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92.ドレス

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 マイナはニコに髪を整えてもらい、紅茶を飲んで一息吐いた。

 三日間、レイの部屋かマイナの部屋、もしくは寝室にいた。
 食事もずっと部屋でとっていたので、今朝もレイと部屋で朝食をとった。
 結局そのまま気だるさが抜けず、昼も部屋に運んでもらってしまったのだ。
 そろそろ外に出なくては。

(お義母さまが気だるげにしている気持ちが理解できてしまうじゃないの!!)

「わたくし、ようやくまともにドレスを着ているわよ……なんてこと……」

 まさかあの美しいレイが、あんなにも絶倫だなんて。
 思いもよらなかった。
 見た目ではわからないものだ。

「ええ。本当にようやく。寵愛ぶりにニコも安心いたしました」

 満足げなニコのいう『ようやく』は、ようやく無事に交合したなという意味だろう。

「ようやくの意味が違う……違わないけど、確かにニコにしたら、そちらのようやくでしょうけれど!!」

 休日が足りないとボヤきながらレイは今日、渋々登城した。
 ブリザード宰相から「蜜月なんてとっくに過ぎてるくせにまだそんなこと言ってんのか、ふざけんな、さっさと登城しろ」という主旨の手紙が昨日届いたからだ。
 正直に言ってしまえば、グッジョブ宰相という気持ちでいっぱいである。
 あと数日欲しかったとレイは言っていたが、そんなの絶対に無理だ。
 体がもたない。

「おかしい、絶対におかしいわ」

「全くおかしくはないかと思います。べイエレン公爵ご夫妻は七日だったそうです」

「七日!? それをなぜニコが知ってるのよ」

「母に聞きましたので」

「なぜ!?」

「参考になるかと思いまして」

「七日だなんて、お父さま最低ね!?」

「いえ、その逆かと。旦那さまに冷遇されるような奥さまは屋敷内で大変肩身が狭くなりますから、そういった形でべイエレン公爵は奥さまのことを大切しているということを使用人たちに示した、というわけです」

「あぁ、そう、そうなの。そうよね。そう考えればそうなのよ」

 確かに公爵夫人としてのマイナはそうだと理解できる。
 だが前世の初心なマイナが羞恥心を煽るのだ。
 特に両親の話はあまり聞きたくはなかった。

「先ほど大奥さまから体調がよければ一緒にお茶を、とのお誘いをいただいておりますが、いかがなさいますか?」

「行くわ」

「かしこまりました。まずは一時間後にお医者さまの往診がありますので」

「もう!? まだできてないでしょう!?」

「捻挫のほうですよ」

「あぁ、そっちね!?」

 ニコと会話中だというのに、マイナの頭の中では両親がいちゃいちゃし始めていたので理解がおいつかなかった。
 普段から両親は仲がいいので容易く想像できてしまう。
 お父さまってなんかしつこそう、などと失礼なことを考えていたのだ。
 父はマッチョなのだ。
 あの筋肉を相手にお母さまってば大変ね、とも。

 実に下世話なマイナであった。

「いい加減、足も治ったと思うのよね」

 腫れがひいたので、そろそろ歩きたい。
 この運動不足ともきちんと向き合わなければ。

「お医者さまの許可が出れば歩けますよ」

「そうね。ニコ、あなた午後はベイエレン公爵家へ行くのよね?」

「はい。両親に、ヨアンと結婚の許可をもらいに行ってきます」

 ヨアンはすっかり傷も癒えて元気いっぱい走り回っているらしい。
 先ほどカールが嬉しそうに報告してくれた。
 ちなみにエラルドは、まともな顔に戻るまで登城するなと宰相に言われているそうだ。
 鬼だ。城には鬼がいる。レイの傍にいたいエラルドにとっては辛いことだろう。

「シェフにどら焼きを作ってくれるように手紙を書くから持って行ってくれる?」

「かしこまりました」

「たぶんお義父さまはお好きだと思うのよねぇ」

「甘いものがお好きだとは意外でした」

「本当ね」

 晩餐には間に合わないだろうが、明日には届くだろう。

「そういえばフィルお兄さまのご結婚が決まったのよねぇ」

「おめでたいことです。正直、驚いてしまいましたが」

「わたくしもよ。レイさまに聞くまで知らなかったの」

 兄に想い人がいたことにも驚いたが、お相手がヘンリエッタだったことにはもっと驚いた。
 王太子妃として公務をこなしている顔しかマイナは知らない。
 レイと兄とヘンリエッタは、幼いころ、よく一緒に遊んでいたらしい。

「金木犀もそろそろオープンだし、準備が忙しくなるわね」

「戴冠式のための衣装の採寸もお願い致します」

「そうね! まずはそれからだわ。お義母さまと相談しておくわ」

「ありがとうございます。マイナさまには、大奥さま御用達のダヌシュカのドレスが大変お似合いですから」

「そう? 自分ではよくわからないのだけれど、ニコが似合うと言うならそのほうがいいわね」

「はい」

 以前のマイナはドレスを作るのが本当に苦手だったのだが、記憶が戻った今ではそうでもない。
 貴族がドレスを作らなければ、仕事が無くなってしまう人たちがいるからだ。

(気合が入るわね!!)


 医者からも歩く許可が出たところで、ニコからミリアに交代した。
 カールの腕を借りながら、ミリアと一緒にゆっくり歩いていると、使用人たちからの『おめでとうございます』と言わんばかりの祝福の笑顔がささった。

(恥ずかしいわ!!)

 時間をかけて義母の元に辿り着くと、笑顔の義母とゾラとヘンリクが迎えてくれた。

(ヘンリクまでそんな顔するの!?)

 挨拶以上の会話をしたことがないが、気になる男である。

 お茶が運ばれ、優雅な義母の所作を眺めていたら少し気分が落ち着いてきた。
 義母には不思議な癒しを感じるマイナである。

「お義母さま、ご相談したいことがあるのですが」

 チラリとゾラとヘンリクに視線を流し、再び義母の顔を見る。
 義母は頷いてゾラとヘンリクを遠ざけた。
 マイナもミリアとカールに離れるよう目配せをする。

「あの、お義母さま……」

「ごめんなさいね。あの子、やっぱり、凄く……絶……いえ、アレでしょう?」

「アレ……」

 いま、義母は絶倫と言いかけなかったか?

 マイナはさっそく戴冠式のドレスの採寸の話をしようと思ったのだが、足首を痛めて歩いていなかったせいか、少し太ってしまい、それが恥ずかしかったので人払いしただけなのだが。

「アーサーもそうなのよ。ごめんなさいね。その……絶……いえ、しつこくて」

「しつこい……」

「ええ……」

 そっと目を逸らす義母。

(違う。私が話したいことはソレじゃない)

「でも、アーサーと違ってレイは一途だから。それはそれで一人で受け止めないといけないから大変だと思うけれど、嫌なときはちゃんと断るのですよ?」

「…………はい」

 素直に頷いたマイナに、ホッとした顔で頷く義母。

(そうか。お義父さまはしつこいのか……えっ、ってことは!? まさかずっとあんな感じ!?)

 しつこいのはマイナの父だけではなかったのか。
 いや、父が実際どうなのかは聞いたこともないし聞きたくもないが。絶対に聞きたくないが。

(異世界の男性の絶倫率の高さ、本当だった説……)

 本題を忘れ、前世のラノベに思いを馳せるマイナであった。



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