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50.議会
しおりを挟む早朝の王城内、議会室にて、レイは宰相の斜め後ろに控えていた。
左手上座にはべイエレン公爵が、右手上座には現王太子妃を娘に持つエスコラ侯爵が座った。
紙を捲る音が響き渡る。
殆どの者が顔色を変えずに手元の資料を読んでいたが、母の弟であるグートハイル侯爵の顔色の変化だけは目に留まってしまった。
他の誰も気付いてはいなかったように見受けられるが、同じ愛妻家としては内容に眉をひそめる気持ちは痛いほどわかる。
「突然の招集、誠に恐縮でございます」
宰相が口火を切った。
「早速ですが、内容についてご質問は?」
エスコラ侯爵が憮然とした表情を隠さずに手を挙げた。
「王太子妃殿下の降嫁とは極端では? 王太子殿下のご病気は致し方ないが、ヘンリエッタほど妃に相応しいものはいないと思うが? ヴィヴィアン殿下が現在婚約を申し込んでいるという小国の幼い第三王女に、我が国の王太子妃が務まるとでも? ヘンリエッタはまだ若く美しく教養も実績もある。王家の子を身籠っている可能性すらあるヘンリエッタを降嫁するわけにもいくまい。ヴィヴィアン殿下との婚姻が妥当では?」
(やっぱりそうくるよな)
レイは静かにエスコラ侯爵を観察した。
王太子殿下に嬉々として娘を差し出すような男である。
苛立つ顔が醜い。
「まず初めに、ヘンリエッタさまに懐妊の兆しはありません。次に、ヘンリエッタさまの意思は固く、王太子殿下の此度の暴挙に心身ともに衰弱状態であり、ヴィヴィアン殿下との婚姻を無理強いするならば修道院へお入りになると仰せです。これまで国のために尽くして下さった王太子妃のヘンリエッタさまを修道院に送るなどあってはならぬこと、然るべき者に降嫁するべきとの陛下からの命にございます」
「なんと大げさな。ならば私がヘンリエッタを説得してみせよう」
「お取次ぎは不可能です。現在、王太子殿下から受けた傷の治療のため、離宮にて面会謝絶となっております」
議会室は騒然とした。
資料に書かれている王太子殿下の行為は決して口にできない類のものだ。
資料もまた、この議会の終わりには即刻処分される。
最初は愛妾クリスティーヌが、遊園地から戻ったあと離宮に閉じこもるようになった。
体調不良と言われ、懐妊かと騒がれたが、実際は心と体の治療のためだった。
次に側室が、最後は王太子妃が犠牲となった。
女性を傷つけながらの行為に耽る王太子殿下は、最後は自分の侍女やメイドにまで手を出した。
元から女癖が悪く、手を出される女性が後を絶たなかったのだが、行為が行為である。
とうとう陛下が王太子をヴィヴィアン殿下に任命すると言い出した。
遅すぎるぐらいだが、大国出身の王妃陛下の顔を立てるために陛下も苦心していたのだ。
マイナのことも執拗に探られた。
タルコット公爵家に侵入した賊たちは、ヨアンによって次々捕らえられ、騎士団の牢で狙いを吐かされたが。
力のない王太子殿下では、簡単に口を割る程度の人材しか動かせなかったともいえるが、その異様ともいえる執着にべイエレン公爵が動いた。
政治的なバランスを重視するべイエレン公爵の、初めてともいえる本気の根回しは恐ろしいほど早かった。
「くだらん。口が利けるなら十分だ。会わせてもらおう」
「お父上といえどもお会いできません」
「ならばこの議会自体、無意味だろう? そなたの一存で全てが決まっているならな」
「私の一存ではございません。陛下の命にございます」
「話にならん。陛下は独断で事を決めるような方ではないはず。貴殿の茶番に付き合う義務はない。失礼する」
エスコラ侯爵は資料を机に叩きつけて立ち上がった。
誰にも止められないまま、エスコラ侯爵は議会室を後にした。
(主要人物への根回しも終わっているのだから、ご機嫌を損ねても仕方がないよな)
エスコラ侯爵に賛同しそうな貴族は既にべイエレン公爵が取り込んでいる。
良識のあるものは元からエスコラ侯爵に賛同などしない。
王太子殿下を国の長にできないことなど、数年前からわかっていたのだ。
だからマイナとヴィヴィアン殿下の婚姻を望んでいた貴族は多かった。
(なるべくしてなったとはいえ、遊園地後というのがどうにも後味が悪いな。もう一度、粗相があれば王太子という地位から退かなければならないことをマノロ殿下もわかっていたはずなのに)
長らく王太子殿下としか呼んでいなかった彼を、心の中で「マノロ殿下」と呼び、レイは視線を下げた。
マノロ殿下の、妃たちへの閨での暴挙を知った宰相の仕事も早かった。
最悪の事態を想定して前々から準備していたらしい。
(私とマイナが婚約する前からバルバリデ王国第三王女への打診を検討していたというのだから流石だ。お輿入れのころには十六歳。妥当だな)
涼しい顔をして決議の採択を着々と進めていく宰相の横顔をそっと眺めて心の中で溜息を吐いた。
レイを王太子にという声も当然あった。
それを宰相がうまく説き伏せたわけだが、レイを慮ってのことではない。
陛下と宰相の間で、レイを宰相と共にヴィヴィアン殿下の補佐にするほうが国がよく回るという考えに行きついたに過ぎない。
そして、宰相は最初からそのつもりでレイを宰相補佐にしていたのだ。
その宰相にはマノロ殿下の愛妾、クリスティーヌが下賜されるという。
レイが気付いたときには、すでに決定していたので経緯は知らない。
(ロジェさまが娶るのは、お相手が決まらなかったからなのか、それとも……愛? なんて考えるのは下世話なんだろうな)
それでも。
愛であって欲しいと、思わず願ってしまうレイであった。
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