82 / 125
82.捧げる
しおりを挟む王妃、フェオレッラは憤っていた。
本来であればフェオレッラまで毒を盛られる予定だったことを、マルクスが白状したからだ。
「なぜ、わたくしがクレメンテなんぞに毒を盛られなければならぬのだ!!」
そもそも、マノロがあのような不出来な息子であることもクレメンテの血筋のせいではないか。
(わたくしの髪がこんなに地味なこげ茶色でなければ、もっと条件のいい国へ嫁げたというのに)
大国、プレミニラの第二王女だったフェオレッラは気位だけは高かった。
姉である第一王女が絶世の美女と呼ばれ、他国からも自国からも求婚者が後を絶たなかったのに対して、フェオレッラに婚姻を申し込んできた国は二国。
自国では婚約者候補と囁かれた男はすぐに他の令嬢と婚約を結んだ。
(それも全て、わたくしの存在に怯える姉さまが仕組んだこと……)
姉が自分の価値を高めるために婚約を妨害していたのだろうと、フェオレッラは考えた。
地味な髪色というだけでフェオレッラとて王女。
その辺りに転がる石ころのような女とはわけが違う。
だがフェオレッラに怯える姉のため、フェオレッラは仕方なく他国に嫁ぐことを決めた。
ベツォ国は治安もよく、そこそこ大きい国だったので仕方なく選んだに過ぎない。
特筆すべき点はなく、不満をあげれば星の数ほどあった。
一番気に食わなかったのは、夫となったクレメンテが地味なぼんやりとした色と顔の男だったせいで、息子までパッとしない容姿に生まれついてしまったことだ。
下賤な血筋の生まれのくせに美しいソフィアとヴィヴィアンには、腹いせに何度も毒を盛った。
姉と同じ色を持つ二人の顔を見るたびに祖国での仕打ちを思い出したせいでもあった。
「お前は何をぐずぐずしている。わかっているのであればクレメンテを捕らえよ」
生意気にも騎士に囲まれ、フェオレッラを見下すような視線を向けるヴィヴィアンに叫んだ。
マルクスのことは、後ろ手に結ばれた縄を騎士の一人が引っ立てて出て行った。
「あなたには母と私への数々の毒殺未遂の嫌疑がかかっている。しかし罪を認め、悔い改めるというのであれば、あなたには父の介護という名誉を与えよう」
「介護だと? 最近姿を見ないと思ったら奴はもうボケたのか」
鼻で嗤ってやった。
「それならマノロのいる塔にでも閉じ込めておけ」
そう叫ぶと、ヴィヴィアンは騎士の一人に目配せしていた。
そもそも、この部屋に許可していない男が入るなど不敬極まりない。
「偉そうな態度だな。わたくしはお前が次代の王などと認めないからな」
「ご随意に」
てくてくと頼りない足音が近付いてきたのでヴィヴィアンから視線を移すと、阿呆面をしたクレメンテがフェオレッラを見つめていた。
〇 〇 〇
王妃フェオレッラの私室に、ヴィヴィアンは騎士らと共に訪れていた。
マルクスが部屋を出て行き、代わりに父が入室する。
「だあれ? このおばあさん」
「婆、、」
贅を尽くした部屋で、彼女は呆けた顔をした。
その対比があまりにも滑稽だった。
フェオレッラの顔を覗く父は首を傾げていた。
しわがれた声から紡ぎ出される幼児のような言葉。
ヴィヴィアンは既に慣れたが、初めて目にしたのであれば言葉が出ないほど驚くだろう。
「おにいさま、このおばあさんはだあれ?」
「あなたの母上だよ」
「僕の? ぜんぜんきれいじゃないよ? ぼくのおにいさまも、おとうさまもきれいなのに、どうして?」
「さあ、どうしてだろうね?」
顎が外れそうな顔をしたフェオレッラに視線を向けながら冷たく言い放つ。
母がどれだけ父とこの女に苦しめられてきたか、考えれば考えるほど腸が煮えくりかえる。
「冗談じゃない。こんな阿呆になったなんて」
震えるフェオレッラに追い打ちをかけた。
「父と兄と、北の塔で親子三人で仲良く暮らしていただけますね?」
「馬鹿な!!」
「それとも裁判の後、毒をあおりますか? 元から父の側近らは、あなたにその役目を与える予定だったようですよ?」
毒を混入して殺すか、嫌疑をかけたあと毒をあおらせるか。
父が毒殺を指示していたにも関わらず、マルクスたちは勝手に揉めていたらしい。
そのせいで食事への毒の混入が間に合わず、こうして生きながらえてしまったらしい。
(死ねばよかたものを。悪運の強いことだ。母が毒を回避したから平常心でいられるが……)
母が亡骸になっていたら、今ごろは二人のことを惨殺していただろう。
父を刺してから死のうと、ナイフを片手に謁見の間まで来た母の気持ちが痛いほどわかる。
(死んだ方がマシだと思うぐらいの目には合ってもらおうか)
十九年。
母は、父に無理やり体を暴かれた日から地獄の日々だったはずだ。
ヴィヴィアンには王子という立場があったが、側室である母には大した力がなかった。
元メイドという身分もよくなかった。使用人たちからの嫌がらせも酷かった。
(全て一掃してやる)
アーレ夫人をお役目から解放してやってもいいと思っていたが、それには叔父が頑なに反対したので、親子三人の世話係を引き受けてもらうことになった。
「アーレ夫人は令嬢に対し、殺したも同然のことを繰り返してきたのだ」
そう語る叔父の顔は怒りに満ちていた。
内容は聞かなくとも察してしまった。
(同じ女性でありながら、よくもそんなことを)
燻る怒りの炎で叔父もヴィヴィアンも真っ赤に燃えていた。
気が付けば、つられるようにして母へ酷い仕打ちをしてきた使用人たちの全てを北の塔の使用人にすることを進言していた。
ヴィヴィアンに同調する叔父の様子に、レイは少々引き気味であった。
叔父とはこの二日間ですっかり気持ちが通じ合ってしまった。
能力を隠しながら生きてきたのは叔父も同じだったらしい。
宰相はそんな私たちに挟まれてなお、冷静に最善策を口にする。
頼りになる男だ。
自分の婚姻の日取りでさえそんな調子であった。
(宰相も、私に毒を盛った主犯が父であったことには怒り狂っていたな)
あんな宰相の顔は二度と見れないだろう。
見れないような政を敷くべきだとも思う。
解毒薬をヨアンに投与され、その顛末を聞いたときから、マイナが繋いでくれた命をベツォ国に捧げるとヴィヴィアンは誓った。
喚くフェオレッラに縄を巻き、騎士が連れて行く。
不安そうな顔をしている父の頭を撫でながらヴィヴィアンは囁いた。
「クレメンテ。私は君の本当のお兄さんじゃないんだ」
「そうなの?」
「塔にいるもう一人の男がお兄さんだよ。君とお兄さんは似ているから見ればすぐわかるよ」
「本当? お兄さんは優しい?」
「優しいよ。だからね。母上とお兄さんと三人で、一緒に仲良く暮らすんだ。いいね?」
「うん。わかった。蝶々はいる?」
「いるよ」
近くにいた騎士に父を連れて行くよう命じる。
父は何度も振り返りながら、北の塔に向けて歩き出した。
「ミケロ、執務室へ戻るぞ」
「はーい!!」
元気よく返事をしたミケロが後ろに続く。
暗部が壊滅したため、ミケロは晴れてヴィヴィアン専属の護衛となった。
騎士団とも違う、黒い衣装をまとうミケロは非常に目立つ。
「我が君、視線が刺さりますね!」
「黙れ」
「はーい!」
ミケロは少々浮かれ気味だ。
騎士たちがミケロを警戒しているせいで、ぞくぞくして楽しいらしい。
専属の護衛になれて「セリオ兄さんみたいで嬉しい」のだという。
セリオとは、暗部にいたころのヨアンの名だ。
「お前にも新しい名を与えるか?」
「俺はこのままがいいかな。我が君はいつも名を呼んでくれていたから」
「そうか。気に入っているのならいい」
ヴィヴィアンの言葉に、ミケロは満足げに頷いた。
10
あなたにおすすめの小説
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
藤原ライラ
恋愛
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――
子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。
彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。
「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」
四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。
そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。
文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!?
じれじれ両片思いです。
※他サイトでも掲載しています。
イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる