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60.魔女
しおりを挟む魔女の森までの道すがら、夜盗の襲撃にあった。
なんなく退けるヨアンは、マイナを抱えたまま片手で剣を振っていた。
セラフィーナは、そんな時でも足を止めることなく進み、ヨアンを助けるように動いていた。セラフィーナは大きな体をどう駆使するかを心得ているようだった。
マイナたちは、一度も歩みを止めることなく、二時間ほどで魔女の森に到着した。
魔女の家は外から見ればただのログハウスで、彼女に用のある者にしか見えないらしい。
扉をノックをすると、五秒ほど経ってから「入れ」という返事があった。静かに古びた扉を開ける。
セラフィーナはいつの間にか小屋の横にある水飲み場で水を飲んでいた。
ヨアンと共に室内に入ると、こじんまりとした空間に魔女がつまらなそうな顔をして座っていた。
(懐かしい……)
ここに来るのは三度目である。
一度目は三歳のとき。
二度目は六歳のとき。
「ごきげんよう、シャンタルさま」
「……来るころだと思ってたよ」
前世でいう煙管のようなものを口にした魔女シャンタルは零れ落ちそうなほどの胸をギリギリのところまで見せたドレスを着ている。
十年前と変わらないその姿に、ただただ懐かしさを感じる。
暖炉の火の揺らめきも、テーブルの上の乱雑さも、それでいてベッドの周りは美しく整えられている、ちぐはぐな魔女の家の、懐かしい景色。
この全てを昨日、ようやく思い出した。
(間に合ってよかった……)
「思い出したんだね」
「ええ」
「わかっているとは思うが、三度目が最後だよ? 最後が一番危険なんだ。お前さん、前に来たときのように取り乱してないじゃないか。むしろスッキリした顔をしている。ここに来る必要はあったのかい?」
ふぅ、と煙をはきだしてシャンタルは頬杖を突いた。
僅かばかり開いているテーブルの隙間に、上手く肘を突いているのが可笑しい。
「今回は解毒薬が欲しいの」
「解毒ぅ?」
「ヴィヴィアン殿下が意識不明よ。救わなければ国が揺らぐわ。そうなればお父さまも、今までのように動けるかわからないわ。レイさまと私を人質に取られるようなものだから」
「それは困ったね。アタシがここで自由に生きていられるのもべイエレン公のお陰だしねぇ」
この世界で言う魔女は魔術を使う。
シャンタルはどういうわけかこの森が好きで、ここに住みたいがために父に囲われている。
べイエレン公爵家の領地内、ここを知る者しか踏み入ってはならない場所である。
「どんな毒でも治せる薬をちょうだい。対価は、私と殿下の想い出よ。一応聞くけど、私が対価として差し出した想い出を思い出したら毒が回るなんてこと、ないわよね?」
「アタシを誰だと思ってるんだい。そんな三流の魔女が作るような薬なんざ作らないさ。でもね、三度目は危険なんだ。他に誰か対価を払える者は居ないのかい?」
「対価として十分な量の想いがある人という意味では、ここの秘密を守れる人の中にはいないわ。探してる時間もないの」
「その想い出に混じる、大事な人との想い出も消えるって、わかってる言ってるんだね!?」
「わかってるわ」
迷いはない。
記憶は、いつか取り戻せるということを知っているからだ。
抜けてしまった記憶のざわめきにも慣れている。
心のどこかがポッカリと穴があいたかのような虚しさも。
もう二度も経験した。
でも。
いまヴィヴィアン殿下を失えば、殿下だけでなくマイナが大好きなレイも失うだろう。
この胸騒ぎは尋常ではない。
記憶と共に第六感が戻ったからわかるのだ。
レイを思い通りに動かすためなら、今の陛下は何でもする。
「……顔に合わない喋り方するんじゃないよ。記憶を失った後のぼんやりしたあんたのほうが可愛くてアタシは好きだよ」
「じゃあ、やってくれるのね? 対価は足りる?」
「アンタたち幼馴染だろう? 多いぐらいだよ。一つ聞くけど、殿下への恋心は? 人妻なんだし、むしろそっちを対価にしたほうがスッキリするよ?」
「全くもってこれっぽっちも艶めいた感情はないの。純粋な友情だけよ?」
「そうかい。気の毒なことで」
「なんでよ!?」
「まったく色気がないねぇ……ま、できるだけ負担がかからないようにやってやるよ。とはいえ繊細な作業で疲れるんだ。アタシみたいな婆さんにやらせるんじゃないっつうの。あーいやだ。ホントにね、今日は酒も呑まずに待ってたんだよ。信じられないよ、このアタシが。丸くなっちまってさ、歳かね!?」
「まだお綺麗よ」
「そうかいそうかい。あんたはいつになったら、おっぱいがおっきくなるんだよ。ぺったんこじゃないか」
「失礼ね! 私だって脱いだら凄いのよ!!」
「どうだか」
シャンタルはテーブルの上のたくさんの物を手で払いのけた。
ガシャガシャと音を立てて物が落ちていったが、いつものことだ。
前回、同じものを見たヨアンも涼しい顔をしていた。
「お前、またいい男になったね。そろそろアタシの男にならないか?」
「お断りします」
「つれないねぇ……」
シャンタルは煙管を置き、マイナに手をかざした。
マイナは目を瞑る。
脳内を何かが巡るような気配と共に意識が遠のいていった。
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