、気分屋というか……。
しばらくして大旦那さまは領地に行き、レイが結婚してから屋敷は様変わりした。
まだ補佐でしかないイーロは、マイナが厨房に来ているときは、身分のこともあって厨房脇の控室のほうからこっそり覗いていた。
マイナは斬新なお料理を思いつく、とても聡明な女性だ。
加えて公爵令嬢だったのも納得の美しさである。
イーロからすれば公爵家のご令嬢はお姫さまに等しい。
(オレなんかが話しかけても怒らないし、ちゃんと目を見てお話してくださるし。今日は手伝っていいってバアルさんに言ってもらえて幸せだった。旦那さまに拾ってもらってからのオレは最高に幸せだ)
以前働いていた店は個室もあり、貴族も来るようなそこそこ高級な部類に入る店だったが、労働環境が酷かった。
料理長が手も足も出る人だから傷や打撲が絶えなかった。
(料理は上手い人だったんだけどなぁ)
大男のイーロでさえもそんな有様だったので、小柄な人たちは大変だった。
大抵三日ももたずに辞めて行った。
レイはなぜかそんなイーロの名前と顔を覚えてくれたらしい。
どうやって交渉したのかはわからないが、一年前、この屋敷に引き抜いてくれた。
バアルの下で働いていた二人が大旦那さまの領地行きに、ひと足先に行ってしまうというのが理由だったらしい。
「楽しかったなぁ」
「そうなの? よかったね」
音もなく現れた人を見上げると、ヨアンがニコニコと人好きのする可愛らしい笑顔で首を傾げていた。
「やあ、ヨアン。お疲れさま。今日のおやつはこれだよ」
イーロは五種類のシフォンケーキと、別皿に盛った生クリームをヨアンに渡した。
「ありがとう。座っていい?」
「いいよ」
ヨアンは隣に腰かけて、パクパクとシフォンケーキを凄い速さで食べた。
「もっと味わいなよ」
「うーん。でも食べ物で口の中をいっぱいにするのが幸せだから」
「そっか」
なぜかイーロとヨアンは気が合った。
ニコを可愛いなって思うあたりも似てるかもしれない。
でも、イーロのそれは恋ではないけれど。
「忙しそうだね」
「まあね」
「ご飯は食べた?」
「食べたよ」
「そっか」
ヨアンは綺麗な蒼い瞳をキラキラさせて「アールグレイのやつが一番好き」と言った。
「へえ、意外。お洒落だね」
「うん。僕、実はお洒落なんだ」
「そっかぁ」
ヨアンとは、こんな会話しかしない。
でもイーロがここでのんびりしていると隣に来るから、いつの間にかおやつをあげたり、ご飯を残しておいたのをあげたり、今日はほら、コーヒーもあげちゃう。
「コーヒーは嫌いだけど、イーロが淹れてくれた甘いやつは好き」
「そっか」
「あ、これあげるね」
ヨアンはイーロの手に料理用の小型ナイフを渡した。
上等な革袋に入っている。
「こんな高いもの貰えないよ」
「いつも僕に優しくしてくれるから。お礼だよ」
「オレは別にそんなつもりでヨアンと仲良くしてるわけじゃないよ」
「ありがとう。じゃあ、友だちが厨房でようやくマイナさまと料理ができた記念に」
「本当? それならいただくね! 大切にするよ」
「うん」
誰かはヨアンを怖いと言った。
誰かはヨアンを危険だと言い、ヨアンには余計なことを言うなと言う。
彼は孤独だと思った。
ただその孤独に向き合う覚悟をヨアンは持っている。
それが人には恐怖にも見えるのだろう。
(でも、ヨアンだって幸せになっていいはずだよね。オレがここで幸せになれたように)
ヨアンからの素敵なプレゼントを撫でながら、そんな風に思うイーロであった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
藤原ライラ
恋愛
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――
子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。
彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。
「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」
四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。
そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。
文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!?
じれじれ両片思いです。
※他サイトでも掲載しています。
イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
契約結婚の相手が優しすぎて困ります
みみぢあん
恋愛
ペルサル伯爵の婚外子リアンナは、学園に通い淑女の教育を受けているが、帰宅すれば使用人のような生活をおくっていた。 学園の卒業が近くなったある日、リアンナは父親と変わらない年齢の男爵との婚約が決まる。 そんなリアンナにフラッドリー公爵家の後継者アルベールと契約結婚をしないかと持ちかけられた。
【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください
楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。
ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。
ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……!
「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」
「エリサ、愛してる!」
ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる