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59.夜
しおりを挟む「痛っ……」
ベッドに横になるだけのつもりが、いつの間にか寝ていたらしい。
マイナは体を起こすと、ベルを鳴らした。
うつぶせで寝てしまったせいで体が痛い。
ニコは慌てて入って来ると、マイナに頭を下げた。
「どうしたの?」
「申し訳ありませんでした。実は、休みの日に深酒をしてしまい、記憶がなく……それをヨアンに助けてもらったというのに、余計なことばかりに気を取られ、失敗を取り戻そうとするあまり、私はマイナさまの求める侍女ではなくなっていたようです……先ほど、ヨアンが教えてくれました。本当に申し訳ありませんでした」
「んんん? お休みの日にお酒飲んで羽目を外したとして、それがダメなことなの? わたくしが気付かなかったということは、仕事には影響してなかったんじゃないの?」
「結局は影響があったのと同じです……申し訳ありませんでした……あの、マイナさま、お体が痛いのでは? そのまま寝ていらしたのですよね?」
「うっかり寝てしまったみたいなの。楽なドレスにしていい?」
「もちろんでございます。すぐにお着替えをいたしましょう」
ニコはそう言って笑顔を見せてくれた。久しぶりの笑顔に、マイナはホッと息を漏らす。
ニコに背中の紐を解いてもらい、息苦しさからも解放された。
「何だかお腹が空いてしまったわ」
「早めの夕食にするとバアルさんに伝えてきますね。今夜も旦那さまは遅くなるとの知らせが先ほど入っておりますので」
「また遅いのー? 今は仕方がないとはいえ、そろそろ休まないと倒れちゃうわ」
「心配ですね」
ドレスを脱いで前あきボタンの緩いドレスを着た。
「ボタンはわたくしがとめるからいいわ。夕食のことをバアルに伝えてきて」
「かしこまりました」
ニコは小さく頷くとすぐに出て行った。
使用人とマイナだけの食卓はどこか寂しい。
美味しいご飯も三割減といったところだ。
(子どもがいたら楽しいのかなぁ……)
こんなとき子どもがいたらどんな感じだろうと、一人で想像することが増えた。
会話が子ども中心の話になるのだろうか。
レイはどんな父親になるのだろうか。
できればレイに似て欲しいとか。
名前はどうしよう、とか。そんなことまで考えてしまう。
食事を終え、湯あみをして再びベッドに横になった。
散々寝てしまった後だから寝入ることはないだろうと油断していたのにまた寝てしまった。
不意に目が覚め、まだレイがベッドにいないことに不安を覚える。
(レイさまの気配がしない……)
嫌な予感がして、ベッドを降り、ガウンを羽織った。
レイの部屋に通じる扉をノックしてみたが返事はない。
そっと扉を開けて中を見ると、部屋は暗いままだった。帰宅したときの香りもしない。
シンプルなレイの部屋をしばらく眺めてから扉を閉めて、マイナの自室のほうへ行く。
胸騒ぎが止まらず、自然と速足になった。
自室から廊下へ通じる扉を開けようとしたところで控えめなノックの音が響く。
勢いに任せて開けると、驚いたシモンが目を見開いて立っていた。
「お目覚めでしたか」
「何があったの?」
「……旦那さまが、王宮に軟禁されました」
「なぜ」
「ヴィヴィアン殿下が王妃さまの手の者に毒を盛られ、意識不明だそうです」
「何てこと!! では、陛下がとうとうレイさまを?」
ヴィヴィアン殿下に万が一のことがあれば、今の王家に連なる血筋の男子はレイしかいない。
マノロ殿下は幽閉後、さらに症状が悪化しているらしいと昨日レイから聞いたばかりだ。
国の政を担えるような状態ではないだろう。
「仰る通りでございます。万が一のときはそのまま旦那さまを王太子とするべく王宮に留めるつもりかと。帰してしまえば大旦那さまに阻まれるのは目に見えておりますから」
「クソったれ!!」
「ハイッ!?」
「ごめんなさい、今のは忘れて。ヨアンッ!!」
暗い廊下から現れたヨアンは、忍者のような口元まで隠れている黒装束をまとっていた。
「魔女の森に行くわ」
「止めても……無駄なんですね?」
「無駄よ。ヨアンとなら朝までには行って帰って来れるわね?」
「僕が行くだけでは?」
「駄目よ。ヨアンでは対価が払えない」
マイナにそう言われてしまえば、ヨアンは頷くほかない。
そして同時に、ヨアンはマイナが前世の惨劇を思い出したことを理解したことだろう。
(ヴィヴィアン殿下を死なせたりはしない。レイさまのことも、取り戻してみせる)
「マイナさま、大丈夫?」
「大丈夫よ。むしろ頭が冴えすぎて怖いぐらいだわ。すぐ支度するわ。例の場所で」
「わかりました。僕はセラフィーナを説得してきます。彼女が一番賢くて足が速いので」
ヨアンと頷き合った。
額に汗を滲ませているシモンに向かって、マイナは女主人として命令する。
「不在の間の判断は全てシモンに任せます。それから、わたくしの身代わりをニコに」
「かしこまりました。すぐに呼んでまいります」
シモンはレイに何かあったときはマイナに従う、という使用人のお手本のように従順な姿勢で頷き、すぐに隣のニコの部屋に向かった。
マイナはクローゼットの奥にしまってあるピンク色のウィッグと乗馬用の衣装と、黒のウイッグを用意し、ベッドの上へ広げた。
ニコが慌てて入ってきたが、説明をしている暇はなかった。
ナイトドレスを脱ぎ捨て、乗馬服を纏い、ピンク色のウィッグを被る。
「ニコ、後は頼んだわよ」
「かしこまりました」
すぐさまマイナのナイトドレスを身につけたニコが、黒のウィッグを被ってベッドへもぐりこんだ。
とうていマイナには見えないが、布団をかぶり、蹲っていればわからないだろう。
屋敷が賊に襲撃された際、ニコはマイナの影武者となる。
それはニコが侍女になったときから決まっていることだ。
今回は襲撃ではないけれど、ニコはマイナが言わんとすることを理解してくれた。
(ニコがニコらしくなってくれて、助かったわ)
ヨアンがいない間、屋敷の警備は手薄になる。
陛下の手の者に探られたときに、マイナが居ないことを知られないための策である。
厨房裏口で待っているとヨアンが来てマイナを抱きかかえ、裏庭に走った。
影に潜むセラフィーナは気配を消していた。
本当に賢い。
早く乗れとばかりに鼻先を小さく振ってくる。
(レイさまを、一緒に取り戻すわよ)
そんな気持ちで首筋を撫で、ヨアンの前に跨った。
セラフィーナは魔女の森までの道を知っているかのように夜を駆けた。
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