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78.晩餐

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「ヨアン、そろそろそのだらしない顔を止めないとニコに嫌われるぞ?」

雑多な仕事を終え、マイナの部屋まで来てみると、扉の前にヨアンとカールが立っていた。
何やらマイナの部屋では女子会なるものが開催されており、追い出されたという。

(女子会とは……?)

マイナの前世の言葉だろうか。

「やっぱり旦那さまもそう思いますか!? 今日ぐらい浮かれてもいいかなって思ってたんですけど、どうもニコはこの顔が嫌いらしくて」

「……気の毒だな」

「ハッキリ言われたわけじゃないんですけどー」

「当たってるんだろ?」

「……たぶん」

「お前がそう思うなら、たぶん当たってると思うぞ?」

ヨアンは悲壮な顔をして天を仰いだ。
カールはそんなヨアンを楽しそうに見ている。
からかっているというより、ヨアンの傍にいるのが嬉しいというような雰囲気だ。

声をかけながらマイナの部屋の扉をノックした。
すぐに返事が聞こえる。
扉を開くと、三人が抱き合って泣いていた。

「どうした? 何があった? 大丈夫か?」

「感極まってるだけなので、大丈夫です」

マイナは強く頷きながらも、ニコだけでなくミリアの肩も抱こうとしている。
遠すぎて肩に手が届いておらず、プルプル震えているのが可愛いかった。

「感極まっているところ悪いが、マイナを借りてもいいか? ニコとミリアは今日はもう上がるといい。ご苦労さま。今日は心配をかけたね」

ニコとミリアが涙を拭きながら立ち上がって頭を下げた。

「マイナ、厨房に行って晩餐のメニューを考えよう。恐らく父上がこちらに帰ってくるころだろうから」

「わかりました」

ニコとミリアがマイナのドレスを整え、泣いていた顔も綺麗に拭ってストールをまとわせてくれた。
二人に労いの言葉をもう一度かけてからマイナを抱き上げる。

廊下に出ると、カールが後ろから付いて来た。
ヨアンはニコと共に客室に戻ったようだ。

「エラルドは大丈夫でしょうか」

「うん。骨は折れてないと言っていたから、目が覚めれば帰って来るとは思うが」

今はそれだけが心配だった。
厨房でバアルとメニューについて話し合い、デザートはマイナの食べたい物をということになり、マイナが無性に食べたいというプリンアラモードになった。

「でも、お義父さまはプリン……大丈夫でしょうか」

「あの人は食べ物の好き嫌いはないからね。見た目と違ってそれほどお酒も飲まないし、案外、甘いもの好きだから気に入るかもよ?」

「それならよかったです。なぜかわからないんですけど、無性に食べたくて。そういえば、レイさまはカレーもご存知だったのですね……」

「うん」

マイナは必死に思い出そうとしているようだ。
記憶の扉が開くのは早いかもしれない。
でも。

「マイナ。無理しなくていいんだよ。私が覚えているから」

「…………そっかぁ。うん、わかった」

不意にマイナらしい笑顔になり、嬉しくなったレイは厨房だというのにマイナの頬に口づけていた。
イーロが真っ赤な顔をしてそっぽを向いたのが可笑しかった。

「父上が到着したかな?」

玄関ホールが騒がしくなった。
父が屋敷に到着したのだろう。

マイナを抱えたまま玄関ホールに向かうと、父の護衛のサンジェに支えられながらエラルドも帰ってきた。
エラルドは腫れている顔を上げて叫んだ。

「レイさま、ご無事でしたか!!」

「うむ。心配をかけた。お前は酷い怪我だな。大丈夫なのか?」

「折れてないので平気です。ちょっと頭を殴られた時に意識が飛んでしまって。見た目は酷いですが、結構手加減されてたと思います」

「そうか。ずいぶん無茶をしたな。だが、それだけ喋れれば大丈夫か?」

「はい」

エラルドは包帯を巻かれた頭を振って頷く。

「エラルド、無事で何よりです。ご苦労さまでした」

「奥さま、ありがとうございます。奥さまは足を怪我されたと聞きました。痛みますか?」

「いいえ。立ち上がらなければ平気です。おそらくエラルドのほうが痛いと思いますよ」

「そうっすね」

珍しくマイナの前で砕けた口調で笑うエラルドは、吹っ切れたような顔をしていた。

「父上も、エラルドを連れ帰って下さって、ありがとうございます」

「ん」

「何ですか?」

父は両手をマイナに向けて差し出してきた。
まさかとは思うが、一歩後ろに下がって距離をあけた。

「なぜ離れる?」

「嫌な予感がするので」

「娘を抱くのは父の役目だ」

「父と言っても義理ですから距離は必要です」

「今日はずっと抱いていた」

「その言い方はやめてもらっていいですか?」

「マイナちゃんは、どっちがいい?」

捨て猫みたいな顔をして、今度はマイナに訴えている。

(そんな顔で聞かれたら断りにくいだろう!!)

「レイさまでお願いします!!」

「えっ」

「嫌でしたか!? 手が痛みますか!?」

「いや、痛くないし、嬉しいよ」

以前のマイナなら困った顔をしたまま何も言えずにいたような気がする。
ハッキリと答えてくれるとは思わず、驚いたが嬉しい。

「お義父さま、今日は大変お世話になりました。抱っこはレイさまでお願いします。晩餐のご用意をしております。お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

「晩餐だけとは言わず、しばらく滞在するからよろしく」

「左様でございますか。承知致しました。お義母さまもいらっしゃいますか?」

「ん。明日には」

「それはようございました。お会いできるのが楽しみですわ」

(待て待て待て待て)

どういうことだ。
あっという間に父が滞在する流れになってしまった。
この様子だと、今回の滞在も長そうだ。

ギロリと父を睨むと、それはそれは嬉しそうな顔をして笑った。

(絶対に面白がってる!!)

今回はかなり世話になったので、帰れとも言えない。
確かに父の立場を考えれば、しばらくは王都にいたほうがいいのだが。
父が大人しくしているはずがない。
レイの居ない間にマイナを連れ歩いたりしそうである。

嫌な予感に歯を食いしばるレイであった。



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