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83.揚げ出し豆腐

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 抱っこでの移動はレイがいないと不便だということで、急遽マイナのための車椅子が用意された。
 足の腫れも引いてきたので必要ないような気がしたが、そこはレイである。無理をすると長引くと言って用意してくれた。

(この世界の車椅子ってどうなんだろうと思ったけど、そんなに悪くはないかなぁ)

 木製の車椅子である。
 高級品の車椅子をすぐに入手してしまうタルコット公爵家の力には恐れ入る

 ミリアに押してもらいながら、マイナは遠い目をした。

(でもミリアとカールの三人でも移動できるのは、やっぱりありがたいよねぇ)

 レイが言うには、公爵夫人が足を怪我しようものなら普通は寝たきりになるそうだ。
 マイナとしては考えられないが、この世界のことを思えばそうだろうなとも思う。

 ジッとしていられないので今日は義母と庭園でお茶をする予定だ。
 ボルナトも呼んだので、義母の意見も聞きつつ金木犀で売る商品の選別を行うのだ。

(今日はどんな品を持ってくるのかなぁ)

 なんなら義母には前世風ワンピースとか着てもらいたい。
 出るところが出て腰が細く、とても色っぽい義母である。

(カシュクールワンピースとか似合いそう)

 むふふと、色っぽい義母を脳内で着せ替え人形にしていたら食堂の前で義母に会った。
 肌が艶々しており、朝だというのに気だるい色気に満ちている。

(お義父さま……)

 早朝に見た義父も、いつも以上に色っぽかった。
 察するところである。
 義母は朝には起きれず、昼食には何とか間に合ったというところだ。
 挨拶を交わし、テーブルについた。

「お義母さま、本日は和食というメニューです。お口に合うといいのですが」

 朝食は銀鮭に白米にお味噌汁、それからキスの天ぷらと大葉の天ぷらだった。
 ちなみにバアルに一番初めに伝授した和食が天ぷらだった。それが今では前世で食べたどの天ぷらよりもバアルの天ぷらが一番美味しいといえる腕前になってしまった。

 もうそれだけでメニューは十分という感じだが、レイと義父には足らないらしくローストビーフのお寿司が五つも添えられていた。
 マイナの皿にはちょこんと一つだけ。

(お寿司の作り方だってさらっと教えただけなのに、やっぱりバアルって天才なんだわ。美味しい)

 いきなり生ものを出すより受け入れやすいだろうとバアルは語った。
 狙い通り、義父どころかレイまでおかわりをしていた。

(お義父さまには無事にお米は受け入れられたわ。残るはお義母さま……)

 ドキドキしながら昼食を待っていると、マイナと義母の前に置かれたのは鯛茶漬けだった。

(バアル!! さすがね!!)

 朝起きられなかったということは、義母は疲れているということ。
 そんなとき、香り高く食べやすい鯛茶漬けを口にしたら……。

「まぁ、なんて優しくて品のあるお味なの」

 そうでしょうそうでしょう。
 マイナもこの世界に転生してからのほうが、和食の素晴らしさを噛みしめているぐらいだ。
 以前は当たり前に存在し過ぎていたのだろう。

(前世って、美味しいものだらけだったんだなぁ)

 この世界だって悪くない。
 悪くないどころか公爵家ともなると一流シェフが家にいるのだからむしろ贅沢である。
 そんな贅を凝らしたお料理を、ひと口ずつ食べて残すのもまた貴婦人の常らしいが、勿体ない。

(そういえばお義母さまって、ご飯はあまり残さないような?)

 お菓子を食べないことはあっても、お肉はかなり食べているイメージがある。
 ますます義母が好きになった。
 ちなみに、べイエレン公爵家もご飯を残すタイプの人はいない。
 母も割と食べるというか、母の場合は食べきれる量をきちんとシェフが把握していると言った方がいいかもしれない。

 義母は横に添えられた揚げ出し豆腐を口にしている。
 トロッとした餡と揚げた豆腐、その上にのる大根おろしの絶妙なハーモニー。

(絶対うまいやつよ……)

 これもバアルに一度教えただけだが、再現性が高いどころか超えてきている。
 出汁が甘過ぎず絶妙な味わいだ。
 サイズ感も義母に合わせてひと口サイズで、とても贅沢な一品に仕上がっていた。

「まぁ。これも素晴らしいわ。このお豆腐というのは、揚げても美味しいのね」

「そうなんです」

 もはやマイナはドヤ顔であった。
 義母はお米も気に入ったようで、和の味付けに抵抗が無いのであればマイナが隠れてお米を食べる必要もなくなった。
 何か月も義両親がこちらにいたところで苦しむことはない。小麦粉からの解放である。

 満足な昼食を終え、食堂を出たところでエラルドに会った。
 最初に見た時よりは顔の腫れが引いている。

「休んでなくて大丈夫なの?」

「はい。おかげさまで。酷いのは見た目だけになりました」

「回復が早いのね」

「案外、丈夫なんですよ」

「よいことだわ」

「この顔で出歩くと皆に心配されるので部屋にいようと思ってたんですけど、どうにも暇すぎて」

 頬をかくエラルドは、以前より気さくな雰囲気になった。

「昼食は食べたの?」

「これからです」

「そう……ミリア、そろそろ休憩よね? エラルドと昼食に行っていいわよ」

「私ですか?」

「うん。あのね、暇な人って誰かと喋りたいものなのよ」

「私でよろしいのでしょうか? あまり面白い話などできませんが」

 ミリアがオロオロとエラルドを見つめた。
 エラルドは満面の笑みで「面白い話なら私がしますよ」なんて言い返していた。

「話はまとまったわね。じゃ、カール。庭園までしっかり押してちょうだい」

「了解です」

 本来であれば歩いて庭を散歩している時間であるが、仕方がない。
 外の空気が吸えるだけマシなのである。

「さあて、二人きりになったわよ」

 マイナは庭園の噴水の前で鼻息も荒くカールに告げた。

「カールの恋バナを聞こうじゃないの」

「絶対そうくると思ったー!! 暇なマイナさまってロクなことしない!!」

「カールに言い寄って来ているという学園の女子の話を聞かせなさい!! ついでに学園でクールキャラを気取っているという、カールのキャラについても詳しく聞かせてもらうわよ!?」

「ろくでもない主人で、僕は悲しい」

「今の暴言は聞かなかったことにしてあげるわ。さあ、話すのです」

 マイナはしつこかった。
 歩けないというだけで暇すぎた。
 エラルドの気持ちがわかりすぎる。
 ついでにヨアンも、ニコが付いているとはいえ動けなくてうずうずしていることだろう。

 義母とのお茶会の時間まで、根掘り葉掘りカールから聞き出すマイナであった。



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