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93.朝、昼、午後
しおりを挟む* 朝 *
「なんです? その顔は」
「……三日でいいのか」
「よくはないです」
「……ロジェに」
「言わなくていいですからね?」
城へ向かう馬車の中で、父が珍しく口を開くので何を言い出すのかと思えば。
ジッと見つめてくるので溜息を吐いた。
宰相は、マイナが純潔のままだったなど知る由もない。
(気付いていても、知らないふりを貫くだろうけど)
「少なくとも七日だ」
「本来であればそうでしょう。でも今は仕方ありません」
結婚式後は十日間も休みがあった。
それでも閨を先延ばしにしたのは自分なのだから仕方がない。
以前のマイナはあまりにも初心だったため、怖がらせないためにも時間を置く必要があった。
そのことに後悔はない。
「ヴィヴィアン殿下に」
「言わなくていいです。混乱している今の時期に三日も休めただけよかったのですから」
「だが、子を」
「それは確かにそうですが」
マイナの傍にいたい気持ちの強いレイが我慢しているというのに、なぜ父のほうが憤るのか。
子を成せと命令したのはヴィヴィアン殿下なのだから、七日は休めるはずだろうと言いたいらしい。
(珍しくよく喋る……相変わらず単語ばかりだけど)
城に到着するまでの間、納得がいかない様子の父を宥めるのは大変だった。
普段、顔色ひとつ変えずに父の話を聞いている侍従のヨーナスでさえ苦笑していた。
* 昼 *
「あぁ、ヨアン。午後はべイエレン公爵家へ行くんだよな?」
「行きまーす」
「それならコッコの玉子をまたお願いできるかい?」
「はーい!」
「これが奥さまからシェフへ渡すよう頼まれた小豆で、これが旦那さまから公爵さまへお渡しするよう頼まれている日本酒と、これは私からシェフのドルーさまへの昆布。渡してもらえるか?」
「了解です」
「ヨアン」
「はい!」
「結婚のお許しが出るよう祈ってるよ。頑張れ」
「ありがとうございます! バアルさん」
ヨアンはバアルにお辞儀をして、厩舎へ向かった。
日本酒の瓶が割れたら大変なので、セラフィーナに乗っていくのは無理だからだ。
今日も優雅に佇むセラフィーナに近付く。
「セラフィーナ、ごきげんよう」
人参を持って、声をかけた。
セラフィーナは、ヨアンを睨んだあと、フンッとそっぽを向いた。
「拗ねないで、お願いだから。今日は大事な荷物があるから馬車じゃないと無理なの。昨日は一緒に行こうなんて言ったのに本当にごめんね? お願いだから怒らないで。今度埋め合わせするから、ね?」
(マイナさまがどら焼きをシェフに頼んだのであれば、明日か、明後日あたりに取りに行くのは僕の仕事になるはずだから、そのときはセラフィーナで行けるよね??)
そんな姑息なことを考えていたせいだろう。
セラフィーナはさらにヘソを曲げ、とうとうヨアンに尻を向けてしまった。
(どうして!? 旦那さまにはいつも従順なのに、僕にはどうして!?)
懐かれてはいる。
気難しいのにと皆に驚かれたぐらいだ。
ただこういう時、どうにも面倒臭い彼女みたいになるのだ。
「お願いだから、ごきげんなおしてよぉ~!!」
厩舎にヨアンの泣き声が響き渡った。
* 午後 *
(幼いなぁと思ってたけど……これはまたずいぶんと艶かしくなっちゃって……)
ゆっくりと椅子に腰掛けたマイナは、ヘンリクから見れば美女というより美少女である。
だがその仕草の中に、以前にはなかった匂い立つような艶がある。
足首を捻挫した経緯についてはティモから聞いた。
城の門番は気の毒だが、ヘンリクは笑いが止まらなかった。
とてもいい意味で。
前回来た時は、奥さまの前で公爵夫人然としていたマイナに興味はなかったが、今ではすっかり気に入っている。体が辛いくせに、奥さまに誘われたら一生懸命歩いて来てしまうのも、とても可愛らしいと思った。
(ヨチヨチ歩きなのは捻挫だけのせいじゃねぇよなぁ? 若さまに存分に可愛がれちゃったってやつだよなぁ?)
ヘンリクは鼻が利く。
護衛として長らく奥さまの艶めかしい姿も見てきた。
(あれは、そうとうヤられた女の顔だな)
そのときちょうど二人の会話が聞こえない場所まで下がるよう命じられたので、ゾラと共に離れた。
「なぁ、やっぱり若さまも絶倫なの? ニコから聞いてねぇの?」
「馬鹿、おだまり!!」
ゾラの顔を見れば『その通りだ』と書いてあった。
「そっかぁ。俺は一晩中はさすがに無理だからなぁ、ごめんな?」
「……なんでこんな下品な男と結婚しちゃったんだろう」
ゾラは吐き捨てるように言った。
「そりゃあお前、俺がお前のことが好きでたまらなかったからだよ」
「適当なこと言って、そんなこと微塵も……え、いつから……?」
ゾラは綺麗な菫色の瞳を見開いていた。
前を向いたままだったが、横顔だけでもわかる。
「一人で立とうと踏ん張ってたとこ見てきたからよぅ。もういつからとか、わかんねーや」
(俺が奥さまを好きだったのも本当だけどなぁ……)
長い年月の間に、ゾラに対して消化できない感情が生まれてしまったのだ。
初めはゾラにとってヘンリクが初めての男だから気になるのかと思っていた。
ゾラがヘンリクに好意を寄せるのもそのせいだろうと。
だけど、それを気のせいで済ませることが、だんだんできなくなっていて。
そんなとき、旦那さまからもたらされたのがゾラとの結婚話だった。
ゾラへの気持ちが、好きだとか、愛だとか、幸せにしたいとかいう、くすぐったい感情だと、はっきり自覚したのは結婚してからだったけど。
旦那さまは、ヘンリクの無意識の感情を理解していた。
結婚すれば、ちゃんと大切にするってことも見抜かれてた。
そうじゃなければ、可愛がっているゾラをヘンリクなんかと結婚させたりはしないだろう。
「おーおー。初心かよ。可愛いねぇ」
真っ赤になってしまったゾラが可愛くて思わずからかってしまった。
奥さまはマイナとの会話に夢中だったし、カールとミリアは遠かった。
誰にもバレなかったのに、仕事中に余計なことを言った罰として、夜は部屋から追い出されてしまった。
「ゾラ~入れてくれよ~。お前のことが好きなのは本当なんだって~。入れてくれないならここでずっと、お前への愛を叫ぶけどいいのかよぉ~。ゾラ~ごめんてば~」
情けない声をあげながら扉の前で許しを乞うヘンリクの姿は、多くの使用人たちに目撃されたのであった。
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