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51.その後
しおりを挟む議会では宰相主導のもと、採択が進み、最後にマノロ殿下の今後について話し合いがもたれた。
(とはいえ、幽閉も世話役も決定してるんだけどね)
さもお伺いを立てていますの体である。
「ご病気であられるマノロ殿下は療養に入られます。そのため、経験豊富な貴婦人にお世話をお願いしたいという、陛下からのお言葉でございます。もちろん相応の報酬をご用意しております。いかがでしょうか?」
しれっと宰相が、世話役として嫁を差し出せという意味のお願いを言い放った。
頭がおかしいからと、隔離された塔の最上階に閉じ込めておくにしても世話係は必要だ。
マノロ殿下に近いメイドたちは怯えきってしまい、多くが職を辞した。
「婦人会に相談してみてはいかがでしょう?」
どこからともなく声が上がる。
「それはいい。私の妻もそれはそれはお世話になった。現在の顔役の方は随分と気が利くらしい」
「そのようですな。アーレ夫人は貴婦人のお手本ともいえる素晴らしい方だとお聞きしている」
「マノロ殿下も穏やかな貴婦人と過ごされれば、お心も落ち着かれましょう」
多くの貴族たちが頷き、視線はアーレ伯爵に注がれ、口々に「是非」と願い出た。
「……我が妻に、その栄誉を賜りたく存じます」
額の汗を拭きながら、アーレ伯爵が言葉を紡ぐ。
皆は拍手と共に、アーレ伯爵に賛辞を贈った。
* * *
長い王城での一日の終わり。
屋敷でのニコの定期連絡が終わると、しばらくしてヨアンが入ってきた。
「あの、旦那さま」
「ん? どうした?」
「ごめんなさい」
「え?」
しょんぼりしたヨアンは耳も尻尾も垂れてしまった犬のようだった。
慌ててエラルドを退出させた。
「どうした?」
扉が閉まり、足音が遠ざかってから聞いた。
「お妃さまたちが酷い思いをしたと聞いて。僕はてっきり、あの王子が勝手に色々やらかしてるんだと思ってて……ごめんなさい。僕が影に余計なことを言ったから。僕のせいなんです」
泣きそうな顔をして小さくなるヨアンが気の毒になってしまった。
ヨアンの護衛対象はあくまでマイナであり、妃たちではない。
それでも女性が傷付けられることには耐えられないのだろう。
(自分の発言が原因となれば責任を感じても仕方がないか……)
けれども、このぐらいのことがなければマノロ殿下を王太子という立場から退かせることができなかったのだから、責任は王家にあるとレイは思う。
陛下はこの騒動を利用したに過ぎない。
「気にしなくていいと言っても、その様子だと気にするんだろうな……ヨアン、内緒話はできるか?」
「できます!」
「そうか。じゃあ、これは私の独り言だから、お前は何も知らない。いいな?」
「はい!」
パタパタと尻尾を振りながらレイの元に来た。
これはエラルドも知らない話だ。
ヨアンは視線を巡らせ、ひとつ頷いた。
部屋の近くには誰もいないらしい。
「被害は最小限だったので、お妃さまたちは無事だよ」
「えっ?」
「確かに、あの王家の別邸で、ちょっとした拘束を愛妾クリスティーヌさまはされたようだけど、傷という傷はなかった。手首が少し擦れたぐらいかな。まぁそれでも屈辱だったろう。彼女は帰城してすぐ王太子妃、ヘンリエッタさまに相談した」
同時に、マノロ殿下を迎えに来た宰相は、クリスティーヌの手首の擦り傷にすぐに気付いた。
マノロ殿下の性格を知っている者からすれば、今までしなかったことをし始めたマノロ殿下の行為がエスカレートするであろうことは容易に想像できた。
一方、クリスティーヌから相談を受けたヘンリエッタはすぐに離宮にこもるよう進言した。
「ヘンリエッタさまはとうの昔に周りの人間を味方に付けている。侍医、閨事を記録する者、扉前の番をする護衛、侍女からメイドまで、全てだ」
感情優先で政をおろそかにするマノロ殿下は人望がない。
彼の元につくということは出世できないということを意味した。
ヘンリエッタは婚約者期間を含め、長い時間をかけて王宮を味方に付けていたのだ。
「すぐに側室にも手を出すだろうと、彼女の護衛騎士を部屋の番に据えた。何かあったら大げさに騒ぐようにと指示をして」
マノロ殿下は面白がって、日ごろから女性同士が揉めるように働きかけていたが、妃たちは陰で結託しており、揉めているかのように振舞っていた。
――というのも、レイすら最近知ったのだが。
側室はヘンリエッタの教え通りに大げさに騒ぎ、すぐに駆けこんだ護衛に保護された。
ちなみに側室はずっと傍で守ってくれていた、その護衛に降嫁される。
彼女を救った褒美という体だが、元々二人は相思相愛らしい。
「今日の資料は、ヨアンが締め上げた影をさらに締め上げて吐かせた内容をかなり大げさにして書いたものだよ。それから、ヘンリエッタさまの寝室へマノロ殿下は行けない。行けない理由もあるのだが、その説明は省こう。今回のこととは関係がないからな。とにかく、お妃さまたちは全員無事だよ。侍女やメイドは際どかったが、彼女たちも騎士や護衛、時には影が出てきて何とか無事だった。それでも怖い思いをしたことには変わりがないので、退職金を多めに出したりして暇を出したというわけだ」
事情を知るものは皆、議会はもちろん日常においても油断はできなかった。
「敵を欺くにはまず味方からだからね。エラルドを信じ込ませられないようでは貴族たちなど騙せない。このことは妃に関わる者たちと、陛下とヴィヴィアン殿下、宰相、べイエレン公爵、そして父しか知らない。私たちは、本当に彼女たちが酷い目にあったと、そう思いながら日々を過ごした。正直とても疲れたよ」
気の毒ではあるが、フィルもまだ真相は知らない。
中途半端に事情を知っている優しいフィルは、とても苦しい思いをしているだろう。
――妃たちは、彼女たちの立場を受け入れ、事実を漏らさず、彼女たちを保護できる人物に託される必要がある。
ヘンリエッタの降嫁先の第一候補はフィルだ。
フィルは今、その覚悟があるのかべイエレン公爵に試されている。
「わかりました。僕は何も聞いてません!」
「うん。ヨアンはいい仕事をしたよ。この屋敷に入った賊は何もできなかったからね。これからもよろしく」
「はい!! 旦那さま、ありがとうございました」
キリっとした顔をしてお辞儀をしてヨアンが出て行った。
(本当に、マノロ殿下のことは、こんな大事になる前にもう少し早くどうにかならなかったものだろうか……そこは陛下と王妃さまの関係だけでなく国が絡むから難しいのはわかるが)
王妃陛下は、マノロ殿下が王太子であることにこだわっていた。
そして、ヴィヴィアン殿下の母上を虐げていた。
当然、ヴィヴィアン殿下への当たりはキツく、それを見て育ったマノロ殿下は謎の全能感を得てますます放漫になっていった。
冷めきっている紅茶を飲みほす。
音もなくソーサーに戻すと小さく溜息を吐いた。
王太子の交代劇という大がかりな仕掛けの最中、父が侍従と護衛と共に馬で登城した。
そして陛下にマノロ殿下の幽閉後の世話役はアーレ夫人にするよう強く願い、ゾラとヘンリクの結婚をついでとばかりにレイに告げた後、さっさと帰領した。
(耳が早いのはいつものことだけど、あの人の、こういう時の行動力はなんなのだろうな)
ポカンとしていたレイに、宰相から「アーレ夫人は相当数の女性を陥れているという情報が入っている。貴族としての結婚ができなくなった女性もいる。いずれ何らかの制裁が必要だった」と聞いた。
(貴族としての結婚……)
思い浮かぶのはゾラだったが、深く追求してはいけないと、レイの第六感が告げていた。
何かを知る度に、難しい立場に追いやられていく気がする。
ついでのように聞かされたアーレ伯爵の話も酷いものだった。
夫人の実家から送られてくる金でギャンブル三昧。
女も複数囲っているらしい。
ろくでもない男だ。
最後に見た蒼白のアーレ伯爵は、単に自分の金回りの心配をしていただけだろう。
(ある程度は知っていたが、実情はそれより酷かったな。夫人を差し出した報酬なんて、ギャンブルではすぐに底をつくだろうし。そんな男に夫人の実家は二度と金なんか送らないだろう……)
「疲れた……マイナに癒されたい……」
ノックの音が響き、エラルドが入って来た。
「レイさま、そろそろお休みになられては?」
「そうだな」
真夜中といえる時間だ。
ニコからの報告で、マイナはすでに寝ていると聞いた。
それでも、一緒に眠ると癒される。
自室に戻り、手早く湯を浴びてから急ぎ潜り込んだベッドで、すっかり寝入っているマイナの髪を撫でながらホッとするレイであった。
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