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105.名前
しおりを挟む「その喋り方、もしかして、お……おじいちゃん?」
「そうだ。今はダミアーノ・ジャンルイージ・バルバリデだ」
「え、王族じゃん」
「まぁな。前世の記憶のお陰で隠されて育ったので、お前を探すには好都合だった。金もあるし、人も動かせるからな」
「探すって、私が転生したこと知ってたの?」
「もちろん。私がそう願ったからだ」
「ええええ……」
自分が願えばそうなると思っているこの感じ、まさしく祖父である。
「書を書いていればいずれは引き合うだろうと思っていた。やはり、お前も書いていたのだな」
少年顔の祖父はそう言ってマイナの絵――書道を目を細めて見ていた。
「お前の書は、死んだあと高値が付いた」
「えっ!?」
「私が吊り上げたからな。突然の孫の死はセンセーショナルだった。驚くほどの値段だったぞ。私の財産も含め、それは全て妙子に相続させた。あいつは頑固で私からの求婚も亡き奥方に申し訳ないと断り、お前が死んでしまったあとは、お前に悪いと言って全く受け入れてくれなかったから、遺言を残すしかなかったんだが」
「ちょっと、待って、私、頭が追い付かないんだけど」
「なんだ。転生して公爵令嬢になったというのに、お前はまだその程度なのか」
フンッと馬鹿にしたように鼻で笑う。
レイは顔色ひとつ変えていなかったが、ヨアンは殺気立っていた。
日本語での会話が理解できるはずもないのだが、そこはヨアンである。
マイナが馬鹿にされたと感じるらしい。
「私と妙子は出血のわりに軽傷だった。むしろお前は、気を失ってから刺された傷が致命傷になった。お前を救えなかったことを、私はずっと後悔していた。だから私は、来世でもお前と出会い、幸せを見届けると誓った。そして妙子を嫁にする」
「本当におじいちゃんだわ! その唯我独尊な感じが本当におじいちゃん!!」
「だから私だと、初めから言ってるだろう?」
「尊大!!」
「身分と才能がそれを許す」
「確かに!!」
「妙子は長生きしただろうからな。とはいえ、そろそろ産まれているはずなんだが」
「その能力はなんなの!?」
「お前は相変わらず鈍いのか。だから騙される」
「ごめんなさい、本当に、それはごめんなさい。今世は割と勘がいいはずなんだけど、それも……色々あって自信がないの」
「まぁいい。あの男を排除できなかったのは私のせいだ。今は幸せか?」
チラリとレイを見た祖父はすぐにマイナを見つめた。
マイナは静かに頷いた。
「とても」
「そうか」
「おじいちゃん、本当にごめんね。私のせいで二人とも刺されて」
「いや。前世で、あの男はすぐに逮捕された。だがもし、この世界であいつを見つけたら、死ぬよりもっと酷い目にあわせるつもりだ。やられっぱなしなど許せん」
「なんか怖いから、内容は聞かないでおくね?」
「あぁ。そうしろ。こういうところが妙子に嫌われるんだろうな? だがもう逃がす気はないんだが、どうするかな」
顎に手を置いて首を傾げる様はとても可愛らしいが、言ってることは先ほどから全く可愛くない。
顔と声の高さに似合わない迫力がある。
「さて。用は済んだ。この国に姉が嫁ぐから、ついでに探しておこうと足を運んでみてよかった。私の絵の盗作だと騒ぐ輩がわざわざ連絡を寄越したのよ。腐った目をしている。私の書とお前の書は全く違う。私にはお前のような優しい字は書けぬというのにな」
「……そんなこと言われたことなかった」
「言えるか。褒めたりしたら、お前は私の道を追うだろう? だが、お前はプロになったら駄目になるのが目に見えていたからな」
「なんで?」
「クライアントに気を使うだろう? 求めるものを書こうとしてしまう。それはある意味では正しいが、お前の場合はそんなことをすれば平凡に成り下がる。これからも自由に書け。ときどき見に来る」
「おじいちゃんの書もみたいよ」
力強く描かれる祖父の書は、確かに絵画だろう。
祖父の書は威風堂々たるものだった。
弱き者はひれ伏したくなるほどの。
「その男に大金を出して買ってもらうんだな。私の書が安いはずなかろう?」
レイを顎で指した祖父は胸を張っていた。
「わかった。そうする。おじいちゃんらしくていいね」
見つめ合ったあと、祖父は一つ頷く。
「前の名前を、思い出せないんだな?」
「わかる? 実は、そうなの」
お妙さんや祖父の名前は覚えているのに、自分の名前だけは思い出せない。
元の顔の記憶もぼんやりとしたままだ。
けれども、そのままでいいような気がしていた。
マイナが生きているのはこの世界だから。
「マイナ」
祖父はこの世界でのマイナの名前を知っていた。
祖父が現在王族なのであれば、マイナのことを調べるのは簡単だっただろう。
先ほども、公爵令嬢に生まれたのにと言っていた。
「なぁに?」
「お前の書を盗作と騒ぐ奴は全て潰すので安心しろ」
「うん。わかった。ありがとう」
「だが金のためには書くな、いいな?」
「わかったってば!!」
しつこいのも相変わらずだ。
前世では何度も何度も同じことを注意された。
それが煩わしかったのも、懐かしい思い出である。
「姉の結婚式には参列する。また会おう。その時は私に孫でも見せてくれ」
「そんな先まで来ないの!?」
「私は小国の隠された王子とはいえ、身分と役割があるからな。それに、書道を絵画だと騒ぐ馬鹿どもの相手もしなきゃいかん。十歳の身にはこたえるのさ。創作活動も体力を使う。眠くてかなわん」
「何それ」
マイナは声を上げて笑った。
「妙子らしき人物の噂を聞けば、それも追わねばならんしな。とにかく忙しい」
「お妙さんは、どうやったら見つかるのかな?」
「妙子は料理を作らずにはいられないだろう。おそらくは私に関係する何かを作るはずだ。そこから追う。私が見つけるのが早いか、それとも、私の書道を妙子が見つけて会いに来るのが先か。どちらかだろうな」
「えー。その前に他の人と結婚しちゃうかもよー?」
祖父がそこまでお妙さんを好きだったとは。
見ていれば確かにと思うことはあったが。
金髪をかきあげる祖父は、若さからなのか随分と素直にお妙さんのことを話す。
「まだ幼いはずだ。産まれたばかりか早くても五歳だ。婚約前に絶対に見つける」
「そっかー。頑張ってね」
「お前も何か手掛かりを見つけたら私に知らせろ」
「はーい」
「邪魔したな」
踵を返す祖父は潔かった。
昔からこうだったから、今は全てが懐かしいばかりだ。
小さな背に向かってマイナは声をかけた。
「会えて嬉しかったよ」
立ち止まりもせずに、片手をあげて祖父は去っていった。
使用人や護衛らがそれに付き従う。
昔から人の上に立つべく生まれたような人だったので違和感がない。
「バルバリデ王国第三王子、ダミアーノ・ジャンルイージ・バルバリデ。雅号はジャン=ルイージ。幼いころからとびぬけた知性と才能のため、隠されてきた王子の名だ」
レイが呟く。
マイナは静かに頷いた。
レイなら調べ上げていると思っていたから、何も不思議ではなかった。
ボルナトはポカンとしており、ヨアンは天性の勘で何事か理解したようで大人しくなった。
一番混乱しているのはニコだろう。
きっとレイも、彼が祖父だと瞬時に理解した。
マイナは腰を抱いてきたレイの手に自分の手を重ね、祖父との久しぶりの会話を反芻していた。
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