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62.門番

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「タルコット公爵夫人が乗っておられるのだぞ、どういうことだ?」

 王城の門の前で、御者が声を荒げた。
 温厚なお爺ちゃんだというのに声を張り上げ、マイナの命に従い頑張ってくれている。

「本日はお通しできません」

「理由は?」

「私共にはわかりかねます」

 カールに視線を送ると、馬車の扉を開けてマイナの手を取った。
 馬車から降りて、一歩一歩、優雅に見えるよう、ゆっくりと歩を進める。

 門番の二人が息を呑んだのがわかる。
 本来であれば、門の前で公爵夫人が降りることなどない。
 公爵夫人と直に対面するのも初めてのことだろう。

「主人に会いに来ましたの。通してくださらない?」

 マイナは小首を傾げて目をうるうるさせた。
 マイナの背後にはお仕着せをキッチリと着込んだニコとミリアが控えている。
 長いドレスの裾を引きずらないよう、そっと手を添えているのだ。

「申し訳ありません、通達により、本日はその……議会に参加する方以外は……」

「わたくし、昨日から主人に会っていませんの。心配で心配で……わたくし、その…… まだ新婚で……こんなに長い時間離れるのは初めてで、不安で仕方ありませんの」

 零れ落ちんばかりの黒い濡れた瞳を向けられ、門番二人は再び息を呑んだ。

 記憶と第六感が戻ったマイナは、自分の容姿が庇護欲をそそるということを重々承知していた。
 今まではぼんやりしていたが、今のマイナは違う。
 この容姿を活かさない手はない。



 マイナはヨアンと屋敷に戻ると、ニコとミリアに命じて、ピンク色のリボンのたくさんついた、ぶりっぶりのマイナが一番苦手とするドレスを着た。
 ピンクは好きだが、ぶりっぶりは何となく避けていた。前世の記憶のせいだと思う。
 このドレスは完全に母が面白がって作ったものであったが、マイナの幼さと可愛さを存分に引き立てる素晴らしい品である。もちろん一級品だ。
 髪の横にはレイからもらったサクラの花の髪飾りと耳飾りを付けており、全身ピンクに包まれるマイナは、どこからどう見ても幼妻である。

 そうして身支度を整え、すぐさまカールとティモとニコとミリアを伴い、登城したというわけである。

 ヨアンはヴィヴィアン殿下の元へ潜入するべく別行動だ。
 そちらにマイナが付いて行っても足手まといになるだけなので、マイナはマイナの仕事をするためだ。


「お願い。一目だけでいいの。主人に会わせて?」

 両手を前で組んで、懇願する。

 とうとう零れ落ちたマイナの頬を流れる涙に、門番は怯む。
 チラチラと、門番の二人は視線を交わし合っている。


「おい、聞くだけ聞いてみろよ」

「無理だろう、昨日から厳戒態勢だし」

「議会も始まっていない、こんな早朝からいらしているんだぞ? 手紙だけでももらってこれないか?」

「そうは言ってもなぁ」


(そうよ、その調子。存分にぐらぐらしなさい)

 心の中ではほくそ笑んでいたが、顔は涙に濡れていた。
 ぼんやりしていたころは、無表情は得意であったがウソ泣きは苦手だった。
 今は息を吸うように泣ける。

「お願い、ね? 一目でいいの。無事を確認したら、大人しく帰りますから」

 スススと、ぐらつく門番の方へにじりよる。
 絶世の美女ではないが、若く瑞々しい美少女である。しかも庇護欲をそそる幼妻。
 桃色に色づく、ふっくらした頬に伝う涙を存分に見せつけた。

「うっ」

 うめき声と共に、ぐらつく門番が一歩下がった。
 マイナはその一歩を見逃さない。
 その隙に門へと近づく。

「それ以上入られては困ります」

 頑なな門番が、すっとマイナの前を塞ぐように手をかざしてきた。

(待ってましたー!!)

「きゃあああああああああああ」

 耳をつんざく悲鳴が早朝の王城に響き渡った。
 城に反響して、マイナの悲鳴は想像以上によく響いた。

 悲鳴と共に大げさに倒れたマイナに、ニコとミリアもまた大げさな悲鳴をあげる。
 続いてカールとティモの怒号が響く。

 さらに、ぐらついていた門番が血相をかえて、手をかざした頑なな門番の胸倉を掴んで何かを叫んでいた。

 それぞれの叫び声が大きすぎて誰が何を言っているのか聞き取れないほどだ。


「奥さまああああ!!!!!」

 もう一押しとばかりにカールがマイナに覆いかぶさるフリをしながら叫ぶ。
 さすがに近いから何を言ったか聞こえたが、耳が痛い。

(お前、声大きいな……)

「大丈夫ですか!! 奥さまー!! 奥さまー!!」

 カールの声の大きさのせいで他のメンバーがちゃんと予定通りに動いているのか確認できなくて不安だが、ここは信じて任せるしかない。

 うっうっと泣きながらマイナは首を振った。

「胸を、触られました」

(ごめん、門番。国のために我慢してくれ。ヴィヴィアン殿下を死なせるわけにはいかない。ちょっとばかり騎士団に捕らえられてしまうかもしれないが、すぐに救出するので許してくれ)


「なんてことだー!! 貴婦人の体を触った挙句、突き飛ばすとはー!! 貴様ー!! 自分のやったことがわかっているのかー!!」


 門番に掴みかかるカールは大立ち回り担当である。
 ティモはちょっと照れながら、そうだそうだとまくしたてるように小刻みに動いていた。

(ティモの演技は三十点よ。女子は上手いわねぇ)

 カールがマイナから離れたことで、門番二人にニコとミリアが涙ながらに訴えているのがよく見えた。

 やれマイナさまがお怪我をとか。
 無体を働かれた、この始末はどうするんだとか。

 ニコの方が過激だった。
 美人の怒気ってやっぱり怖い。
 半分本気なんじゃないかとさえ思った。

(でも百二十点よ!!)

 騒ぎがどんどん大きくなり、城から騎士や夜勤明けのくたびれた門番や、野次馬根性のメイドなど、わらわら出てきた。

 マイナは、婦女子に優しいと評判の騎士を見つけて、こっちに来て欲しいとしきりにアピールをした。
 誰かが彼のことを、とにかく優しいと噂していたのを覚えていただけなのだが、今日この日に出会えたのは幸運である。
 彼のことはこれからフェミ君とこっそり呼ぼう。

 フェミ君はすぐにやってきて、マイナを支え起こそうとしてくれたが、足を挫いてしまったようで立てない。

(なんなのこの体!! 運動不足にもほどがあるわよ!!)

「騎士さま、わたくし、主人に会いに来ただけですの。それなのに、む……」

 ううっ。
 これ以上は自分の口からは言えない。
 ちゃっかり、可哀そうな夫人をアピールしておく。
 元から濡れたように潤んだマイナの瞳である。
 無骨な印象の騎士、フェミ君も「うっ」と声を漏らした。

 フェミ君の腕に寄り掛かるようにして泣き崩れたマイナを、カールが守るように支える。

「奥さまは、門番にお体を触られた挙句ー!! 突き飛ばされたのです!!」

 悔しそうに唇を噛みしめるカール。
 そっと胸のあたりを触られたというジェスチャーを忘れない。

(お前も百二十点よ!!)

 あとは、この騒ぎに乗じてヨアンがヴィヴィアン殿下に解毒薬を飲ませることさえできれば!!

 何とかなる!!

 多分!!!!

(ヨアン、頼んだわよーーーー!!)



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