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68.再会

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 マイナは救護室で足首の手当てをしてもらい、再び義父の抱っこで城内を進んだ。
 カールは義父が気に入ったようで、先ほどからチラチラと様子をうかがっている。
 義父は堂々たる姿で城を歩いている。

(なんだか人が少ないわね……)

 いつもなら騎士を見かける場所に騎士が一人も立っていない。
 時折すれ違う人が驚いた顔をしてマイナと義父を交互に見ているが、気軽に話しかけることができる人はいないようだ。

「縦に抱いてもいいか?」

「はいっ、大丈夫ですっ、お手数おかけして申し訳ございませんっ」

 幼子のようで恥ずかしいが、痛くて歩けないので仕方がない。
 義父は慣れた手つきでマイナを縦に抱いた。
 腕が立派なので腰かけやすい。

(……お尻が、とか考えちゃだめ、考えちゃだめ)


「荒事にならないともいえないから我慢してくれ」

 マイナが何を考えているのかバレたのだろうか。
 義父に笑いを堪えるような顔をして言われた。
 マイナは真っ赤な顔をして頷いた。

 義父はカールの方を向くと、小さな声で聞いた。

「名は?」

「カールです」

「ん。サンジェ」

「はっ」

 義父のサンジュと呼ばれた護衛が前に出た。

「カールと連携しろ。居そうな場所はしらみ潰しで行く」

「御意」

 レイを探すのだろう。
 義父は猛スピードで歩き出した。
 ニコとミリアが心配だったが、二人は唇を引き結んで懸命に足を運んでいた。ほぼ走っていると言ってもいい。
 ティモが二人を気にしながら歩いてくれてはいるが、荒事になったときはどうなるだろう。

(人質に取られたりしない? 置いていった方がよかったかな?)

 置いていったらめちゃくちゃ怒りそうである。
 特にニコ。
 マイナから離れたくないはずだ。
 逆の立場なら同じことを思う。

(カールもヨアンに鍛えられて強いはずだから大丈夫。サンジェも隙がないし)

 チラリと見た義父の侍従も手にナイフを持ってギラギラした目をしていた。

(みんな荒事に慣れてるのね)

 次々に怪しいと思われる部屋があばかれていく。
 カールが扉を開ければサンジェが中に入り、サンジェが開ければカールが入る。
 その間、扉前で義父と侍従が睨みを利かせていた。

「ここも居ません」

 サンジュの報告に頷く義父の横顔を眺めた。

(レイさまと一緒にいるみたいで安心する)


 徐々に進むうち、王城の深部ともいえる場所にさしかかった。
 義父は一度マイナを抱き直し、どこからかナイフを取り出した。

 いよいよだろうか。

 入ったことのない場所にさしかかり、騎士が壁にもたれ、気絶しているのが見えた。
 カールとサンジェの表情が険しくなっていく。

 歩く度に、隠されるように倒れている騎士が次々目に付いた。
 義父は一瞥もくれずに部屋の確認を急ぐ護衛たちの後を堂々と歩いた。
 四方に警戒を怠っていないようだ。

 いくつもの部屋を通り過ぎ、扉の数も減ってきたと思われたときのこと。
 カールが止まれとばかりに右手を前に出した。

「話し声が聞こえるので探って来ます」

 義父は頷き、サンジェに顎をしゃくった。
 頷いたサンジェは武器をナイフに切り替え、構えながらカールの後ろを追う。

 扉に耳を当てたカールが、おもむろに扉を開ける。
 金属をはじく音が聞こえたのは一瞬のことだった。

「なんだぁ。カールか。ナイフ投げちゃったよー」

 ヨアンの声だ。

「お義父さま、ヨアンの声です」

 頷いた義父が歩を進める。
 カールが嬉しそうに尻尾をブンブン振りながら室内に入ってしまった。

「兄貴、血だらけじゃないっすかー!!」

「馬鹿、静かにしろ」

 ヴィヴィアン殿下の声だ。
 上手くいったのだろう。
 逸る気持ちに、義父の肩に乗せていたマイナの手に力がこもった。
 義父はマイナに「よかったな」という顔を向けて、背をトントンと優しく叩いてくれた。
 すでにナイフは納めていたらしい。

 いよいよ室内というところでレイが飛び出してきた。

「マイナ!? なぜ父上と!? 父上、マイナから離れてもらえませんか?」

 レイは酷い顔をしながら、義父を捲し立てた。

「お義父さまは足を挫いたわたくしを助けてくださったのです」

「足を、なぜ?」

 義父は喚くレイを無視して部屋に入り、ヴィヴィアン殿下に声をかけた。

「殿下、ご無事で何よりです」

 目の前には血色のいい、綺麗なヴィヴィアン殿下が抜き身の剣を持ったまま立っていた。

「このような場所から申し訳ございません。ヴィヴィアン殿下、ご無事で何よりでございます」

 マイナも義父に続いた。
 腕の上からで申し訳ないが、まずはヴィヴィアン殿下に挨拶しなければいけない。

「うむ。叔父上も来て下さったのだな。感謝する。それからマイ……タルコット夫人」

「はい」

「そなたとヨアンのお陰で私はこうして立つことができている。ありがとう」

 正式な礼は後ほど、と有難いお言葉を頂戴したので頭を深く下げた。
 レイが傍に来てくれたのが香りでわかった。

「レイさまもご無事で、本当によかっ……」

 ようやく会えた。
 こんなにも会いたかったのかと驚くほど自然に声が詰まり、涙が溢れた。

「手が、手を、怪我された……の、ですか?」

 レイの手が伸びて、マイナの涙を拭ってくれた。
 その手の甲から血が流れていた。

「こんなものは擦り傷だ。それよりマイナの足のほうが心配だ。マイナ、こちらへ」

 レイが両手をマイナのほうへ伸ばす。
 マイナは頷き、義父に降ろしてと言おうとすると、  体がレイから遠ざかってしまった。

(あれ?)

「父上……」

 レイが怒気を孕んだ声を出した。

「娘を抱っこするのは父の務めだ」

「こんなときに、貴方は何を……」

「見ろ、マイナちゃんもすっかり私の腕に馴染んだ」

 義父の腕に乗るマイナの尻をレイが凝視している。

(やめて!? こんなときにやめてね!?)

 義父に掴みかかろうとしたレイをヴィヴィアン殿下が笑いながら止めた。

「レイ、ここは叔父上に任せろ。傷を負った手で夫人を抱いて、万が一落としたら危ない」

「……ッ」

 唇を噛みしめたレイは、ちょっぴり可愛い。

(いやだわ、こんな時なのに。私ってば不謹慎よね)

 雫がわずかに残っていた目元は、義父のお陰ですっかり乾いてしまった。



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