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94.寄せ鍋

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「なんて立派な昆布……」

 バアルから渡された昆布を手に持ち、マイナは震えた。
 今までもさんざん昆布で出汁をとり、時には昆布の佃煮も作ったりしてきたが。

「鍋にしましょう」

 今回の品は特に素晴らしい。
 いい出汁がとれるだろう。

「鍋ですか。湯豆腐とは違いますか?」

「そうね。少し違うわ。昆布で出汁をとった鍋に料理酒と醤油と塩を入れたところへ白菜、長ネギ、春菊、しいたけ、お豆腐と鶏肉に、海老もある?」

「あります。これでいいですか?」

「うん、ちょうどいいわ」

 手の平サイズの海老をバアルが見せる。
 頷くと、イーロが材料を調理台に乗せた。
 お豆腐だけでなく、白菜と長ネギと春菊も和食材なのでとても高い。
 鍋も高級料理だ。

「鍋にはそれほど決まりがないから綺麗に並べ入れて、火が通ったらテーブルへ。取り分けて、全て食べ終えたところで、最後の締めは雑炊よ。コッコの玉子もあったわね?」

 ヨアンとニコが実家からもらってきてくれたコッコの玉子がある。
 今日の食後のデザートは、先ほどヨアンが取りに行ってくれたどら焼きだ。

「鍋の汁にお米を入れて少し煮込んだら溶き卵をフワッとしてね? お義父さま喜んでくれるかしら?」

「それはもう、きっとお喜びになりますよ」

 頷いたバアルは、そろそろ椅子に座って下さいと言って、ヨアンに指示を出し、マイナを高椅子へと座らせてしまった。
 全く過保護である。

「せっかく歩いていいと許可が出たから、今日は料理ができると思って、昨日から張り切っていたのに」

 しかも昨日はレイと共寝だけで済んだのだ。
 グッスリ眠れて、体の疲れも取れた。
 元気いっぱいである。

「急にたくさん歩いたり立ったりしてはいけません。どら焼きと一緒にお出しするお茶は緑茶でよろしいですか?」

 バアルはぶつくさ文句を言うマイナをさらっと無視した。

「ええ。そうして」

「かしこまりました」

「寄せ鍋は鶏肉のお団子を入れたり白身魚を入れたりしても美味しいのよ」

「それはいいですね。加えましょう」




 具沢山の豪華な鍋は好評だ。
 野菜も多いので義母も嬉しそうに食べている。

 しかし。

(出汁が出るから海老は殻付きなのよね……)

 横を見るとレイも少し困ったような顔をしていた。
 やはり剥いてから皿によそうべきだったか?

「レイさま、こうして、真ん中の辺りをこうやると、するっと剥けます」

 マイナは指で海老の背の真ん中辺りから殻を剥いた。

「はい。レイさま、どうぞ?」

 口元に海老を持っていくと、顔が近付いてきてパクリと口に含んでくれた。

「どうですか?」

「うん。美味しい」

「よかった」

 レイは自分の皿にのっていた海老を上手に剥いて、今度はマイナの口元に持ってきてくれた。
 少々恥ずかしいが、自分もやったことだ。
 パクリと齧り付くとレイが嬉しそうに笑った。

「美味しい?」

 もぐもぐしているので頷くだけにする。
 手を拭いているレイは満足そうであった。

「リュシエンヌ」

 義父が珍しく義母の名を呼んだ。
 二人のほうを見ると、義母が義父の剥いた海老を口にしているところだった。

(お義母さまも海老が剥けなかったのね)

 なんだか微笑ましい。
 真っ赤になりながら海老を口にする義母はものすごく可愛いかった。
 いくらでも眺めていられる。

「マイナちゃんにも剥いてあげようか?」

 義父が何を思ったのか、急にそんなことを言い出したので慌てて首を振った。

「父上、マイナには私が剥いたので結構です」

「なんだ。つまらん」

「それよりも母上は海老がお好きなんですから、もう一つ剥いてあげたらいかがですか?」

「そうだな」

 手を伸ばし、義母の皿から海老をとって剥いてあげる義父は普段の無表情から一転、とても楽しそうな顔をしていた。

(お義母さまのことが本当にお好きなのね)

 義父はその後も、締めの雑炊をフーフーと冷まして義母の口に入れ、合間に自分も食べて、また義母の口に入れて。行ったり来たりと、そんなことを楽しそうに繰り返していた。
 雑炊はリゾットのようだと言われ、二人にとても好評だった。

 義父は最後のデザートとして出てきたどら焼きを大層気に入り、二つもぺろりと平らげた。
 義母はフォークとナイフで小さく切って、上品に口元へ運んでいる。
 そんなに小さくできるのかと感心するぐらい小さく綺麗に切っていて、その様子がとても可愛いかった。

 黙っていると美男美女なのにとても可愛らしい義両親を、マイナはすっかり好きになってしまった。
 本来なら殻付きの海老なんて出したら怒り出す人もいるだろう。
 マイナの前世のことはレイから聞いて知っていたとしても、寛大な義両親には感謝しかない。

(前から好きだったけれど、もっともっと好きになったわ)

 マイナは終始ご満悦であった。
 義母はずっと雛鳥のようで可愛かったし、義父はたくさん食べてくれたし。

 控えめなナイトドレスをまとい、寝室のベッドで仰向けになってレイを待っている間もずっと晩餐の二人を思い出してはニヤニヤしていた。

 レイが隣に入ってきて、マイナを抱きしめている間もニヤニヤしてしまう。

「そろそろ俺の顔を見てくれる?」

 ちょっと拗ねたレイも最高に可愛かった。

「レイさま」

「うん?」

 レイの頬に手を伸ばす。

「大好きです」

 満面の笑みでレイに気持ちを伝えた。
 レイは「俺も、」と。
 寝室でしか聞けない一人称を呟き、マイナに覆いかぶさってくる。
 マイナは腕を伸ばして、レイの頬を両手で挟んだ。

「手加減してくださいね?」

 抱きつぶされてはかなわない。
 レイをしっかりコントロールしなくては。
 密かな企みを隠し、『お願い』と呟いながら小首を傾げるマイナであった。
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