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85.エラルド(2)
しおりを挟むヘンリクが退室した後、読むわけでもない本を開いてボーッとしていたエラルドは窓をノックする音に顔を上げ、そちらを向いた。
窓の外にはデレデレと笑うヨアンの姿があった。
「……なんだそのだらしねぇ顔は」
窓から現れたヨアンは、音もなく床に立った。
(こいつも結婚の報告か? 要らねぇっつーの)
ヨアンの結婚やヘンリクの結婚で、昨日からずっとタルコット公爵家は賑わっている。
どちらも奥さま方の美人侍女と護衛のカップルで、使用人たちからすると小説の中の恋物語のようで楽しいらしい。
「ミケロにやられたって聞いたけど軽傷だね!」
「この俺の顔を見て軽傷って言った奴はお前だけだよ」
城の侍医にさえ引かれたっていうのに。
ヨアンの傷も相当なものだったと聞いた。
でも顔には傷ひとつないし、動きも滑らかなので本当なのかはよくわからない。
「で? 結婚の報告なら要らねぇよ? 知ってるし。おめでとさん」
「うん! ありがとう!」
「ニコを避けてた割にはあっさりまとまったじゃねーか。どんな心境の変化だよ?」
この騒動が起きる少し前からヨアンとニコは互いによそよそしい態度で接していた。
ニコをわざと酔い潰した後からだったので、エラルドとしても気まずい気持ちになったのだが、まとまってくれたのなら御の字だ。
「うーん。あのねぇ、ニコを振り回しちゃってるなら諦めるつもりだったんだけど、僕のことが好きって言ってくれたから、全力でサポートするんだ。だから大丈夫」
「へー。なんかイラっとするな」
「なんでよ!?」
「諦めるなら諦めておけよ」
「やだよ!! 好きって言ってくるニコが可愛くて無理だよ!!」
「どいつもこいつ色ボケかよ、マジでうぜぇ」
「口が悪いね、エラルド」
「すいませんね、育ちが悪いもんで」
「そっかぁ。僕と一緒だね」
「……さっさと帰れ。どうせニコがいない隙に抜け出してきたんだろ?」
昨日この部屋まで送ってくれたシモンが、ニコがヨアンの看病をしてると言っていた。
おとなしくはできないだろうとも。
「うん。そうなの。さすが、よくわかるね」
窓を指さしたら、帰る気になったのかヨアンが背を向けた。
「エラルド」
「あ?」
「旦那さまが城に軟禁されたことを屋敷に伝えるよう手配してくれて助かったよ」
「あの時はそれしか出来なかったけどな。どうせお前も知ってたことだろ?」
「知ってても伝える術がなかったから。僕はシモンさんに避けられてるし、なんでそんなこと知ってるのかを問い詰められても、僕の過去は話せないし」
「シモンさんはただ警戒心が強いだけだ。使用人の鏡みたいな男だから気にすんな。お前を嫌ってるわけじゃねぇ。単にお前の領域に踏み込まないよう気を付けてるんだと思うぞ?」
「うん。だから余計、僕の本質を知ってもこうやって普通に話してくれるエラルドが僕は好きだよ」
「へー。その割には随分と殺気をお見舞いしてくれたよな?」
「うん、僕もちょっとあの時は大人げなかったと思って反省してる。ごめんね。あと、ミケロはちゃんと急所を外してるから動いても平気だよ?」
「……わかってる」
「でも、ごめんね。あの子もたぶん、主を失ったと思って自棄になってたんだと思う」
「それもわかってるからいい」
「そっか。さすがだね。あと、」
「まだあるのかよ!?」
もう一度寝ようとベッドにもぐっていたエラルドは飛び起きた。
いい加減出て行って欲しい。
ヨアンは振り返ってエラルドを見つめると、ニコニコ笑った。
「エラルドはミリアとお似合いだと思うなぁ」
「……いや、それだけは全然わかんねぇ」
ミリアは確かにいい子だとは思うが、それほど接点がない。
他のメイドよりは若干話すことがあるという程度だ。
「すっごく真面目でいい子なんだ。でも貴族令嬢としての結婚はしないと思うんだ。マイナさまの傍にいたいだろうし。それでね。僕はできればエラルドとくっついて欲しいと思ってるんだよ」
「どうしてそうなる?」
「ニコなんかはカールがいいんじゃないかって言うけど、カールはさぁ……割とモテるし、ミリアを預けるのはちょっと心配」
「おーい。ヨアン君? その話の流れだと、カールはモテるけど俺はモテないからミリアにとって安全な男って話になるんだけど?」
「実際モテないよね?」
「ふざけんな。お前が思ってるよりはモテるよ」
「えーーーー、どうせ玄人のお姉さんたちでしょう?」
「それだけじゃねぇよ!!」
「じゃあ、ミリアにモテてみせてよ」
「はっ。俺に惚れたら気の毒じゃねぇか」
「ふーん。自信ないんだ?」
「なんだと、言ってろよ!?」
その後、暇を持て余し、ふらついていたエラルドを呼び止めたのはマイナだった。
マイナは、ヨアンと組んでいたのではないかと思うぐらいのタイミングで、ミリアと昼食をとるように指示してきた。
あの雰囲気はとても断れるようなものではなかった。
しかも、ヨアンにあんなことを言ってしまった手前、盛り上げ役に徹しなければならなくなった。
心の中で盛大に溜息を吐きながら、にこやかな顔でミリアと食堂に向かうエラルドであった。
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