【完結】なんちゃって幼妻は夫の溺愛に気付かない?

咲楽えび@改名しました(旧 佐倉えび)

文字の大きさ
81 / 125

81.和食

しおりを挟む
 



 マイナは厨房でレイの用意してくれた高椅子に座り、バアルとイーロの仕事を眺めていた。

 もうすぐ義母が到着するという先触れがあった。
 義父はレイも城からもうすぐ戻るという。

 義父は昨日の晩餐でプリンアラモードを二つも食べた。
 本来であればお子さまのメニューといえるプリンアラモードをおかわりするイケオジな義父。
 なかなか破壊力のある絵面であった。
 しかも無言。
 そして表情もほぼ変わらないまま給仕に「もう一つ」と呟いたあの横顔……。

(うーん……ギャップが凄いわ)

 義父はどこからどう見ても大酒飲みの辛党に見える。
 レイとそっくりではあるが、レイよりも少々野性的な感じがするのだ。

(レイさまとは違った意味で女が放っておかなそう……)

 近くで接してみるとよくわかる。
 前世で不倫をしていた友だちが好きそうな男性だと思った。
 危うい色気があるのだ。

 登城する前、ジッとマイナを見つめていた義父のあの表情。
 あれは……。

 新しいデザートを所望されている気がしてならない。
 マイナに前世の記憶があることは知っているのだろう。
 特に何を聞かれるわけでもなかったが、期待に満ちた瞳(全く表情は変わらず)だけが向けられた。

(いっそ、思いきって和に全振りしてみるのはどうだろう?)

 なぜか以前のマイナは義母が滞在していたとき、隠れてお米を食べていた。
 なぜ隠すのだろう?
 今となっては不思議である。
 第六感とそれに付随するシャンタルの記憶と混じって戻ってきた本来の気質からすると、隠す理由がわからないのである。

 あれは日本人らしさからだろうか?
 それとも、前世日本での惨劇が自分の巻いた種という後ろめたさや、あの男に散々言われた「箱入り娘だね」だの「君のやってる仕事って家事手伝いだよね? 労働じゃないよね?」だの「全く生産性がない日々だね」などの言葉が、呑み込んでしまった針のようにチクチクと心を蝕んでいたからだろうか?
 あの男に言われた言葉を思い出した今のマイナからすれば「犯罪者のお前が言うな!!」という内容ばかりではあるが、当時はとても気にしていたのだ。

(無意識下にある感情って厄介ということかしら……)

 それとも、公爵夫人が料理をすること自体が隠すべきことと捉えていたのか……考えてもよくわからない。
 わからないのは、今のマイナも何かの記憶が……おそらくはレイにまつわるどこかの記憶がないからだろうか?

 そのレイに対しても、そんなこと悩むぐらいならさっさと聞いてしまえばいいのにということがたくさんあった。
 あの犯罪者が「愛してる」などと言いつつ、祖父の作品を横流しさせるための駒にしようとしたのだから「愛してる」という言葉を聞くと、無意識で不安を感じていたのも無理もないが。
 それにしたって鈍感過ぎたし、気持ちを伝えるのが下手過ぎた。

 だがしかし。
 それと同時に、レイはそのちょっともどかしいぐらい鈍感で不器用なマイナを好きになったらしい、ということも理解してしまうのだ。

(なんて、じれったい!!)

 マイナはレイに愛されていたことに今さらながらに気付いてしまった。
 気付いてしまったが、それが第六感を失っていた以前の自分であるというジレンマ。
 それゆえに、これからマイナはどう振舞うべきか、という非常に厄介な問題に頭を悩ませていた。

 正直にいってしまえば、バアルとイーロの作業を見ているようで見ていなかった。

「はぁ……」

「やはり、お料理を見ているだけでは退屈ですよね?」

 バアルが気を使って話しかけてくれた。
 そうではないので、首を振った。

「いいえ。少々ネタ切れというか。目新しいものを所望されるとかえって緊張するというか、駄目と言われたら食べたいのに、披露せよという雰囲気になると迷うというか」

「なるほど。私は奥さまのお料理はどれも好きですが、湯豆腐なんかはシンプルなのに、これがどうして奥深い。あの土佐醤油なるものの罪深さには舌を巻きますね」

「それ!! そうよ、湯豆腐があったわ!! さすがバアルね!! 確かに、あれは和食を受け入れられるかの登竜門かもしれないわ」

 大げさである。
 だが、正直助かった。

「今日は湯豆腐を取り入れてみましょう。前菜はヒラメのカルパッチョで。オリーブオイル、塩、こしょう、そこに醤油をほんの少し垂らしたもので作って、湯豆腐への味の流れをつくりましょう。パセリも散らしてね? お義母さまは変わったものが苦手かもしれないので、お義母さまの好物はバアルが選んで作っておいてちょうだい」

「承知しました」

 何もデザートだけで義父を喜ばせようとしなくてもいいのだ。
 問題は米である。

「お米って披露しても大丈夫かしら?」

「そうですねぇ。大旦那さまは喜ばれるような気が致します。好奇心が旺盛な方ですから」

「そう? では、湯豆腐の反応を見て、明日の朝食を和食にしてみようかしら?」

「それはいいかも知れません。私も最初は和食とは何だろうと思っていたのですが、一人前を全て食べ終えたときのあの満足感。お腹にもよくて栄養のバランスもよく、心まで満たされる感覚は素晴らしいです。朝食では特にそれを感じますね。まかないでも大人気ですよ」

「あら、本当? それは嬉しいわ。特にお味噌汁は健康にもいいしね」

「お味噌は不思議な調味料ですね。砂糖を加えて甘くして食材にからめても美味しいですし」

 マイナはバアルの言葉に深く頷いた。
 味噌と醤油は日本人の宝だと思う。

 悩みに悩んだ湯豆腐は、義父だけでなく到着して間もなかった義母にも好評だった。
 普段それほど口数の多くない義母が「ずっと馬車に揺られていて疲れていたから優しい味が嬉しい」と微笑んでいたのだ。

(この流れは和食にもっていける流れだわ!!)

 歓喜するマイナをレイが目を細めて見ていたのでコクコク頷いておいた。
 とりあえず、レイの愛するマイナが今のマイナではない件については考えるのをやめた。
 義母と義父を和食通にするというミッションのほうが優先順位が高いと思えたからだ。

(お義母さまには『金木犀』の商品も見てもらって、意見を聞いたりしちゃおう!!)

 避けるのではなく巻き込む。
 二人から嫌われていないからこそ可能な戦法ではあるが、それを使わない手はない。
 マイナは和食への期待に胸を膨らませたのであった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
恋愛
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

処理中です...