【完結】なんちゃって幼妻は夫の溺愛に気付かない?

咲楽えび@改名しました(旧 佐倉えび)

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84.エラルド(1)

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 ノックの音に返事をすると、顔を出したのはヘンリクだった。

「うわぁ、お前、派手にやられたな!?」

「うるせぇ、用がねぇなら消えろ」

「飯持って来てやったのにその態度かよ」

「歩けるから持って来なくていい」

「あーあ。バアルさんが悲しむなぁ。お前の好きな血も滴る超レアステーキなのに」

「そういうことなら早く入れ」

 ヘンリクは大股で入って来ると、ベッドヘッドにもたれていたエラルドの前にトレーを置いた。
 焼いた直後だとわかる香りが部屋中に充満した。

「お前は肉食えば治るってバアルさんが言ってたぞ」

「頭が上がんねぇな。いただきます」

 ナイフで大きめのひと口に切り分けた肉を頬張った。
 ほぼ生ともいえる美味しいステーキだ。
 昔からバアルは、エラルドやヘンリクが怪我したとき、必ず大ぶりの肉を焼いてくれる。

「お前、ゾラさんと一緒の部屋なのか?」

「まあねー。新婚だからねー」

「へー」

 聞くんじゃなかった。
 なんだこの満足気な顔は。

 この部屋で泣きながら大奥さまとゾラの間で揺れ動いてたのは、つい最近のことだというのに。

「俺は普段シレッと澄ましてるゾラが、可愛く喘ぐとこが好きなのよ」

「お前サイテーだな。嫁との閨事なんか人に話すなよ」

「お前にしか言わねぇよ」

「うざ。とっとと食べ終えて、皿を持って行かせよーっと」

 残りの肉を次々と口にいれた。
 いい肉は、するする喉を通っていく。

「お前、ちゃんと噛めよ?」

「おまへにひはれはくへえお」

「ふーん。ま、お前もさ。いい歳こいて喧嘩なんかしてないで結婚しろよ。いいもんだぜ、結婚」

「さんざん泣いてたくせに、結婚した途端にうぜぇな!?」

 肉を咀嚼し終えたエラルドは盛大に悪態を吐いた。

「俺はレイさまを失うかもしれなかったんだよ。元から結婚するつもりもねぇし、願望もねぇ。しかも自分が生きていることにも大した執着がねぇ。そんな俺でもレイさまだけは大切なんだ」

 レイが王太子なんかになってしまったら、自分の居場所なんかなくなってしまう。
 平民のエラルドに王太子の側近など務まらないからだ。
 杞憂はそれだけじゃない。
 あの陛下の周りの側近たちはどうにもキナ臭かった。

(アイツらの瞳は主を崇拝しているような瞳なんかじゃなかった)

 もっと淀んでいて薄暗い何かだ。
 そんな奴らの中にレイが放り出されればどんなことになるか、火を見るよりも明らかだ。

 手が足りなかったのか雑魚だと思われていたのか、エラルドの部屋の前に見張りすら付かなかったことがより一層癪に障った。
 苛々しながら眠れない夜を過ごし、まだ夜が明けきらぬころ現れたミケロに声をかけられて、うっかり挑発してしまったのはそのせいだった。

(結構驚いたけどな? 部屋の天井が急に開くし)

 開いたところで、エラルドでは落ちることはできても降りることはできない。
 ましてや梯子がなければ登ることなんてできない。
 しかも開いた天井は、どう目を凝らしても開くような造りには見えなかった。

 影って本当にいるんだな――

 最初の感想はそんなものだった。

 黒髪に赤い瞳のミケロは、異様な気配を放っていた。
 エラルドも昔は狂犬なんていう恥ずかしい二つ名をもっていたが、それでも足がすくんだ。
 ヨアンで慣れていたつもりだったが対峙してみたら全く違った。
 ヨアンは普段、相当おさえているのだろう。

 足はすくむのに、口だけは挑発を続けた。
 ミケロはエラルドのことを知っているようだったし、普通に話したがっていただけだったというのに、エラルドは勝ち目のない相手に無意味な喧嘩を売っていた。

「あんた、死にたいの?」

 殴られる前に聞かれた。

(レイさまのいない世界で生きていてもな)

 そんなことを思っていたのだから、確かに死にたかったのかもしれない。

 エラルドの頭のよさに気付いたレイは、自分が家庭教師に学んだことを陰でずっとエラルドに教え続けてくれた。

(あの人がいなかったら俺の人生なんて、そこらに落ちているゴミ同然の人生だったんだ……)

 だから、本音を言えばヘンリクが大奥さまに惚れる気持ちもわかっていた。
 ヘンリクも大奥さまの護衛になって、ようやく人として生きることができるようになったからだ。

「レイさまが俺の主でいてくれるだけで、俺は幸せなんだよ」

 城から屋敷に帰ってきて、レイの綺麗な顔を見たとき、憑き物が落ちたみたいにスッキリしてしまった。

 エラルドが今まで張っていた予防線や虚栄――平民だからと舐められないように、脇が甘いと見くびられないように開けてきた人との距離、その他もろもろ全てが無駄だとわかった。

(レイさまがいなきゃそんなもの、何の意味もねぇ)

「ふーん。ま、わかるよ」

「だろ?」

 女なんか要らない、ましてや結婚なんて。
 そう思う気持ちは今でもある。
 ただ絶対にと思うほどのエネルギーは無くなってしまった。ヘンリクにそれを言うつもりはないが。

 ヘンリクはその後、何も言わずにトレーを持って部屋を出て行った。
 大旦那さまに振り回されたのは気の毒だったが、今が幸せならよかった。

(なーんて、絶対言ってやらねぇけどな)

 無精髭を剃り、髪も切って整えたヘンリクは精悍な顔つきになった。
 身なりに気を使っているあたり、ゾラに嫌われたくないと思っているのがわかる。

「下品なのは相変わらずだけどな」

 ヘンリクが聞いたら文句の一つも言いそうなことを呟きながら、ベッドサイドに置いてあった水を飲んだ。



 * * *
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