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69.謁見の間
しおりを挟むヴィヴィアン殿下率いる、マイナ陣営は揃って謁見の間に向かうことになった。
(ヨアン、よくやったわ)
酷い怪我をしていても笑っているヨアンに頷いた。
ヨアンは命がけで使命を全うした。
褒めなければ。
(怪我の心配をするのは後よ)
カールは護衛の顔に戻り、心配そうにしているティモとミリアも前を向いた。
ニコだけが泣きそうな顔で唇を噛みしめていたが、それには目を瞑ることにした。
エラルドも酷い怪我をしたらしい。
心配だが、ヴィヴィアン殿下の配下の者が手当にあたってくれているという。
(それにしても、今日はいちだんとロジェさまが怖いわ)
ヴィヴィアン殿下毒殺の実行犯だとされる男の髪を掴んで引きずって歩いている。
男は意識はあるようだが無抵抗だった。
一言も言葉を発しない宰相の本気の怒気を目の当たりにすると、普段怖いと思っていた彼の視線など可愛いものだといえる。
ヴィヴィアン殿下は実行犯を突き付け、陛下に退位を促すらしい。
王妃ではなく、陛下が主犯とのことで、マイナの心はかなり乱れた。
ヴィヴィアン殿下のみならず、母親である側室にまで毒を盛られた可能性があるらしい。
悔しくて、やるせなくて、腹立たしくて仕方がない。
けれども、マイナはそれを顔に出すことはできなかった。
一番複雑な想いを抱えているのはヴィヴィアン殿下だからだ。
聞いていた義父は眉ひとつ動かさなかった。
「殿下のお心のままに」
王になると言ったヴィヴィアン殿下に、義父は頭を下げた。
歴史が変わった瞬間であった。
「よいのか? 叔父上が王になるという道もあると思うが?」
「私は一度も王になりたいと思ったことがないので。むしろ聡明なヴィヴィアン殿下が王になったこの国を見てみたいですね」
「そうか。では協力してくれるな?」
義父は静かに頷いた。
おそらく、ヴィヴィアン殿下も王座に興味などなかったのではないだろうか。
婚約者候補から外れたマイナには知る由もないが、マノロ殿下の補佐に邁進しているように見えたからだ。
そんなことを考えていたら、不意にヴィヴィアン殿下の視線を感じたけれど、殿下は何でもないというように首振って前を向いた。
なぜ謁見の間に向かうのかはわからなかった。
義父はまるで何かを知っているかのように「では謁見の間へ」と言い出し、皆がそれに頷いたのだ。
ワインレッドの絨毯が敷き詰められた廊下に出ると、城の顔ともいえる謁見の間に到着した。
扉の前に陛下の護衛と、近衛騎士団長のラッセルと、騎士が数名立っていた。
皆、あからさまにヴィヴィアン殿下を見て驚いている。
少なくとも、ヴィヴィアン殿下が毒で倒れたことを知っていることがわかった。
(この中で、陛下が主犯だと知る者は何人いるのかしら?)
誰が敵で、誰が味方なのか。
義父はもちろん、レイも静かな表情のままだ。
「どうした? 死人でも見たような顔をしているな?」
ヴィヴィアン殿下が笑った。
穏やかな殿下らしからぬ、挑発するような声だった。
「ご無事で、何よりでございます」
すぐに答えたのはラッセルだった。
ラッセルは、宰相が引きずっている男を鋭く見つめた。
「その者は?」
「ヴィヴィアン殿下、毒殺未遂の実行犯だ」
「何っ!? それは本当か!?」
宰相の前に一歩踏み込んだラッセルが叫んだ。
(うん。ラッセルは敵ではなさそう。演技には見えない)
マイナに対する先ほどの態度も、城が厳戒態勢で危ないから帰れと言いたかったのだろう。
むしろ職務に忠実な人だ。
「詳細はこれから吐かせますが」
「そういうことなら騎士団で預かろう」
「お断りします。そちらに渡して、吐かせないうちに潰されては困るので」
宰相が冷たく言い放った。
「ロジェ、お前は我ら騎士を愚弄するつもりか?」
「騎士が共犯ではないとは言い切れませんので」
「お前のそういうところが気に食わん!!」
「ええ、私も兄上の頭の固さが好きではありませんね」
「なんだとっ!!」
兄弟喧嘩の勃発である。
近衛騎士団長のラッセルと宰相のロジェは水と油のカヌレ兄弟と呼ばれ、有名だ。
マイナも揃っているところは初めてみたが、噂通りのようだ。
カヌレ伯爵家嫡男のラッセルは真面目過ぎて自分にも他人にも厳しいと言われ、三男のロジェは頭が切れ過ぎて誰もついていけないと言われている。
(カヌレさまって呼ばれると区別がつかないから、お二人とも名前か役職名で呼ばれることが多いのよねぇ)
カヌレ伯爵家は騎士を多く輩出する由緒正しい家柄である。
次男も騎士だ。
ロジェもまた、幼いころは騎士を目指していたらしく、腕っぷしは相当なものらしい。
怪我しているとはいえ、ヨアンが男を引きずるのをロジェに任せていることからも相当だろう。
(それにしても……陛下の護衛は真っ黒ね)
カヌレ兄弟がやり取りしている間も顔色がどんどん悪くなっている。
ヴィヴィアン殿下と義父とレイも、陛下の護衛を凝視していた。
「お前ら、兄弟喧嘩はあとにしろ。中へ入る」
ヴィヴィアン殿下のよく通る声が二人を遮った。
「お、お待ちください」
「なんだ、バリー。王子の私を通せない理由があるのか?」
「へ、陛下が人払いをされました」
「だからなんだ? なぜ、お前が私を止める? それとも、何か知っているのか? たとえば、私を殺そうとしたのが父である、とか?」
陛下の護衛のバリーは『なぜそれを』という顔をして口を開けたあと、はっとして慌てて首を振ったが遅かった。
周りにいた騎士たちが全員その表情を見てしまったからだ。
「まさか」
誰からともなく声が漏れた。
陛下が主犯であるという可能性を皆が意識した瞬間であった。
「開けろ」
騎士の一人に指示したヴィヴィアン殿下は、胸を張って腰に携えた剣の柄を握った。
誰もが動けない中、扉を開けたのはラッセルだった。
その表情は、どこかでその可能性を考えていた人のように見えた。
ゆっくりと開かれる絢爛豪華な扉。
その先に居たのは――
部屋をキョロキョロ見回しながら徘徊している陛下と、その様子を静かに見つめる父であった。
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