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70.蝶々
しおりを挟む「おじさんたち、だあれ?」
謁見の間の扉は大きく、全て開くとほぼ全員の顔が見える。
義父に抱き上げられているマイナには、陛下の怯えた顔がよく見えた。
「あなたは、ぼくのお兄さん?」
ヴィヴィアン殿下を見た陛下は首を傾げた。
「おとうさん?」
今度は義父を見て言った。
「どういうことだ?」
あまりにも異様な光景に、ヴィヴィアン殿下の呟きが響いた。
広い謁見の間を、ウロウロする陛下の姿は異様なものだった。
「ヴィヴィアン殿下、ご無事で何よりでございます。安心いたしました。陛下のご様子は私にもわかりません。急遽、登城せよとの仰せに従い訪れたのですが、先ほど急にこのような状態になられて。私も今、誰に助けを求めたらよいものかと悩んでいたところです」
父は低頭してヴィヴィアン殿下に報告をした。
騎士たちは見てはいけないものを見てしまった顔をしている。
陛下はしきりにヴィヴィアン殿下と義父の顔を見ているので、血の繋がりのある人はわかっているように見える。
(まさか、シャンタルさまの術? でもいらっしゃらないし……誰が何を対価に何を得たのかもわからないけれど)
陛下の護衛のバリーは、口を開けたまま放心している。
(よくわからないけど、ヴィヴィアン殿下にとってはチャンス?)
陛下のこの姿を見た人は、国を任せることはできないと考えるだろう。
誰もが立ち止まり、固まってしまった場面で、一番初めに口を開いたのは義父だった。
「兄上はご自分の罪の意識に耐えられなかったのでは?」
「と、言いますと?」
「レイのところにきたマルクスが、ヴィヴィアン殿下に毒を盛ったのは陛下だと話したようでな」
「なんと……」
父は驚き、目を見開いた。
「わた、私は、べイエレン公爵が怪しいと思います!!」
バリーが遮るように声を上げた。
「私が?」
「そうだ!! べイエレン公が陛下に人払いを要求し、誰かと陛下を会わせようとしていた!! あれはきっと、魔女だ!!」
「魔女だと? おかしなことを言う。変わった術を披露する、魔法師なら知っているが。魔女などというものは、お伽噺だ」
「陛下は信じてました!!」
「なるほど……陛下は私を呼ぶ前からすでにご乱心だったと、そういうことか?」
「そうではない!!」
「では、貴殿のいう魔女というものがこの世に存在するとして、どうやって扉の前にいた貴殿らの目をすりぬけここに立ったと? 陛下をこのような状態にした目的は? 方法は?」
「それは……私にはわかりかねますが」
「わからないことでそのように責められても困るな」
「では、ここで陛下と何を話されていたのですか!?」
「……ヴィヴィアン殿下、私がここで陛下からお聞きしたことを話す許可を頂けますか?」
「許可しよう」
「ありがとうございます。実は、陛下はこのようなご様子になられる前、ヴィヴィアン殿下が息を引き取られたと嘆いていらっしゃったのです。同時に、ご自身の後を継ぐ者の不在を嘆いておられました。既に結婚し、公爵位を継いでいるレイ殿を王太子とするよりも……若い妃を娶り、陛下の子を王太子にしたいとお考えになったようです」
「そんなはずはない!! 陛下からそのような計画など、私は聞いたことがない!!」
バリーの大声に驚いた陛下は、父の陰に隠れてしまった。
「バリー、静かにしろ。今、お前に発言の許可は与えていない」
ヴィヴィアン殿下はバリーを睨んだ。
「も、申し訳ございません」
「公爵、続きを」
「はい。そこで、べイエレン公爵領に住まう有名な爺を呼んで欲しいとお願いされました。彼は生薬という草木の葉や根を煎じたものを症状に応じて飲ませるのですが、これが驚くほどよく効くのです。胃腸虚弱や頭痛、時には腰痛など……様々な症状に効くのですが、陛下はその……もう一度子を成すために、男性機能をお強くなさりたいと……このように、書面までしたためてくださいました。生薬を口にして私や爺が咎められないようにと、そう仰ってくださったのですが……」
父は沈痛な面持ちでヴィヴィアン殿下に書面を渡した。
「うむ。確かにこれは父上の筆跡だ。ロジェ」
書面を手渡されたロジェも頷き、次に義父に手渡された。
「間違いありませんね」
義父が読む際、わざとマイナに見えるようにしてくれた。
何があっても父を罪には問わないと書かれていた。
「その書面を頂いたので、一度領に戻り、爺を連れてくるお約束をしたのですが、その後から急にご様子がおかしくなり、混乱しているうちに今に至ります。一体何が起こっているのか、私にもさっぱり……」
オロオロする父は善良な臣下の顔をしていた。
バリーだけが唇を噛みしめ、父を睨んでいる。
ラッセルや、他の騎士たちはむしろバリーを訝し気に見ていた。
「バリー、お前は父上が私を害したことを知っていたのだな?」
ヴィヴィアン殿下が聞いたこともないような低い声で問うた。
騎士たちからの疑うような視線に耐えかねたバリーは、吐き捨てるように言う。
「……王子とは名ばかりの、下賤な血筋のくせに」
「なるほど。お前も母上の血筋を蔑んでいたのか。残念だ。王妃の代わりに公務を担い、国に尽くしたのは母上だと思っていたのだが」
側室は王妃から面倒な公務を全て押し付けられていた。
王妃は夜会や式典など、煌びやかな場にしか出席しないことで有名だった。
「ラッセル、バリーを拘束しろ」
ラッセルは直ぐに動き、バリーを拘束した。
「私はこれから議会に出席する。ロジェ、マルクスを証人として議会に臨む。ミケロが拘束しているから連れて議会室へ」
「はっ」
「ラッセル、ロジェだけでは手が足りぬ。力を貸せ」
「はっ」
ロジェはウリッセを引きずったまま踵を返して退出した。
ラッセルも拘束したバリーを連れてロジェに続いた。
「レイ、傷の手当てをした後、議会に出席を」
「かしこまりました」
「べイエレン公爵も出席してくれると助かる」
「仰せの通りに」
「叔父上はいかがなさいますか?」
「……私は一度、屋敷へ戻ります」
義父がマイナを見て、少しだけ笑った。
屋敷に送ってくれるのだろう。
「では、叔父上も後ほど。タルコット夫人、此度は大変世話になった」
「勿体ないお言葉にございます」
深く頭を下げたマイナの前を、何かが駆け抜けていった。
騎士の誰かが「陛下っ」と慌てた声を上げた。
マイナが顔を上げたときには、騎士たちが一斉に陛下を追って駆けだした後だった。
陛下は「蝶々! 蝶々!」と言いながら右に左に蛇行しながら城の中央へ駆けていく。
「ヴィヴィー!?」
そのとき、謁見の間に側室のソフィアがナイフを片手に現れた。
美しい金の髪は乱れ、蒼い瞳と頬には泣きはらした痕がある。
王宮侍女のお仕着せを着ていた。
誰かに入れ替わりを頼んだのだろう。
「母……上……」
「無事……だったの?」
「はい……母上も、よくぞご無事で」
「ミケロがいつものように毒混入の合図をくれたの。慌てた様子で、あなたのことは間に合わなかったと泣いていたわ。私も……私だけ生き残っても意味がないから、いっそ毒を飲んで死んでしまおうと思ったけれど……イレナを説得して、身代わりを頼んで離宮から出て来たの。どうせ死ぬなら、その前に、あの人を刺」
「母上、それ以上仰ってはなりません。私は生きていますし、父上はもう、あのような姿に……」
蛇行していた陛下は人の多い場所まで到着してしていた。
議会に参加する貴族も集まり始めている時間だ。
悲鳴にも似たざわめきに交じり、陛下の「蝶々」という叫び声が響く。
「これは私が預かっておきましょう。これからは私が母上を守ります」
ソフィアからナイフを取り上げたヴィヴィアン殿下は、彼女を強く抱きしめていた。
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