【完結】なんちゃって幼妻は夫の溺愛に気付かない?

咲楽えび@改名しました(旧 佐倉えび)

文字の大きさ
56 / 125

56.手紙

しおりを挟む
 
「レイさま。少し休憩いただいてもいいですか?」

 エラルドが珍しいことを言ってきた。
 何か用事があるのだろう。

「明日は休みだろう? もう上がっていいぞ?」

 書類仕事なんて、やればやるだけ増えていく。
 次々に持ち込まれるからだ。

「ありがとうございます。ニコに相談したいことがあると言われてまして」

「ニコが?」

「はい。ニコはべイエレン公爵家から来て上手く馴染んではいますが、困ったときに相談する相手がいないのではないかと思います。使用人部屋にいるミリアと違って、ニコは奥さまの隣の部屋ですし。他の使用人たちと交流を深めたくても、距離が遠く、忙しい身ですからね」

「なるほど」

 そこまではさすがのレイも気付かなかった。
 もっと早くメイドを増やすべきだっただろうか。

「そのままお休みをいただけるなら、相談に乗りつつお酒飲ませて潰しちゃおうかと」

「お前、それは」

「そこにヨアンを呼んでもらえますかね?」

「……まだやられてるのか」

 エラルドはニコをうっかり可愛いと思ってしまったせいで、ヨアンから殺気を向けられている。

「ええ。そろそろ屋敷内では気を抜きたいんですよ。ニコに手を出す気はないとヨアンに理解してもらいたいんで。ついでにくっついてくれたらいいな、と」

「気を付けろよ。酔いつぶれたニコにお前の着ているものを掛けるのは絶対にやめろ」

「仰せの通りに」

「ついでにヴィルヘルミイナをさぐっておいてくれ。日本酒の仕入れ先をオーナーに紹介したからな。まさかとは思うが、薄めて出すなんてことがあっては困る」

「承知いたしました。では日本酒に合う料理を出しているか、また質が落ちてないかも確認しておきます。ついでに厨房の雰囲気も」

「頼んだ。お代は私に。ニコにはお前からということにしてくれ」

「承知いたしました」

 日本酒を私の口利きで仕入れたのはいいが、珍しい高級な酒をいい加減な形で出されたくはない。
 店の雰囲気が悪化しているのであればそれも考えなければならない。
 ビジネスの世界は信用第一である。

(日本酒市場が活性化して欲しいんだけどねぇ。だからといって、私がようやく見つけた日本酒を品の悪い連中に扱われるのは面白くない。料理も美味いし、個室の雰囲気もいいし、オーナーもいい人なんだけど……あそこは料理長の人柄が信用できない)

 飲食店経営の難しさについて、しばらく考えこんでしまった。



 * * *



 ヨアンが持ってきたフィルからの手紙をヘンリエッタに渡し、しばらくしてからヘンリエッタからの返事を受け取りポケットにしまう。

 その後、ヴィヴィアン殿下の執務室を訪れてロジェと合流した。

(エラルドから言われなくても、今日は早上がりさせるつもりだったんだよね。


「フィルはどう?」

 すっかり顔つきの変わったヴィヴィアン殿下は、腕を組んで優雅に座っていた。
 王位には興味なんかありませんという態度を貫かなければならなかった殿下にとって、王太子となることが決定した現在のほうが気楽かもしれない。

 マノロ殿下はすでに幽閉され、即刻アーレ夫人が送り込まれた。
 彼女もまた、あの塔から出ることは二度とないだろう。

 残った問題は王妃のご機嫌といったところだが、それは陛下に頑張っていただくしかない。

(ヴィヴィアン殿下と私のじゃれ合いも終わりってことだけどね)

 レイにとっては苦痛の始まりである。
 マノロ殿下が有能であれば、そもそも王位継承権など放棄できたものを。
 結局、放棄どころか第二位になってしまった。

「フィルはぐちゃぐちゃ悩んでますが、時間の問題ではないかと。人妻だと思い、諦めている時間が長かったぶん、本当に自分でいいのかという葛藤があるようです」

 全く気付いていなかったが、フィルとヘンリエッタは両想いだったらしい。
 幼いころは三人で会うことも多かったが、ヘンリエッタがマノロ殿下の婚約者になってからはそれもなくなっていた。

(ヘンリエッタさまはもちろん、フィルも普段おちゃらけている割に、いざというときは顔に出ないんだよね)

 べイエレン公爵からの「フィルにその栄誉を」という言葉で陛下が二度も頷いたところを見ると、やはりそれなりの家格の嫡男に降嫁させたかったのだろう。

(ヘンリエッタさまを思ってというより、女性を粗末に扱う王というイメージをつけたくないんだろうなぁ)

 どことなく風見鶏のようにも見える陛下の政は、隠しきれない虚ろな瞳に現れているように思えた。


「アレクサンドラ王女からのお返事は如何でしたか?」

 アレクサンドラは、ヴィヴィアン殿下の婚約者候補の王女の名だ。

「色よいお返事をいただいたよ。お若いが、とてもしっかりなさっている。追って、バルバリデ王陛下から正式な承諾の手紙が届くそうだ」

 レイの問いに、ロジェは感心したように応えた。
 そういう女性を見つけてくるロジェが有能ということでもある。

「では、届き次第、議会で報告を。ほぼ決定事項ではあるが、しばらくは忙しない日々となるだろう。二人には世話になる」

 ヴィヴィアン殿下の言葉に、ロジェと二人で深々とお辞儀をした。

(すっかり為政者の顔になられた……)

 ヴィヴィアン殿下は、女性を明確に避けていた。
 マノロ殿下の妃が、元侯爵令嬢だったこともあり、ヴィヴィアン殿下が王太子妃より格上の公爵令嬢のマイナと婚約することに関して、王妃が難色を示していた。

 もしヴィヴィアン殿下の婚約者がマイナであれば、王位を継いでも継がなくてもどちらでも過不足はなかったのだが、王妃の機嫌を損ねるという面倒な問題があった。

(だからヴィヴィアン殿下とマイナの結婚は、実は難しかったんだよね……陛下は結婚させたかったみたいだけど)

 ヴィヴィアン殿下の年代は、マイナ以外では伯爵家のご令嬢しかいない。
 たまたま高位貴族のご令嬢不足であったことは仕方のないことだが、彼女たちのうちの誰かを婚約者にしていたらと思うとぞっとする。
 ヴィヴィアン殿下が王太子となる場合、伯爵令嬢では問題が生じていただろう。
 必ず物申す者が出てくる。

 その場合、他国の王女を正室として迎え入れることになる。王女を側室にはできないからだ。
 そうなれば元婚約者が側室にという話になり、それをご令嬢が受け入れられなければ婚約解消、なんてこともあり得た。

 ヴィヴィアン殿下も婚約者を傷付けたことに心を痛めるし、そこに愛があれば政のためとはいえ簡単に割り切れるものでもない。

(婚約者交代なんてことにならなくて本当によかった。傷付く殿下など、見たくない)

 それもこれも、ヴィヴィアン殿下がマノロ殿下のように、女性に対して軽率な行動を取らずにいてくれたお陰である。
 思慮深いヴィヴィアン殿下に、そっと尊敬の念を送るレイであった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
恋愛
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

処理中です...