62 / 125
62.門番
しおりを挟む「タルコット公爵夫人が乗っておられるのだぞ、どういうことだ?」
王城の門の前で、御者が声を荒げた。
温厚なお爺ちゃんだというのに声を張り上げ、マイナの命に従い頑張ってくれている。
「本日はお通しできません」
「理由は?」
「私共にはわかりかねます」
カールに視線を送ると、馬車の扉を開けてマイナの手を取った。
馬車から降りて、一歩一歩、優雅に見えるよう、ゆっくりと歩を進める。
門番の二人が息を呑んだのがわかる。
本来であれば、門の前で公爵夫人が降りることなどない。
公爵夫人と直に対面するのも初めてのことだろう。
「主人に会いに来ましたの。通してくださらない?」
マイナは小首を傾げて目をうるうるさせた。
マイナの背後にはお仕着せをキッチリと着込んだニコとミリアが控えている。
長いドレスの裾を引きずらないよう、そっと手を添えているのだ。
「申し訳ありません、通達により、本日はその……議会に参加する方以外は……」
「わたくし、昨日から主人に会っていませんの。心配で心配で……わたくし、その…… まだ新婚で……こんなに長い時間離れるのは初めてで、不安で仕方ありませんの」
零れ落ちんばかりの黒い濡れた瞳を向けられ、門番二人は再び息を呑んだ。
記憶と第六感が戻ったマイナは、自分の容姿が庇護欲をそそるということを重々承知していた。
今まではぼんやりしていたが、今のマイナは違う。
この容姿を活かさない手はない。
マイナはヨアンと屋敷に戻ると、ニコとミリアに命じて、ピンク色のリボンのたくさんついた、ぶりっぶりのマイナが一番苦手とするドレスを着た。
ピンクは好きだが、ぶりっぶりは何となく避けていた。前世の記憶のせいだと思う。
このドレスは完全に母が面白がって作ったものであったが、マイナの幼さと可愛さを存分に引き立てる素晴らしい品である。もちろん一級品だ。
髪の横にはレイからもらったサクラの花の髪飾りと耳飾りを付けており、全身ピンクに包まれるマイナは、どこからどう見ても幼妻である。
そうして身支度を整え、すぐさまカールとティモとニコとミリアを伴い、登城したというわけである。
ヨアンはヴィヴィアン殿下の元へ潜入するべく別行動だ。
そちらにマイナが付いて行っても足手まといになるだけなので、マイナはマイナの仕事をするためだ。
「お願い。一目だけでいいの。主人に会わせて?」
両手を前で組んで、懇願する。
とうとう零れ落ちたマイナの頬を流れる涙に、門番は怯む。
チラチラと、門番の二人は視線を交わし合っている。
「おい、聞くだけ聞いてみろよ」
「無理だろう、昨日から厳戒態勢だし」
「議会も始まっていない、こんな早朝からいらしているんだぞ? 手紙だけでももらってこれないか?」
「そうは言ってもなぁ」
(そうよ、その調子。存分にぐらぐらしなさい)
心の中ではほくそ笑んでいたが、顔は涙に濡れていた。
ぼんやりしていたころは、無表情は得意であったがウソ泣きは苦手だった。
今は息を吸うように泣ける。
「お願い、ね? 一目でいいの。無事を確認したら、大人しく帰りますから」
スススと、ぐらつく門番の方へにじりよる。
絶世の美女ではないが、若く瑞々しい美少女である。しかも庇護欲をそそる幼妻。
桃色に色づく、ふっくらした頬に伝う涙を存分に見せつけた。
「うっ」
うめき声と共に、ぐらつく門番が一歩下がった。
マイナはその一歩を見逃さない。
その隙に門へと近づく。
「それ以上入られては困ります」
頑なな門番が、すっとマイナの前を塞ぐように手をかざしてきた。
(待ってましたー!!)
「きゃあああああああああああ」
耳をつんざく悲鳴が早朝の王城に響き渡った。
城に反響して、マイナの悲鳴は想像以上によく響いた。
悲鳴と共に大げさに倒れたマイナに、ニコとミリアもまた大げさな悲鳴をあげる。
続いてカールとティモの怒号が響く。
さらに、ぐらついていた門番が血相をかえて、手をかざした頑なな門番の胸倉を掴んで何かを叫んでいた。
それぞれの叫び声が大きすぎて誰が何を言っているのか聞き取れないほどだ。
「奥さまああああ!!!!!」
もう一押しとばかりにカールがマイナに覆いかぶさるフリをしながら叫ぶ。
さすがに近いから何を言ったか聞こえたが、耳が痛い。
(お前、声大きいな……)
「大丈夫ですか!! 奥さまー!! 奥さまー!!」
カールの声の大きさのせいで他のメンバーがちゃんと予定通りに動いているのか確認できなくて不安だが、ここは信じて任せるしかない。
うっうっと泣きながらマイナは首を振った。
「胸を、触られました」
(ごめん、門番。国のために我慢してくれ。ヴィヴィアン殿下を死なせるわけにはいかない。ちょっとばかり騎士団に捕らえられてしまうかもしれないが、すぐに救出するので許してくれ)
「なんてことだー!! 貴婦人の体を触った挙句、突き飛ばすとはー!! 貴様ー!! 自分のやったことがわかっているのかー!!」
門番に掴みかかるカールは大立ち回り担当である。
ティモはちょっと照れながら、そうだそうだとまくしたてるように小刻みに動いていた。
(ティモの演技は三十点よ。女子は上手いわねぇ)
カールがマイナから離れたことで、門番二人にニコとミリアが涙ながらに訴えているのがよく見えた。
やれマイナさまがお怪我をとか。
無体を働かれた、この始末はどうするんだとか。
ニコの方が過激だった。
美人の怒気ってやっぱり怖い。
半分本気なんじゃないかとさえ思った。
(でも百二十点よ!!)
騒ぎがどんどん大きくなり、城から騎士や夜勤明けのくたびれた門番や、野次馬根性のメイドなど、わらわら出てきた。
マイナは、婦女子に優しいと評判の騎士を見つけて、こっちに来て欲しいとしきりにアピールをした。
誰かが彼のことを、とにかく優しいと噂していたのを覚えていただけなのだが、今日この日に出会えたのは幸運である。
彼のことはこれからフェミ君とこっそり呼ぼう。
フェミ君はすぐにやってきて、マイナを支え起こそうとしてくれたが、足を挫いてしまったようで立てない。
(なんなのこの体!! 運動不足にもほどがあるわよ!!)
「騎士さま、わたくし、主人に会いに来ただけですの。それなのに、む……」
ううっ。
これ以上は自分の口からは言えない。
ちゃっかり、可哀そうな夫人をアピールしておく。
元から濡れたように潤んだマイナの瞳である。
無骨な印象の騎士、フェミ君も「うっ」と声を漏らした。
フェミ君の腕に寄り掛かるようにして泣き崩れたマイナを、カールが守るように支える。
「奥さまは、門番にお体を触られた挙句ー!! 突き飛ばされたのです!!」
悔しそうに唇を噛みしめるカール。
そっと胸のあたりを触られたというジェスチャーを忘れない。
(お前も百二十点よ!!)
あとは、この騒ぎに乗じてヨアンがヴィヴィアン殿下に解毒薬を飲ませることさえできれば!!
何とかなる!!
多分!!!!
(ヨアン、頼んだわよーーーー!!)
0
あなたにおすすめの小説
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
藤原ライラ
恋愛
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――
子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。
彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。
「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」
四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。
そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。
文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!?
じれじれ両片思いです。
※他サイトでも掲載しています。
イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる