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81.和食

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 マイナは厨房でレイの用意してくれた高椅子に座り、バアルとイーロの仕事を眺めていた。

 もうすぐ義母が到着するという先触れがあった。
 義父はレイも城からもうすぐ戻るという。

 義父は昨日の晩餐でプリンアラモードを二つも食べた。
 本来であればお子さまのメニューといえるプリンアラモードをおかわりするイケオジな義父。
 なかなか破壊力のある絵面であった。
 しかも無言。
 そして表情もほぼ変わらないまま給仕に「もう一つ」と呟いたあの横顔……。

(うーん……ギャップが凄いわ)

 義父はどこからどう見ても大酒飲みの辛党に見える。
 レイとそっくりではあるが、レイよりも少々野性的な感じがするのだ。

(レイさまとは違った意味で女が放っておかなそう……)

 近くで接してみるとよくわかる。
 前世で不倫をしていた友だちが好きそうな男性だと思った。
 危うい色気があるのだ。

 登城する前、ジッとマイナを見つめていた義父のあの表情。
 あれは……。

 新しいデザートを所望されている気がしてならない。
 マイナに前世の記憶があることは知っているのだろう。
 特に何を聞かれるわけでもなかったが、期待に満ちた瞳(全く表情は変わらず)だけが向けられた。

(いっそ、思いきって和に全振りしてみるのはどうだろう?)

 なぜか以前のマイナは義母が滞在していたとき、隠れてお米を食べていた。
 なぜ隠すのだろう?
 今となっては不思議である。
 第六感とそれに付随するシャンタルの記憶と混じって戻ってきた本来の気質からすると、隠す理由がわからないのである。

 あれは日本人らしさからだろうか?
 それとも、前世日本での惨劇が自分の巻いた種という後ろめたさや、あの男に散々言われた「箱入り娘だね」だの「君のやってる仕事って家事手伝いだよね? 労働じゃないよね?」だの「全く生産性がない日々だね」などの言葉が、呑み込んでしまった針のようにチクチクと心を蝕んでいたからだろうか?
 あの男に言われた言葉を思い出した今のマイナからすれば「犯罪者のお前が言うな!!」という内容ばかりではあるが、当時はとても気にしていたのだ。

(無意識下にある感情って厄介ということかしら……)

 それとも、公爵夫人が料理をすること自体が隠すべきことと捉えていたのか……考えてもよくわからない。
 わからないのは、今のマイナも何かの記憶が……おそらくはレイにまつわるどこかの記憶がないからだろうか?

 そのレイに対しても、そんなこと悩むぐらいならさっさと聞いてしまえばいいのにということがたくさんあった。
 あの犯罪者が「愛してる」などと言いつつ、祖父の作品を横流しさせるための駒にしようとしたのだから「愛してる」という言葉を聞くと、無意識で不安を感じていたのも無理もないが。
 それにしたって鈍感過ぎたし、気持ちを伝えるのが下手過ぎた。

 だがしかし。
 それと同時に、レイはそのちょっともどかしいぐらい鈍感で不器用なマイナを好きになったらしい、ということも理解してしまうのだ。

(なんて、じれったい!!)

 マイナはレイに愛されていたことに今さらながらに気付いてしまった。
 気付いてしまったが、それが第六感を失っていた以前の自分であるというジレンマ。
 それゆえに、これからマイナはどう振舞うべきか、という非常に厄介な問題に頭を悩ませていた。

 正直にいってしまえば、バアルとイーロの作業を見ているようで見ていなかった。

「はぁ……」

「やはり、お料理を見ているだけでは退屈ですよね?」

 バアルが気を使って話しかけてくれた。
 そうではないので、首を振った。

「いいえ。少々ネタ切れというか。目新しいものを所望されるとかえって緊張するというか、駄目と言われたら食べたいのに、披露せよという雰囲気になると迷うというか」

「なるほど。私は奥さまのお料理はどれも好きですが、湯豆腐なんかはシンプルなのに、これがどうして奥深い。あの土佐醤油なるものの罪深さには舌を巻きますね」

「それ!! そうよ、湯豆腐があったわ!! さすがバアルね!! 確かに、あれは和食を受け入れられるかの登竜門かもしれないわ」

 大げさである。
 だが、正直助かった。

「今日は湯豆腐を取り入れてみましょう。前菜はヒラメのカルパッチョで。オリーブオイル、塩、こしょう、そこに醤油をほんの少し垂らしたもので作って、湯豆腐への味の流れをつくりましょう。パセリも散らしてね? お義母さまは変わったものが苦手かもしれないので、お義母さまの好物はバアルが選んで作っておいてちょうだい」

「承知しました」

 何もデザートだけで義父を喜ばせようとしなくてもいいのだ。
 問題は米である。

「お米って披露しても大丈夫かしら?」

「そうですねぇ。大旦那さまは喜ばれるような気が致します。好奇心が旺盛な方ですから」

「そう? では、湯豆腐の反応を見て、明日の朝食を和食にしてみようかしら?」

「それはいいかも知れません。私も最初は和食とは何だろうと思っていたのですが、一人前を全て食べ終えたときのあの満足感。お腹にもよくて栄養のバランスもよく、心まで満たされる感覚は素晴らしいです。朝食では特にそれを感じますね。まかないでも大人気ですよ」

「あら、本当? それは嬉しいわ。特にお味噌汁は健康にもいいしね」

「お味噌は不思議な調味料ですね。砂糖を加えて甘くして食材にからめても美味しいですし」

 マイナはバアルの言葉に深く頷いた。
 味噌と醤油は日本人の宝だと思う。

 悩みに悩んだ湯豆腐は、義父だけでなく到着して間もなかった義母にも好評だった。
 普段それほど口数の多くない義母が「ずっと馬車に揺られていて疲れていたから優しい味が嬉しい」と微笑んでいたのだ。

(この流れは和食にもっていける流れだわ!!)

 歓喜するマイナをレイが目を細めて見ていたのでコクコク頷いておいた。
 とりあえず、レイの愛するマイナが今のマイナではない件については考えるのをやめた。
 義母と義父を和食通にするというミッションのほうが優先順位が高いと思えたからだ。

(お義母さまには『金木犀』の商品も見てもらって、意見を聞いたりしちゃおう!!)

 避けるのではなく巻き込む。
 二人から嫌われていないからこそ可能な戦法ではあるが、それを使わない手はない。
 マイナは和食への期待に胸を膨らませたのであった。

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