【完結】なんちゃって幼妻は夫の溺愛に気付かない?

咲楽えび@改名しました(旧 佐倉えび)

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63.影

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「まぁ、今日は早いのね。どうしたの?」

「うん。なんだか門の辺りが騒がしいんだ。みんなを集めて見に行ってあげてくれないかな? 誰か怪我したみたいで心配なんだけど、僕はこれから急ぎの仕事があって」

「わかったわ。いつもお仕事頑張ってて偉いわね」

 ヨアンの頭を撫でたキッチンのメイドは、休憩中のメイドを集めて門に向かってくれた。
 ヨアンの名前も年齢も知らない彼女は、ヨアンに対して自分の子どものように接してくれるので、城に来るたびに話をしているうちに、お菓子をくれるようになった。

 ヨアンは、こういう善意の塊みたいな人物を見つけるのが得意だ。
 次はランドリーメイドとハウスメイドの元を訪れ、先ほどと同じ会話を繰り返した後、ヴィヴィアン殿下の変装をして城の中を闊歩した。

(金髪碧眼で良かった~! みんな王子の顔なんて間近で見れないんだから、わかりゃしないよね!)

 何故ここにと言わんばかりの顔をしている奴には、キリッとした顔をつくって「門の辺りが騒がしい、人を募って見て来い」なーんて指示をしちゃう。
 ヴィヴィアン殿下の眉の寄せ方や口調をいつも見ていたから、このぐらいはお手の物である。
 ちょっと変だな、なんて思ったところで普通の使用人は疑問なんて口にできない。
 不敬だからだ。

 すいすいと誤情報を流しながら王宮の深部に向かった。

(昨日のうちに調べておいてよかった)

 ヨアンは一足先に王宮の騒ぎを聞きつけていた。
 というか城にいた。
 ちょっとばかり嫌な予感がしたから探っていたのだ。

(止められれば一番よかったんだけどね。一歩遅かった……)

 ヴィヴィアン殿下は私室ではなく、いつ死んでもいいような扱いの部屋にいる。
 裏口からそっと棺を出せるような寒い部屋で、扉の前には夜勤の騎士が一人立っていた。

「えっ」

 騎士が間抜けな声をあげた。
 変装メイクもしてるから、多分このレベルの騎士にもバレない。
 ヨアンは堂々と声をかけた。

「お前は何を守っている?」

「いえ、あのっ」

「まさか中に誰かいるとでも?」

「あの、それは……」

 戸惑う騎士は、扉とヨアンを交互に見ている。

 今回の毒事件は、騒ぎを最小限にしたいがために事情を知っている人物を絞っている。
 この騎士も、ヴィヴィアン殿下が中にいるというところまでしか知らないのだろう。
 ヴィヴィアン殿下が倒れた本当の理由を知っている人は、ごく僅かだ。

 殿下の身の回りの世話をしている人たちから離し、殿下はここに押し込められた。
 陛下は早々にヴィヴィアン殿下のことを諦めたらしい。
 その後、すぐにレイを軟禁した。
 大方、今日の議会でレイを王太子にすることを決定しようとしているのだろう。

 レイが軟禁されたことが、きちんとタルコット公爵家に伝わったのはエラルドの子飼いの間者のお陰だ。
 現在はエラルドもレイと共に軟禁されている。

(軟禁される直前に、屋敷に緊急事態を伝える指示を出せるんだから、エラルドも結構いい仕事するよねぇ)

 ヨアンが城を調べて屋敷に戻ってみれば、ちょうどシモンがマイナさまに事の顛末を伝えている最中だった。
 どうやってシモンに伝えるか、考えあぐねていたので助かった。

(僕はシモンには距離を置かれているから、こういう時やりにくよね)


「その部屋は囮だ。伝達は来てないのか?」

「はい、申し訳ございません」

「ラッセルは何をやっている!?」

 覇気と共に近衛騎士団長の名を出せば、扉の前の男はビクリと体を震わせた。

「もうこの扉の前に騎士は不要だ。今は城門のあたりが騒がしい。手の空いている騎士を集め、城門に向かえ!!」

「直ちに!!」

(やばー。三流だよ、あれ)

 走り去る騎士の背を目で追う。

(三流で助かったけどね)

 再起不能にしてしまう可能性があるから、事情を知らないような下っ端の騎士のことは切りたくない。
 抵抗されなくてよかった、と思いながら扉を開けて室内に入った。
 燭台の明かりは、天蓋のカーテンの前に立つ人物を浮かび上がらせている。

「久しぶりだなぁ、セリオ」

「僕はヨアンだよ、兄上」

 唇を歪ませてヨアンを見ている男は、実の兄ではない。

 暗部は見込みのある子どもを引き取っては、痛みや快楽に屈しない手練れに育成する。
 その過程は非常に陰惨だ。
 傷は治療も施されないまま放置されるし、不意打ちで毒を盛られたりもする。
 水を与えられず、泥水をすすることなど日常茶飯事だ。

 多くの者が息絶えていく中、生き抜いた者だけが暗部となり王家の影として尽くす。
 生きる希望など見出せるはずもないが、時折そのことがより自分を高めるという考えの変態が誕生する。
 それがまさに、目の前に立つ兄弟子のウリッセだ。
 彼は陛下の影である。

(ウリッセがここにいるということは、陛下も黒か……)

 侍医もメイドもいないことから、ヴィヴィアン殿下が陛下に切り捨てられたのは事実だ。
 まだ息があるというのに。

(破天荒と呼ばれていた大旦那さまでさえ、まともに見えてくるよねぇ)

 屈折しているだけで、大旦那さまならレイを見捨てたりしないだろう。
 本当に屈折していて面倒くさい人物だけれど。

(毒に慣らされている上に警戒心の強いヴィヴィアン殿下に毒を飲ませることができる人物なんて、ウリッセぐらいしかいないもんねぇ……)


「お嬢ちゃんに飼われて緩んだ間抜けな面になったな。腕も落ちたんじゃないのか?」

「兄上も、飼い主がまともならもっと幸せになれたのに。今からでも遅くないよ?」

「幸せ? くだらない。お前には心底ガッカリした」

「ふーん。別にいいよ」

 正直に言えば、力の差はあまりない。
 嫌でも長期戦になるだろう。

(手加減はできないな)

 バレないよう深呼吸をして、目の前に立つウリッセに切りかかった。




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