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64.魔窟
しおりを挟む陛下の側近であるマルクスが、食事を持って現れた。
「昨晩から何も口にされていないとか? 少しでもいいので食べていただけませんか?」
「それに毒が混入されていないという保証は?」
一人掛けのソファーに座ったレイは、視線だけをマルクスに向けた。
閉じ込められた部屋には窓がない。
体感ではそろそろ朝になるのではないかと思われた。
理不尽な軟禁への苛立ちの炎は、静かに燃え続けている。
(マイナが不安になっていないといいのだけれど……)
「私が毒見をしましょう」
離れた場所で、レイを警戒するような眼差しでマルクスが答える。
「そんな場所での毒見では信用できないな。私の元に運ばれるうちに混入できてしまうだろう? もう少し近寄ってはどうだ?」
マルクスは仕方なさそうに歩を進め、先ほどより近い場所で立ち止まった。
「昨日から申しあげておりますが、レイさまを害するつもりはありません。貴方さまを失えば、アーサー・タルコット卿が継承権第一位になってしまいます。それは陛下のお心の安寧には繋がりません」
「それのどこが悪い? 父のほうが王家の血は濃いだろう?」
「父親の純度でいえば、そうかもしれませんが。失礼ですがアーサーさまの母上は元侍女で、身分の低いお方ですから」
「私はその侍女の孫だぞ?」
今は亡き、父に似た祖母を思い出すと切なくなる。
彼女だって好きで王家の子を生んだわけではない。
たまたま美しさゆえに手を付けられ、生んだのが男児だっただけ。
(陛下はヴィヴィアン殿下を虐げていないように見えていたが……私の認識が甘かったらしい……)
「そうやってヴィヴィアン殿下のことも虐げてきたというわけか。あの聡明な方を失うなど、国の損失でしかないというのに」
「レイさまの母上は由緒正しいグートハイル侯爵家ですよ。メイドの子などと、比べるまでもないでしょう。子を産むのは母親の役目。母親の血筋こそ大切だと陛下はお考えです」
マルクスの唇が歪んだ。
ヴィヴィアン殿下の母上もまた陛下に手を付けられ身籠った人である。
レイを王太子にという声は根強くあった。
ヴィヴィアン殿下とも、レイと殿下の身分については難しいところだという話は何度も交わされた。
議論し尽くしたと言ってもいい。
二人の間では、すでに笑い話だ。
ヴィヴィアン殿下は間違いなく陛下の子である。
侍医の診察や閨の記録が残されている。
殿下の母上がフェドー伯爵の養女となり、側室として召し上げられたため、殿下は王位継承権を持つ王子になった。
「もっとも、ご側室さまも、いまごろは黄泉の国へ旅立たれたことでしょう」
「なんだと!?」
「そのように驚かれずとも、政というのは血が流れるものですよ」
「馬鹿な!!」
ヴィヴィアン殿下は笑いながら王宮での肩身の狭さを受け入れていた。
王妃に差し向けられた毒を回避し、帝王学を学び、剣術を身に着け、出来の悪い兄に代わって政務をこなしていた。
少しでも母上の立場をよくしようと、己の力をつけるために努力し、王子としての役割を全うしていた。
それなのに。
ヴィヴィアン殿下だけでなく、彼が大切にしていた母上にまで毒を盛るとは。
狂ってる――――
(ヴィヴィアン殿下の婚約者候補だったマイナと私の結婚がすんなり了承されたのも、このためだったのか……? マイナなら王妃として血筋に問題がない……もしや、ヨアンの所有権を放棄したように見せかけてべイエレン公爵家を探らせていた? 我が家も? いや、ヨアンに限ってそれは無いか……)
ヴィヴィアン殿下への毒の混入が発覚したのは、レイが帰宅しようとエラルドと城を出ようとしたときだった。
陛下の護衛騎士に拘束され、すぐさまこの部屋に閉じ込められた。
恐らくはエラルドや宰相も、どこかで軟禁状態だろう。
(この間に議会で採択し、私を王太子にするつもりだろうな)
「お若いですねぇ。ですが、それもいいでしょう。歳を重ねていくうちに深みが増すというものです。ヴィヴィアン殿下亡きいま、レイさまが王太子となる他、道はないのです。さ、こちらをどうぞ」
マルクスはスープをひと口掬い、飲み込んだ。
口を開けて、飲み込んだことをアピールしている。
レイは立ち上がってマルクスに近付くと、勝ち誇った顔をしているマルクスの口に拳をねじ込んだ。
「っ、ご、がが」
食器が派手な音を立てながら落ち、砕け散った。
「私はね、普段は猫を被っているんだよ。それはそれは大きな猫をね。本来の私は父に似て激情型なんだ。これが王家の血だよ。薄汚くて粘着質で、猟奇的。ヴィヴィアン殿下の美しさは奇跡なんだよ」
モゴモゴとよだれを垂らしながら喚くマルクスの口にハンカチを噛ませ、両手をマルクスの首に巻かれていたタイを使って拘束した。
マルクスの胸元を探るとナイフが出てきたので、それを首元に食い込ませながら扉を蹴る。
番をしていた騎士が驚愕の表情で立ちすくんでいた。
「中に入って私のフリをしていろ」
舐められたものだ。
扉前の番が一人とは。
都合がよすぎて思わず笑ってしまった。
「早くしろ。私は今、とても機嫌が悪い」
マイナを守るためと言いながら、レイとヴィヴィアン殿下はヨアンに稽古をつけてもらいながら腕を磨いた。
今でも鍛錬は欠かさない。
この通り、王宮は魔窟だからだ。
この程度の騎士ではレイの相手にはならない。
顎で扉のほうを示せば、震えながら騎士が室内に入っていった。
マルクスのポケットから鍵を取り出し、扉を閉める。
「ロジェさまの居場所を教えろ。わかっているとは思うが、間違っていた時点でお前を殺す。私に迷いはない。わかるな?」
ガクガク震え出したマルクスが頷く。
その後、廊下の先のほうだと顎を動かしたのでそちらに向かった。
「ここか?」
マルクスは壊れた仕掛け人形のようにコクコク頷いた。
先ほどの鍵の束から、この部屋の鍵を探し出してゆっくり回す。
(見張りの騎士がいない?)
そんなことあるだろうか。
疑問に思いながら薄く扉を開けた。
風を切る音が聞こえる。
咄嗟にマルクスを盾にしたら、マルクスの腹にナイフが突き刺さった。
目を凝らして室内を見ると、ぐったりしたエラルドが床に倒れていた。
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